凱旋⑧
「カルメは良いの?」
「もちろん、わらわも撫でたいので。順番空けておいて下さい。ただ、そろそろ予定の時間なので」
「あら、お出かけかしら。もう少し話をしたいのだけれど……」
「ご安心を、エリスさん。お客様をお連れするだけですので。後ほどお話しましょう」
カルメさんは誰かと会うようです。かといって、一人で行かせるわけにはいきません。
「俺が」
「担当と居れ」
「お願いします。レイメイさん」
「ああ」
「ありがとうございます。ウィンツェッツさん」
連合はスパイを送っているそうです。それはもちろん、この王国にも。王都に侵入していたスパイは王国に寝返っているそうですけれど、この広大な王国に一人なんてありえません。そうなった時、皇姫が一人で歩いているとなったらどうするでしょう。
まず、誘拐します。そして皇女様との交渉に臨むでしょう。ボロボロに負けた連合は今、何でもする用意をしているかもしれません。その為の人質。
ただし、大掛かりな事は行われないと考えられます。連合は現在弱者です。昔の様な強者ではないのです。無理を行えば、僅かに残った連合が無くなります。だから、静かに、迅速に、確実に事を成す必要があります。
工作員は一人か二人、四人が限度でしょう。今居る群衆に紛れ、王国、共和国、皇国の主要人物の拉致辺りが妥当です。会談で見られた中で、拉致出来そうな人間となると――カルラさんかカルメさんしか居ません。
エルさんにはシーアさんが完全に就いています。コルメンスさんにはライゼさん。その中で皇国だけは突出した戦力を有していません。何より皇家は戦闘用魔法を持ちません。
だから、見せる必要があります。皇国と共和国、王国の仲を。これからは三国が同盟を組むという事を見せ付ける必要があります。連合が皇国に手を出せば、今度は二国で潰すと。
さて、カルメさんには英雄となったレイメイさんが就いています。カルラさん達も、私が考えた事くらいとっくに考慮しているでしょう。軽い気持ちで出迎えになんていきません。だから、これから迎える方の重要度の方が気になりますね。
「そういえば、皇女様はどちらに?」
「そういや、あの人が見当たらんな」
「カルメリタ様ならば、フロレンティーナさん達と少し話しています」
フロンさん達も王宮内なんですか。では、先程から気になっていた一団は、オペラ座の?
昔の状態くらいの気配感知を使用してますけど、カルメさん達が離れている今、少し広げておきましょう。こう、重要人物がバラけているとそうせざるを得ませんね。
「撫でるなら今のうちなの。皇女様が来た後だと二人の警戒が強まるの」
カルラさんが急ぎだしました。クランナちゃんも居ますし、私達は座っておきましょう。
「そうね……。カルメリタ様だものね」
「私、撫でられるなんて久しぶりだったわ」
「エ? エリスさんもですカ……?」
え? エリスさんも撫でられ……?
「皇女への警戒心を一段階上げるとしましょう」
「そう、だね」
エリスさんも、というシーアさんの言葉と、エルさんの反応。つまりは、エルさんも撫でられたのでしょう。そうなると、皇女とは一体……。同じ年齢でも頭を撫でる事はあります。アリスさんに撫でられると幸福感で満たされますからね。
でも、年上を撫でるのはそうそうありません。こういう、本当に特別な時しか撫でないでしょうね。
「クランナちゃんも撫でたいのかな」
「今日だけ、みたいですから!」
「わらわは撫でるより撫でられたいかもなの」
「あ、私ももう一回……」
「クランナは撫でられた事あるの?」
「はい。えっと、何度か」
「リツカ、アルレスィア」
カルラさんの嫉妬ですか。珍しい物が見られましたね。カルラさんの頭を撫でている私達の頭を、シーアさんやエルさんが撫でています。
「どう?」
「良い感じなの。カルメに自慢出来るの」
「自慢すると、カルメさんも求めてくると思いますけれど」
「偶には撫でる側も良いですネ」
「髪サラサラ。洗髪剤の違いかしら」
女性として、アリスさんの髪質は憧れですよね。私も少しはサラサラになりましたけれど、やっぱり癖毛が治るまでにはなりませんでしたか。でも、この髪も好きって言ってもらえましたし。
「おや! 楽しそうな事してるのね! わらわも混ぜなさい!」
と、皇女様が到着しましたね。フロンさんとの話を終えてこちらに向かっているのは感じていました。
それを伝えなかったのは、エルさん達の行為を止める必要がないと思ったからです。正確には、アリスさんを撫でるのは私だけの、私を撫でるのはアリスさんだけの特権ですけれど、止められませんでした。
皆分かっています。私と触れ合えるのは最後だという事が。そして、アリスさんが許すのもこれが最後という事も、です。
だから、特別です。
「拙いの。見つかったの。シーア」
「皇女様相手に拘束を使うのは憚られまス」
「わらわが許可するの」
「仕方ありませんネ」
しかし……皇女も許容するかどうか、という問題はありますね。カルラさん達と親子としての血の繋がりはないというのは嘘ではないか? と思ってしまうくらい似ています。でも、性格はエリスさんをぐんっと吹っ切らせたような? とりあえず、可愛らしい人に目がないのでしょうか。エリスさんまで撫でるという破天荒ぶりは、驚愕です。
「ちなみに、わらわが撫でるのはお気に入りだけよ」
おっと、顔に出ていましたか。
「お気に入りって、カルラさんと同じ意味かな」
「それはないと思います」
「ないの」
「ないですネ」
「おや。お気に入りという言葉は、向こうの世界では別の意味があるのかしら」
「ちょっとこっちに来るの。皇女様」
これは、おいてけぼりの気配です。暫く静観しましょう。カルラさんが皇女を連れて行った事ですし、ね。
カルメさんは――誰かと会ってますね。何だか懐かしいような。
「ん。クラウちゃん達、来たみたいだね」
「ちょっと迎えに行ってきまス」
「わらわも行くの。夫婦で迎えるのが礼儀なの」
「夫婦かどうかハ、まァ……お姉ちゃん行って来まス」
「ええ。護衛はライゼさんが居るから大丈夫よ」
皇女さん、凄く笑いを堪えているんですけど、どうしたんでしょう。そしてカルラさんはシーアさんと一緒にクラウちゃんのお出迎えみたいです。話は終わったみたいですね。
シーアさんと一緒なら問題ないでしょう。連合にとって何が怖いって、シーアさんの存在ですから。
「護衛としての質ならリツカお姉さんと巫女さんの方が上ですけどネ」
「ま。今日ばっかりはこいつらに頼るのは無しだ」
ライゼさんが肩を竦めています。護衛にとって最も必要な事は、危険察知能力と対処出来る力。これに関して、私の右に出来る人はいません。何しろ第六感は今や、”神化”によって神さまレベルです。
「気をつけて行って来なさい。シーアちゃんが一緒なら問題ないでしょうけど」
「なの」
「行って来まス」
皇女さんが二人を見送っています。
「お帰りなさいませ、カルメリタ様」
「ええ。後の演目も楽しそうね。しかし、どうしたの? コルメンス様。残念そうな顔をしてるようですが」
「まさかコルメンス様、リツカさん達の頭を撫でられずに」
「い、いや。違うよ? そんな事はないって」
三国の王様が何か話していますね。後の演目って、何でしょう。
「リッカの頭を撫でられる権利が、そんな事ですか」
「あ、ちちち違いますよ。アルレスィアさん!?」
めくるめく展開に、私の思考が追いつきません。”神化”していても、この広域感知は集中力が落ちますね。
「アリス? 余り困らせちゃダメよ」
「コルメンス陛下が弄り甲斐があるってのは分かるけどねぇ」
アリスさんのお茶目が気になるところではありますけれど、シーアさん達の動きも見なければいけません。