凱旋⑦
「あれ!? リツカさんじゃない……ってライゼさん!?」
リタさんが構えたまま固まっています。クラッカーみたいな魔法があるのでしょうか。
「……」
「お、おう。何だ……えっと、だな」
おろおろと、サプライズ返しを受けて困惑していたリタさんの口を、ロミーさんの手が塞ぎました。
今は少し、様子を見ましょう。
「そのだな。あれだ。敵が俺で武術だ何だと特訓しとったらしくてな。生かされとったらしいんだが」
「……」
「まー、あれだ。アルレスィアがだな。相手の魔法を解いてくれてな。腕はねぇし、傷だらけだが、まー、生きとる」
「……」
「あ、あれだ。もう痛みもねぇからな」
黙ったままのアンネさんに、ライゼさんがあの戦争の後どうなったかを説明しています。殆どが私達の想像なのですけれど、ね。特訓していたのは本当だと思います。リチぇッカがお人形さんともう一回遊びたいと言っていましたし。
「……」
「……」
ついには黙ってしまいました。
アンネさんも言いたい事があるでしょうに、ライゼさんの一言が出ませんね。
その隙にコルメンスさんがフランカさんを労っています。一応護衛任務はまだ続いてはいるんですよね。
「じれったいですネ」
「待つの。ライゼが言わないといけないの」
「そうよ、シーア」
「でも、固まっちゃったわね……」
シーアさん達の気持ちも分かりますけれど、やっぱりアンネさんとしては……ライゼさんの言葉が欲しいですよね。
(こ、言葉が足りんのか? 怒ってんのか……?)
「す、すまんかった」
「……」
ふいっとアンネさんが顔を背けました。謝って欲しいなんて思ってる訳がありません。
「今のはねぇわ」
「サボリでも駄目と分かる選択を取るなんて、なの」
色々な視線がライゼさんに刺さってますけど、クランナちゃんの苦笑いが一番効いてそうですね。幼いクランナちゃんでも苦笑い浮かべるほどって、といった所でしょうか。
(どうすりゃ良いんだ……!?)
「……はぁ」
ライゼさんも緊張しているのは分かります。だからこんな簡単な事に気付けないのでしょう。負い目もあるのでしょう。だから謝罪が出てしまったのです。
「家」
「いえ……?」
これくらいしか言えませんね。
(いえ……? 家か?)
見ていてもどかしいですし、アンネさんが可哀相です。謝罪とか後悔とか、そんな事をし合いたいと本当に思っているのでしょうか。
「……心配かけた。帰って、来たぞ」
「…………申し訳ございません。ライゼ様……私は、リツカ様に……」
「聞いた。だからな、ケジメは必要だ」
ライゼさんとの思い出があるこの王都で、アンネさんはずっと耐えてきたんです。私達が旅に没頭している間、ずっと見詰め直してきたのでしょう。目の下の隈が、お化粧では隠しきれない程に濃い。ロミーさんの頷きが全てを物語っています。
もうこれだけで、アンネさんの贖罪は済んでいると思います。実行された訳ではありません。殺意を表現する前にシーアさんに止められたので、罪といえるかどうかも怪しいのです。
だけど、これは先に進む為の儀式。アンネさんが謝り、アリスさんと私が赦す。それだけの、簡単な物なのです。
「リツカ様……何故貴女は、私に機会を与えてくれたのですか?」
「機会というなら、それは私が貰ったんですよ」
「え?」
私に殺意を向けたアンネさんに、私が贖罪の機会を与えた。そう思われています。実際、そういった面もあるにはあります。
しかし私からすれば、ライゼさんを見つけて救うという機会を貰ったのです。アンネさんが諦めずに、前を進むという約束をしてくれたから、ライゼさんと対面した時も絶望せずに救う為に動けたんです。
もしアンネさんがあの時、私の前に現れなければ……”お役目”を優先したかもしれません。
「アンネさんが選んだんです。ライゼさんが生きている可能性を」
「今そこで、シーアさん達にだらしがないと責められている方は、アンネさんの選択により生きています」
「アルレスィア様……」
「あなたの想い、あなたへの想い。それがなければこうはならなかったでしょう」
アンネさんが頭を深々と下げました。
「それでも、私がやろうとした事が赦される訳ではありません。申し訳ございませんでした……。ライゼ様が戻ってからの謝罪……都合が良い事は重々承知しております。しかし……」
「アンネさん」
全ては私達の弱さゆえに起きた出来事。私達は散々、戦闘後の奇襲に気をつけていたはずなのに、警戒を怠りました。それが相手の策略であったとしても、です。そしてライゼさんは、生き残る為の最低限が足りませんでした。
アンネさんは、大切な人を亡くした事がなかったのでしょう。その喪失感と無力さを、どう扱うかを知らなかったのです。
どちらも、心が弱かった。楽な方へ逃げた結果です。
「ライゼさん。ちゃんと連れ帰りました」
「あ…………」
言うべき言葉は一つです。
「ありがとう、ございました。リツカ様、アルレスィア様」
「戦後人手不足だったはずの王国が、戦争で防衛戦を行えたのは、アンネさんが前を向いていてくれたから」
「ありがとうございました。アンネさん」
謝罪は必要ありません。私達はお互いにとって、最も必要な事を行ったのです。だから、ありがとうございました、です。
「ムゥ」
「ああ、もう良さそうだね」
「ぷはっ。エリスさん酷いです! 私たち待ってたんですよ!?」
「私達も、駆けつけたかったです」
「あんな大勢が見てる場所に……行く勇気……ないかも……」
「ふふ。ごめんなさいね? そこはほら。母親の特権、て事で」
我慢していた言葉は、置いてけぼりになってしまった事のようです。リタさん主導、ですかね。多分。この部屋に休憩に来た私達に、パンッと一つクラッカーを鳴らすといった物でしょう。
しかし、エリスさんが我慢出来ずに行ってしまいました。代表の宣言がアリスさんだったなら、もしかしたら待っていたかもしれません。でも、ずっと安否を気にしていた私だっただけに、飛び出してしまったのでしょう。
「元気そうで良かったよ」
「ロミーさんも、避難していたのは感じていたんですけど、無事で良かったです」
「お変わりないようで、安心しました」
戦争中、アレスルンジゅが悪意を吸収していました。戦場に強制的に造られたマリスタザリア以外は現れなかったはずです。
しかしそれでも、もしもがあります。アレスルンジゅはマリスタザリアを完璧にコントロール出来ていないのです。最悪の事態、というものがあります。
もしあの場にマリスタザリアが現れていたら、無事では済まなかったかもしれません。戦争が始まって、【フリューゲル・コマリフラス】が降り注ぐまで、結構な時間がありましたから。
「今日は撫でて良いんだよね? アンネから聞いたよ」
「ロミーさんは結構」
「リッカを撫で回していた記憶があります」
私、頭を持たれてぐわんぐわんと揺らされた記憶があります。曖昧ですけど、あります。そんなに撫でたい物なのでしょうか。そういえば七花さんも良く、撫でてましたね。
子供の頭を撫でたい気持ちは分かります。でも、私達って子供といえる年齢なのでしょうか。凄く意地悪な言い方をすると、子供は刀を持って戦いません。
「え? それは初耳ね。私には撫でさせなかったのに」
「お母様はダメです」
「あら、私は母親以上の愛情は抑えてるわよ?」
「それでもダメですっ」
「やっぱりもっと堪能しておくべきだったかしら……」
母親以上の愛情とは、一体? ゲルハルトさんから懐かしい視線を感じますけれど、私は悪くありませんよ……?
「ほら、大人しく撫でられておきな」
「うぐ」
撫でるというより、擦るといった具合にがしがしとされます。どうやらアリスさんもされているようで、右耳からもがしがしと聞こえます。
「今日は二人を撫でて良い日なの?」
「私も良いんでしょうか」
「私も……?」
王都元気印三人組? そう呼んでも良いのかは分かりませんけれど、リタさん、クランナちゃん、ラヘルさんまで私達を撫でようとしています。
「男以外なら良いんじゃないですかネ」
「じゃあわらわもなの」
「私も良いのかしら。エリスさん」
「ええ。今日は特別ってアリスが言ってましたから」
特別ではありますけど……。
(はぁ……諦めるしかなさそうですね)
(でも、悪い気はしないね)
(そう、ですね)
英雄、勇者と持て囃されるのは小恥ずかしいですけど、大人が子供を褒めるようなこれは、少し誇らしい気分になるのを否定出来ません。良く出来ました。花丸満点です、ってね。