凱旋⑥
私達はコルメンスさんと一緒に、歓声を浴びるために広場を見ていました。それは歓声が止むまで続きます。
でも、歓声が止む前に、私とアリスさんは後ろを向くことになりました。
「リツカさん。アリス」
「エリスさ――」
走り出したエリスさんが何をするのか。分かっています。きっと神誕祭の時のままであれば、避けたかもしれません。でも、今日ばかりは避ける事が出来ませんでした。もちろんアリスさんも、頷いて、避けなくて良いと示してくれています。
「リツカさん!」
アリスさんよりも少し背が高いエリスさんのちょうど胸の位置に、私の顔はいきます。ぼふっという音と共に私は、エリスさんに抱き締められました。
「良かった……。本当は、部屋で待ってなきゃいけないんだけど」
「もご」
「お母様。そのままでは話せません」
「せっかく許して貰ったんだもの。もう少しこのままが良いわ?」
「むむむ……」
エリスさんはこの世界で唯一、アリスさん以外で私の死を明確に感じ取った人です。アレスルンジゅが”神林”まで私のイヤリングを飛ばしています。
神さまに自分の勝利を告げる為ですけれど、直接イヤリングを受け取ったのはエリスさんです。
だから、この行為を止める事は出来ません。エリスさんの事、母親のようだと私は思っています。その母が、私の死を目の当たりにしてしまったのです。ちゃんと、無事を報せないといけません。
嫉妬してしまっているアリスさんの表情を見れないのは残念ですけれど、私の袖をくいっくいっと引いているのを感じるだけで、幸せです。
「アリス」
「お父様――」
ゲルハルトさんも、心配だったのでしょう。アリスさんの頭を撫でています。今度は、私が我慢する番ですね。
「今日は避けぬのか」
「今日だけの、特別です」
「そうか。怪我はないか」
「私は一度も怪我を負っていません」
「うむ」
アリスさんがゲルハルトさんに伝えてくれました。ゲルハルトさんとオルテさんと交わした約束です。
「エリス、そろそろ」
「仕方ないわね」
解放されました。頬、赤くなってないでしょうか。羞恥ですよ? 決して、その、アリスさんが成長したらこうなのかなぁとか、考えていません。ええ。今日の私は真面目さんですから。
「リッカ」
「ひゃい」
「後で上書きしないと……」
声が裏返ってしまいました。ほんと、やましい気持ちはないのです。
(リツカさんが、更に可愛くなったわね。それにアリスとも……もしかしなくても、関係が進んだのかしら)
エリスさんがシーアさんを見て、シーアさんは頷いています。ああ、バレましたね。一歩だけ進んだ私達の関係性が。
「リツカさん。これ」
「ありがとうございます」
帰って来ました。私の、太陽のイヤリング。アリスさんから渡されていた月のイヤリングを取り出します。これをアリスさんの耳につけて、太陽を私にと思ったのですけれど。
「こっち、付けない?」
「――はい。そうしましょう」
私は、アリスさんに太陽のイヤリングを見せました。
アリスさんが私の太陽です。でも、この交換は違う意味があります。アリスさんに、私を身に着けて欲しいのです。
お互いの耳に、お互いの象徴をつけます。
「私はアリスさんを照らす、太陽」
「私はリッカによって輝く、月です」
空高く輝く二つの光ならば、例え異世界であっても……照らし続けてくれるはずです。空を見上げれば、いつも貴女が居てくれるのですから。
「何してるのかしら。巫女様方」
「ここらだと余り見えないわ……」
「でも、綺麗ねぇ……誰か”転写”してないかしら……」
(まだ国民の皆が見てるんだけど、仕方ないわよね。リツカさんはもう…………もう少しこのままにして上げたいけれど、二人きりの時まで我慢して貰いましょう)
「二人共、預かり物よ」
エリスさんがアリスさんに木の箱を手渡しました。
「ありがとうございます。お母様」
「ここで交換するのかしら」
「いえ。これは、あの場所で」
完成した指輪です。あの場所で、私の告白をもって、永遠の誓いを――。
「ん」
目の前の観衆からの視線も熱い物ですけれど、一際熱く、強い視線を背後から感じます。そうですよね。エリスさんと同じくらい、ここに飛び出したい人が居るんですよね。
「ライゼさん。こちらはもう良いので、奥で休んでも良いのですよ」
「あん? あー……いや、ケジメは大事だろ」
はぁ……どこまでも、ですね。エリスさんが奥で待ってないといけなかったと言っていたので、多分サプライズ対面だったのでしょう。しかし、我慢出来ないという物があります。
「コルメンス陛下。申し訳ございませんけれど」
「そうだね。そろそろ次の段階に進もう」
もう少し観衆の歓声に応えたかったのですけれど、まだ今日は始まったばかり。プログラムも序盤にすぎませんから。
私が交わしたもう一つの約束を果たしましょう。
「お集まりの皆様。一先ず、巫女様方には一時間程休息と取ってもらいます。その間、お祭りをお楽しみ下さい。後程再び登壇して頂きますので」
最後に一礼し、一度王宮に入ります。慌てて逃げていく気配を追いかける形になりますね。
「まさか、エリスさんが飛び出してくるとは思いませんでした」
「申し訳ございません。陛下……つい」
「エリスさん達は、仕方ないんです。私の諸々があるので」
「一応、エリスさんから聞いてはいましたが……本当、なんですね」
「はい。アレスルンジュ――魔王が、”闇”でイヤリングを”神林”まで運びましたから」
流石に、殺されたというのを報告するのは憚られます。私の恐怖心もそれを許してはくれません。
「私達は初耳ですネ。そレ」
「まぁ、リツカがどうこうってのは、聞くに聞けんだろ」
「巫女さんの”再生”は気になるのですけド、仕方ありませんネ」
「後程時間があればお教え出来ますけど、これも”拒絶”や”抱擁”同様、使える物ではありませんよ?」
「そこは研究欲という物でス」
魂さえ生きていれば、再生出来ます。これは私を対象とした場合のみ有効な魔法です。なので、ライゼさんの腕は、戻りません。
色々と話したい事はあると思います。でも、まずは皆が待っているところへ行きましょう。どうやら、皆集まってるみたいですから。
執務室に到着しましたけれど、開けるのを躊躇してしまうほどに、扉の向こうの圧が凄いです。
誰の圧でしょう。皆?
「どうしたんでス?」
シーアさんが疑問に思うのも無理はありません。コルメンスさんが扉を開けようとしません。多分、アリスさんか私に開けさせたいのでしょうけれど……。
「ライゼに開けさせると良いの」
「ライゼさんも主役なので。問題はないと思います」
「そうねぇ。あの子もずっと待ってましたから」
「ここまで来て、そっけない態度は流石にどうかと思いますよ?」
逃げ場、なくなりましたね。カルラさん達はともかく、エリスさんとエルさんまで。余程、あの方は憔悴していたのでしょう。私も酷な約束をしたものです。もしあの時、ライゼさんを助けられなかったらと思うと、ぞっとしますね。
「おい、早くしろ。一時間しか休みねぇんだろ」
「心の準備ってのがあんだろが」
「何でス。会うのが恥ずかしくてリツカお姉さんの約束を言い訳にしてたんですカ」
「ぐ、ぐぐ」
恥ずかしがる必要は――もしかして、負けた事でしょうか。勝つと宣言して負けるのは恥ずかしい事です。私は何度か経験していますけれど、虚しさとか無力感に苛まれるのです。
ライゼさんも、それを感じたのでしょうか。愛する人が後ろに居ながら倒れてしまった事の、後悔があるのでしょうか。
「何も恥ずかしがる必要はないと思うのですが……」
「そうです。ライゼさんが居なかったら、私死んでましたから」
「いえ、ライゼさんは……」
「うん?」
私の感謝の気持ちは本物です。あの時マクゼルトは、私に止めを刺す為に進軍を開始しようとしていたのですから。マクゼルトの気まぐれであったとしても、あの時進軍は収まり国は救われたのです。
でもアリスさん曰く、ライゼさんは恥を感じている訳ではないようです。
「こ、この顔の傷だぞ。驚かせるだろ……」
カルメさんは言いました。額の傷はカルラさんとの思い出と。私も、もう傷痕こそありませんけれど、数々の傷をその身に刻んできました。それも全て、アリスさんを守ったという証。
ライゼさんの傷を悪く言う人は、ここには居ません。特に、今待っている方はそんな事するはずがありません。
アリスさんが扉を開けると同時に、私がライゼさんの背中を押します。体格差なんて私には関係ありません。怖気づいたライゼさんを部屋に押し出すくらいわけないのです。
「うじうじとみっともないです。早く行って下さい」
気配を押し殺そうとしていた部屋の中が騒がしくなりました。私達も入るとしましょう。
サプライズしたかったのでしょうけど、そう簡単に私が受けると思わないで下さいね。サプライズをするのは私達です。