凱旋⑨
「おや」
「カルメちゃん?」
北門で待っているカルメとウィンツェッツの前に、数人の女性と女の子がやってきた。その姿は少し派手で、周りから視線を集めている。ただでさえカルメの存在もあり注目されていたのにと、ウィンツェッツはため息を一つ吐いた。
しかし本人は気付いているのだろうか。その視線にはウィンツェッツへの敬意も含まれているという事に。
「あら。お出迎えかしら」
「残念ながらわらわが待っているのは別口なので。ですけど、皆さんのお出迎えはそろそろ来ますよ」
「ああ。赤ぇのならもう感付いてんだろうな。アイツ、今の状態なら世界中でも感知出来るみてぇだからな」
「天使様は何でも知ってるんですね!」
「あ? ああ……まァな」
純粋な眼差しでリツカの凄さを讃えるクラウに、ウィンツェッツはしどろもどろとなる。ウィンツェッツが苦手な眼差しだ。
「カルメの方はまだ来てないみたいなの」
「みたいですネ」
カルラがシーアを連れてやってきた。やはりというか、注目度がグッと上がる。
「チビが来たか。そんじゃ護衛はもう良いな」
「何でス。ガッツリサボる気ですカ」
「違ぇ、ちょっと時間貰うって話だ」
「ああ、子供達ですカ。それなら仕方ありませんネ」
ウィンツェッツが王都内に戻っていく。クラウの純粋な眼差しによって居た堪れなくなった訳ではないようで、キールから逃げた子供達が気になるようだ。
「子供達なの?」
「あら。ウィンツェッツさんって子持ちだったの?」
「ドリスが言ってた子との?」
「いエ、孤児でス。自立するまでの支援って約束してたんですヨ」
「成程。この子達を見る目が優しかったのはそういう」
オルデクとしても、孤児というのは他人事ではない。キールの子ともなれば、尚更だ。
「レティシアさん。その子達って、キールの?」
マリスタザリア化した子達がレティシアに尋ねる。キールの孤児となれば、自分達と無関係ではないからだ。
「ですネ。両親と逃げていた所をマリスタザリアに襲わレ、孤児になってしまったようでス」
「キールの子なのに、両親?」
「子捨てを拒んだそうですヨ。全員が全員、子供を売り飛ばす愚か者ではないという事ですかネ」
「……」
捨てられてしまった子達の前で、それを言っても理解はされないだろう。結局は、子捨ての犠牲者なのだから。
「追いかけますカ?」
「ちょっと、気になるかも、です」
「良いですヨ。門番さン。私の友人達でス。通して大丈夫ですヨ」
「ハッ!」
軽い確認作業により北門はごった返しているが、レティシアの一言で通れる。職権乱用かもしれないが、今日くらいは良いだろう。
「ジーモンさン。来てくださイ」
レティシアはジーモンを呼び出し、子供達の随伴をさせる。広い王都では迷子になってしまうから。
「シーアちゃん優しい」
「まァ、リツカお姉さんと巫女さんの賜物ですヨ」
「わらわのお嫁なの」
「ま、まだなんだよね! 聞いたよ!」
「もうすぐなの」
「うぐぐ」
「ン?」
自分を巡る火花に、レティシアは気付かない。自覚しても、レティシアも鈍感なままだ。
「青春ねぇ」
「そうですねぇ。ドリスさんは結婚とかしないんですか?」
「んー。理想の男が現れたら?」
「ドリスさんの理想高そう」
ドリスとエーフィが、三人の様子を眺めながら談笑している。カミラはクラウを止めようか迷っていたが、クラウが楽しそうなので眺める事にしたようだ。
「カルメ様はどうしてここに?」
「姉様の楽しそうな姿を見る為、でも良いですね」
(やっぱり、喜びや楽しさが入った姉様達の瞳、綺麗ですので)
カルメの悪癖は直っていない。しかし、楽しみ方が変わったのだ。魔法を使ってでも観賞していた頃とは違い、変化を楽しむようになった。喜びという最高の色合いが、瞳を輝かせる。
リツカとアルレスィアはそれが顕著だった。カルメの国で見た色は綺麗な赤だった。だけど、次に共和国で会った時、その色に薄っすらと黄色が見て取れた。そう思ってしまうくらい、喜びや楽しさが見て取れたのだ。
だから、カルラやレティシアの瞳の色がころころと変わる姿を楽しんでいる。これはもう悪癖とは呼べない。ちょっとした趣味、で良いだろう。
(…………リツカ姉様の瞳を見れるのは……後少しなのですよね。最高の喜色を見る為に、もう一仕事頑張るとしましょう)
「わらわの待ち人も来たようですので」
船がもう一隻やってきた。それは、カルメの高速艇だ。セルブロが運転している。
「リツカ姉様とアルレスィア姉様は王宮で一時間程休憩しております。立ち寄る際は裏口に居るディルクさんに一声掛けて下さい。皆さんなら入れると思いますので」
「ええ。クラウは先に行くでしょうから、後程迎えに行かせて貰いますね」
クラウだけが残り、ドリス、カミラ、エーフィは王都内を暫く探索する。今日はお祭りだから、出店もそこそこ出ている。
船が到着した頃、ジーモンも到着した。
「レティシアさーん。用って何っすかー」
「この子達、サボリさんの所に連れて行ってくださイ」
「そりゃ構わないっすけど」
「すみませんネ。わざわざ呼んでしまっテ」
呆気に取られた表情のジーモンにレティシアが謝る。カルラ達の護衛がある以上、レティシアはこの場を離れられない。
「いえいえ。今日の主役っすからねー。じゃんじゃんこき使って下さいっす」
「そうですカ? ではこのリストをお願いしまス」
(あれ、何か覚えがあるっすね)
「カルラさん達にも食べてもらいたかったんですよネ。おいしかったのデ」
ジーモンが顔を強張らせながら後悔を滲ませている。そこには、出店の料理が一つずつ書かれている。そのどれも、複数個ずつだ。
「ト、”伝言”でス。巫女さんですネ」
レティシアが頷きながら周囲を見渡している。
「列の右から九、二十六、男女二人組み」
指を差しながら、レティシアが詠唱していく。
「予想はしてましたヨ? ええ。ですけド、本当に来るなんて思いませんでしたネ。大丈夫でス。かけましタ」
”伝言”を終えたレティシアが、やれやれと首を横に振る。
「どうしたんすか?」
「いエ、行くとしましょうカ。このまま何もしなければ良しでス」
「行って良いんすかね」
「はイ。子供達お願いしますネ」
カルメがある人物と話している。レティシアの様にフードを被っているが、カルメと親しげに話している。問題はなさそうだ。
「カルメさン。そちらハ」
「安心してください。王宮に連れて行きたいのですけど、よろしいですか?」
「それは構いませんけれド、一応顔だけ見せてもらえますカ」
その顔、というより額を見て、レティシアは納得といったように頷く。
「なるほド。クラウちゃんも残ってもらって正解でしたネ」
「そうなの?」
「呼び止めようとしていたので。丁度良かったです」
「そんなに見たいの? リツカの喜ぶ瞳、なの」
「当然ですので。それに――褒めて貰えるかもしれませんから」
(見てたの?)
(さて、何の事か分かりませんので)
カルラの髪が少し乱れている。その事からカルラが誰かに撫でられた事は明白であり、予想するまでもない事だ。
王都内。祭りで賑わう中、道がどんどんと開いていく。ウィンツェッツはもはや、ただの選任冒険者ではない。その事を痛感している。
(やっぱ、凱旋なんかに参加するもんじゃねぇな。ただの護衛にしか見えんかったろうが……)
当然、ウィンツェッツが巫女一行で在る事は伝えられている。広い王都ではあるが、噂の巡りはリツカの活歩のように速い。
「あそこか」
ディルクに聞いても、お祭り状態では子供達の居場所は分からなかった為、ライゼルト経由でリツカに尋ねたのだ。子供達の事をしっかりと覚えているリツカはすぐに見つけてくれた。
子供達の結論を聞く為に、ウィンツェッツは真っ直ぐに歩く。集団が竹のように割れていく様にため息を吐きつつ。