凱旋③
「あ! カルラちゃ――ん!?」
元気な声が聞こえてきました。数奇な運命というのであれば、この子もそうでしょう。本当に、元気な姿が見られてよかった。
「クラウちゃん、久しぶり」
「安心しました」
「わ、わ……天使様っ。じゃあ――」
背中に何かを隠して、クラウちゃんは立ち止まってしまいました。
「元気そうで良かったでス」
「シーアちゃん!」
シーアさんに抱きつきたいという気持ちは伝わってくるのですけど、背中に何かを隠している為出来ないといった、葛藤が見えます。
「別に見せても良いと思うの」
「カ、カルラちゃ――カルラちゃんのお姉さん?」
「妹な姉様も良いので」
「あ、妹様……?」
「言いたい事は分かるの。どうしてカルメはこう、わらわより大きくなったの?」
「小さいままの姉様が良いので」
「そういう問題じゃないの」
カルラさんは、後ろに隠された物を知っているようです。
「本人を前に恥ずかしいのは分かるけど、リツカ達なら大丈夫なの」
「わ、私これ抱き締めて寝てたんだよ……?」
「わらわもシーアを抱き締めて寝てたの」
「……何か違う意味に聞こえる」
「そのままの意味なの」
「そ、そのまま?」
カルラさんのクラウちゃんが小さい声で話してますけど、聞こえちゃってますね。
シーアさんの顔が少し赤くなった事を考えると、シーアさん本人を抱いて寝ていたのでしょうか。
「可愛らしい子ね。あの子がシーアのお友達なのね?」
「はイ。クラウちゃんでス」
「シーアちゃんのお姉さん?」
「でス」
「じゃ、じゃあ……は、初めまして! クラウです! シーアちゃんとは、えっと、友達です!」
「ええ、よろしくね。クラウちゃん。シーアと仲良くして上げてね?」
「はい!」
クラウちゃんががばっとお辞儀をしました。この勢いと角度、畏まっている様子から考えると。
「カルラさんが教えたのかな?」
「普段通り接して貰えるのデ、色々と伝えてくれたみたいでス」
「クラウちゃんならば問題ないと言ったではありませんか」
「しかしですネ……」
身分の差からクラウちゃんが畏まるのではないかと心配したシーアさんは、クラウちゃんに女王の妹という事は伝えていません。でもクラウちゃんはシーアさんのお姉さんの身分を知っている様子です。
カルラさんなら伝えるでしょうね。シーアさんが如何して隠したのかも含めて。
そして、クラウちゃんがお辞儀した事で後ろの物がチラッと見えました。赤と白……どちらかといえば銀の丸みを帯びた物です。
「フランカさんも、お久しぶりです!」
「お久しぶりです、クラウさん。勉学の方はどうですか?」
「最近ちょっと難しい所に入ってしまって、えっと……数学何ですけど」
「成程。算数から数学へ上がる際、苦手意識が生まれる子が多いと聞いた事があります。まずは慣れるのが重要かと」
フランカさんはクラウちゃんの勉強を見ていたようですね。それにしても、まだまだ算数をしていてもおかしくない年齢で、数学ですか……。
「今のうちに後ろに回るの」
「え、見られたくない物なんじゃ……」
「まァ、気になりますシ」
「クラウちゃんが見せてくれるまで待つべきと思いますけれど……」
「隠されると見たくなるのが人の性ですので」
カリギュラ効果、でしたっけ……その気持ちは分かりますけれど……やましい物とかではなく、クラウちゃんが恥ずかしがっている物な訳です。それを年長者たる私達が無理矢理暴くというのは……。
そう思いながらも、私達はそっと後ろに回りました。クラウちゃんはフランカさんに数学をちょっとだけ教えてもらっていて集中してます。
それにしても、まさかエルさんまで付いて来るとは思いませんでした。止める側とも思ったのですけど、そういえばエルさん……悪戯好きでしたね。
「あら」
「ふム」
「私も欲しいので」
「私達」
「ですね」
クラウちゃんが隠していたのは、私達のぬいぐるみです。フェルトで作られてますけど、クラウちゃんが作ったのでしょうか。私達が作った物より上手です。
「あっ」
「隠さなくていいの」
「あ、えっと……カ、カルラちゃんに借りたんです! 夜眠れなかったから、その……」
夜眠れない、ですか。トラウマが完全になくなった訳ではないようです。私だって、悪意に呑まれそうになった日の夜は……。
むしろこうやって笑顔になれているクラウちゃんは、私よりずっと強いです。だって私は逃げましたけれど、クラウちゃんはずっと戦い続けています。例えそれがこの世界の人々の特性ゆえだったとしても、クラウちゃんの強さを私は否定しません。
私は嬉しく思います。クラウちゃんはきっと、強い人になれます。
アリスさんと視線を交わして、頷きます。
「カルラさんからの借り物、なんだよね」
「は、はい。元々クランナちゃん? から貰ったものだそうで」
「なの」
クランナちゃんが作ったそうです。手先、器用ですね。それに良く特徴を捉えています。
「ちょっと待っててね」
「は、はい」
私達は船に戻ります。ちょっとだけ……いえ、結構覚悟が必要ですけど。クラウちゃんになら上げても良いと、私達は判断しました。
「クラウさん」
「は、はい!」
「敬語でなくて良いので。改めて、わらわはカルメ・デ=ルカグヤ。カルラ姉様がお世話になったそうで」
「いえ。私の方が……その、友達だから」
「わらわともなりましょう?」
「はい! あ、うん!」
「それで、ちょっと話があるので」
「うん?」
カルメさんがクラウちゃんに話をしています。将来のシスターさんです。恐怖と弱さ、強さを知るクラウちゃんは、きっと世界の人々を導ける。私は確信しています。
船からある物を持って来ました。どうやらカルメさんのお願いは通ったようですね。クラウちゃんは更なるやる気に満ちています。
これは、そのやる気を応援する、私達の気持ちです。
「クラウちゃん」
「あ、天使様! 実はカルメちゃんから」
「はい。いつかクラウちゃんはシスターとなり、私の元に通うようになるでしょう」
「だから、これは私達の応援する気持ち」
「え――」
既にカルラさんの手元に、私達の人形は帰っています。だから。
「クランナちゃんの物よりは不恰好ですけれど」
「私達が作ったんだ。受け取って?」
「不恰好なんて……すごく、嬉しいです! 大切にします!」
種はいつか芽吹きます。でもそれは、栄養があってこそです。これは、私達からクラウちゃんに捧げる純粋な気持ち。頑張って欲しいです。
私達の人形を抱き締めながら、クラウちゃんが目をキラキラとさせています。喜んでもらえて、私達も嬉しいです。
「良いんですカ? それは、リツカお姉さんの……」
「一杯思い出があるし、私は……この世界に、残したいから」
「はい……リッカが救い、リッカが居たという証を、少しでも多くの人に、分かって欲しいのです」
惜しいとは思います。もちろんです。でも、そうですね……。私は残したいのです。私が生きた証を。
私が、私達が助ける事が出来た少女と子供達に……私は確かに居て、皆の傍に居る、って。
「そう、ですか……では私は、何も言いません。……私も要求して良いですカ?」
「何が欲しい? 上げられる物は少ないけど……」
「そうですネ。考えておきまス」
「リッカの身に着けている物は私のですからね?」
「えー。そこは譲ってくださいヨ」
私が身に着けているとなると、服やリボンですか。これは持ち帰りたいんですよね。それ以外なら、何でも……は、無理ですか。形見分けみたいですけど、向こうで着ていた服なら何とか……?
「わらわも欲しいの」
「わらわも欲しいので」
「私も欲しいわね。リツカさんの事好きなの」
「っ!?」
予想外。といった表情で、アリスさんが私を抱き締め、エルさんから遠ざけました。
「お姉ちゃん?」
「怖い顔しないで? シーアにはカルラさんが居るじゃない」
「お姉ちゃんにもお兄ちゃんが居ます」
(シーアにわらわが居るっていうのは否定しないの)
(ああああ! やっぱり進んでる……! あれ? 何で私こんなに焦ってるんだろ!?)
勝ち誇ったカルラさんと、カルラさんと火花を散らせているクラウちゃん。一体全体どういう状況なのでしょう。シーアさんの嫉妬心やら、エルさんの本当に楽しそうな雰囲気やら、混沌としてますね。
楽しいなら、良いと思いますけど。
「リツカさん可愛いんだもの。本当ならもうちょっと親交を深めたいのよ?」
「時間が限られているので、私が全部使いますから!」
アリスさんも白熱して……? えっと、置いてけぼりの私とフランカさん、ドリスさんな訳ですけれど。ドリスさんは楽しんでますし……フランカさん、助けてくれませんか、ね。アリスさんが私を求めているのは分かりますし嬉しいですけれど、渦中の私としてはどうすれば良いのかと混乱して……。
「何だこりゃ」
「往来で何やってんだ」
「眺めてるだけでも面白いわよ?」
「あんた、大物すぎだ……」
「これくらいじゃねぇと、このオルデクで一番人気にはなれんだろ」
「そういう事。どう? うちで飲んでいかない? ウィンツェッツさんとライゼルトさんならサービスしてあげるわよ」
「悪ぃが、時間だ」
一体、何処に行っていたのかは聞きたくありませんけれど、ライゼさんとレイメイさんが帰って来ました。ライゼさんならどういう状況か分かるでしょう。助けて下さい。
「時間だが、もうちっと待つか」
やっぱり、どっちが強いか、最終的な判断をしないといけないと思います。私達なら狭い場所でも戦えるでしょう。甲板で倒しますから、覚悟していてください。
「リッカは誰にも渡しません!」
「お姉ちゃんの所為で一つも貰えそうにないんですけど!?」
「シーア達も一因だと思うのだけど……」
朝のオルデク。その喧騒の中でも一番の大賑わいを見せている訳ですけれど……。まぁ、こういう馬鹿騒ぎも……悪くありませんね。
年頃の女の子って、こんな感じです。