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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
7日目、名前はしっかりとなのです
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街の日常②


 宿の問題は解決しましたが、新たな問題が出ました。


 カフェでのバイトのことですが、給仕と調理どちらを勤めるか、というものだったのです。


(しまったなぁ、私……料理の時ドジするんだった)


 あることで緊張してしまうと、料理の時の動きがおかしくなるという病です。


 そう、病。


(アリスさんと一緒に居るとなっちゃうから、分担すれば大丈夫かな?)


 アリスさんは料理上手だから調理。これならキッチンにほとんど居るから、見世物にもなりにくい。


 私が給仕でいいかな。


「アリスさんは、給仕と調理どっちがいい?」


 そう計画したものの、アリスさんの意思が一番です。


「そうですね。私は調理がいいです。料理の練習にもなりますし」


 アリスさんはもう十分上手と思うのですがまだ向上心を持っているようです。アリスさんらしいと思ってしまいます。


「じゃあ私が給仕かな」


 計画通りです。


「はいっ! 楽しみですね」


 アリスさんが笑顔でカフェでのバイトに思いをはせます。


 私はそんなアリスさんを見て、受けてよかったなぁ。と思うのでした。


「がんばろうね。アリスさん」

「はいっ。リッカさま」


 宿泊料を安くしてもらう為のバイトですから、真剣に取り組まなければいけないのです。でも私達は、弾む声と心を止める事は出来ないのでした。 


 

 アリスさんが夕飯の準備をしている間に、私は散歩に行くことにしました。暇な時にアリスさんと一緒に見て回りたい場所の下見のようなものです。お互い初めての街な訳ですから、私がリードしてみたいなぁ、なんて。


(花屋さんとかいいなぁ。どこにあるんだろう)


 私たちはまだ、武器屋と生鮮市場くらいにしか行けていません。……ほとんど、私が倒れちゃったせいですけど。


 そんなことを考えて歩いてますけど、やはり視線が気になります。


(なんとか、払拭したい)


 せめて、集落の最後の日くらいには、溶け込みたいです。


 そうは言っても、どうしたらいいのでしょう。組合の一般依頼を解決するのが一番でしょうか。


 この尊敬なのか畏敬なのか、はたまた異世界からやってきた未だ謎の多い女への興味なのか、そんなものが入り混じった視線。


 初日のような、纏わりつくような視線は順調に減ってますけれど、それでもやっぱり落ち着きません。


「血まみれのおねえさん」


 そんな物騒な言葉が耳に届いたものですから、私はきょろきょろと周りを確認します。


(……? 血まみれの人とか居ませんよね。流石にそんな人が居たら、私よりもそっちに注目が――)

「血まみれの巫女さま」


 私のスカート部をつまむようにひっぱりながら、巫女と呼んでいます。つまり……。


「わ、私?」


 血まみれって私?


 確かに赤い髪ですけど……あっ……牧場からの帰り。


「はい、血まみれの巫女さま」


 その女の子は歳はエルケちゃんより少し小さいくらいでしょうか。


 それでもしっかりとした眼差しで私を見ていました。この世界の子は成長が早いのかな?エカルトくんもエルケちゃんも見た目よりはしっかりと受け答えしていましたし。


 と、そんなことを考えている場合ではありません。


「なぁに? お嬢ちゃん。私に用事かな?」


 目線を合わせるように少し屈みます。


「はい、お父様を助けてくれてありがとうございます」


 お父様、ですか? 覚えがありませんけど、もしかして?


「牧場に、居た人かな?」


 思い当たるのはその人たちくらいです。


「いえ、外で隣の街へ行く途中に助けられたと言ってました」


 あの時のほうですか。この街の人だったんですね。


「そっか。無事に戻れたのかな?」


 助けたあとそのまま別れましたけど、こうやってこの子が知っているということは無事に目的地に着いたはずです。


「はい。今は家にいます。少し待っていてください。よんできます」


 そう言って行こうとしたのを私は、肩にそっと手を置き止めます。


「あっ、呼ばなくていいよ? その時にお礼言ってもらえたし。君もお礼くれたしね」


 そう言ってその子の頭を撫でます。


 撫でた後に、いきなり撫でるのはびっくりさせちゃうかな。と思い至りましたけど……。


「……」


 じっと目を細め撫でさせてくれました。別に強張っているわけではなく、少し気持ちよさそうです。嫌がられなくて、ちょっと一安心です。


「助けられて、よかったよ」


 そう言って手を離します。


「……ありがとうございました。血まみれの巫女さま」


 んー、お礼を言われて嬉しいですけど。


「えっと、血まみれは、ちょっと、ね?」


 たぶんアリスさんと区別するためにそう呼んでいるのでしょうけど、流石に、落ち込んじゃいます。


「じゃあ、なんて……」


 少し困らせてしまいました。


「んー、私の名前。リツカって言うの。だからそう呼んで?」

「――リツカ、様?」


 さま、かぁ。仕方ないんですかね。アリスさんと一緒の巫女ってことになってますし。


「ありがとう」


 これで血まみれの巫女という不名誉な二つ名はなくなったでしょう。


「リッカさま?」


 後ろから、アリスさんの綺麗な声音が聞こえました。


「あれ、アリスさんどうしたの?」

「夕飯を作り終えたので、お呼びに」


 そんなにも、時間がたっていたようです。


「ありがとう。今いくね」


 そう言ってその子に別れを告げます。


「私、帰るね?」

「はい、リツカさま。ありがとうございました」


 女の子がお辞儀をして駆けていきました。しっかりとした子です。大人しい雰囲気でしたけれど、()()()に声を掛けるだけの勇気が、あるみたいですね。


 アリスさんに先ほどの事情を説明しながら街を歩きます。


「先ほどの子は、あの時の……」


 アリスさんもあの時を思い出しているようでした。


「それにしても、血まみれの……ですか」 


 アリスさんが少し困ったように笑います。


「たくさんの人に見られちゃってたからね。おかしな名前つけられなくてよかったよ」


 私は少し落ち込んでいます。でも、もっと酷い渾名だったかもしれないと思うと、血塗れはそのままなので、仕方ないかなって思えます。


「……リッカさまが、頑張った証です。おかしくなんて、ないですよ」


 アリスさんが真剣な顔になって応えてくれます。


「……うん、ありがと」


 私はアリスさんの言葉には、魔法があると思っています。


 現実に奇跡を起こしはしませんけど、確実に私の心を暖かくしてくれるのです。アリスさんが居なかったら、私は前には進めません。


「それにしても、私があそこにいるってよく分かったね」


 宿からは結構離れています。私がどっちに行ったか分からないと出会えないはずですけれど。


「ふふふ、私はリッカさまのことはお見通しです」


 弾むように笑顔で言います。


「アリスさんなら、本当にそうだって思っちゃうよ」

「えぇ、ですから。ちゃんと……私を頼ってくださいね?」


 思わず笑ってしまった私とは正反対に、アリスさんは少し目を伏せ私に懇願しました。


「うん、いつも頼らせてもらってるよ」


 私は軽く言いましたけれど、私は内心、ビクビクとしていました。


(まさか、気づいて――)

「ふふふ、約束ですよ?」


 そう言ってアリスさんは、私の前を跳ねるように歩いています。その姿に私は、思い過ごしだったと……考えようとします。


 でも、私からは見えないアリスさんの表情が、気になってしかたなかったのです。



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