世界⑫
議会終了後、レティシアやエルヴィエール達は別室で待機していた。
「あれが、生存競争を勝ち抜いた皇女なのね……」
「エルヴィエールは良くやったの」
「議長という立場上、皇女様の方が先手を取りやすいので」
「……ん?」
コルメンスも頭が回る方だが、此度の事態を掴むには展開が速すぎた。エルヴィエールがコルメンスに説明している。
「まァ、ここからが本番ですヨ」
「なの。あの場では共闘したようなものなの」
「……ルール違反じゃねぇのか?」
「マリスタザリア化なんて物を使う人相手に、手加減は無用ですので」
コルメンスへの説明が終わった辺りで、別室の扉が開いた。各国代表と話を終えたカルメリタがやって来たようだ。レティシア達の言うとおり、これからが本番だ。傑物カルメリタとの一騎打ちだ。
「……!?」
扉が開ききるより先に、黒い影が真っ直ぐにカルラとカルメに近づいていく。咄嗟に身構えようとするウィンツェッツを、ライゼルトとレティシアが止めた。
「カルラ、カルメー!」
「カルメ前に出るの」
「もう遅いので」
二人に勢い良く抱きついたのは、カルメリタだ。議長席で毅然と立っていた姿は一切なく、そこにはただの――叔母が居た。
「心配したわー! 家出なんてしちゃ駄目よ? めっ!」
「他の皇家の目が無いからって羽目を外しすぎなの」
「叱るのではなかったでしょうか」
「おや。今叱ったでしょう?」
二人の頭に頬擦りをしているカルメリタは、エルヴィエール達が固まっている事に気付いても止める気配がない。
(まァ、お二人を気に入っているという話は聞きましたけど)
(ここまでとは、聞いてないわねぇ……)
「姉様方、見てないで助けて欲しいので」
カルメがエルヴィエール達に助けを求める。どうやら皇国では、他の皇家の目があって出来なかったようだ。カルメリタは可愛い親戚の子を愛でているだけなので、止めるかどうか迷ってしまう。
「放っておいたら二時間でも三時間でも――」
「姉様方? わらわはそう呼んでくれないのにどうして!?」
「姉と呼ぶには年が離れすぎてるの」
「どちらかといえば母ですので」
「じゃあ母と呼んで良いのよ? ね? ほら、名前も近いしね?」
カルメリタは二人から特別な呼ばれ方をされたいようだ。完全に溺愛している。確かにこれは、他の皇家には見せられないだろう。もし見られては、カルラ達の立場まで危うい。
今は継承権上位の一人という立ち位置だが、この姿を見られると真っ先に潰される。年齢は関係ないという事は、皇家の者が良く知っているからだ。
「母様はちゃんと存命ですので」
「今もカルメの帰りを今か今かと待ってるの」
「それは……ええ、はい。一度家に顔を出すので」
「ふぅ……確かに、特別扱いしているのが露呈してしまうわね。カルラが皇女になってくれれば、心置きなく愛でる事が出来るのだけど」
カルメリタが漸く止まる気になったようだ。エルヴィエールやレティシア、コルメンス達を待たせるのは申し訳ないと思ってくれたようだ。
「レティシアちゃんもどう?」
「何をでしょウ」
「それはもちろん、わらわの子にならないかって話よ? カルラとカルメに近しい才を持った子が居るなんて、思ってもみなかったわ」
本気と分かる目で、レティシアににじり寄って行く。レティシアは撫でられる事に抵抗は無いが、撫でられるだけで済みそうにない。
「シーアは私の妹なので、渡しません」
当然ながら、エルヴィエールもレティシアを溺愛している。人の娘になるのを許容するわけが無い。
「あら。エルヴィエールちゃんも一緒に来れば良いのよ。あなたのお陰で連合は一切身動きが出来なくなったんだから」
むしろ好都合と、カルメリタは立ちはだかったエルヴィエールを撫でた。
「なっ」
「一国の女王を養子にしようとした人は初めて見ましタ」
(というより、お姉ちゃんをちゃん付けで呼べるって……何歳なのでしょう。エリスさんよりは上に見えますけど)
エルヴィエールまで撫でられている為、必然的にレティシアも撫でられている。頭脳もさることながら、破天荒さもカルラ、カルメ以上だ。
「安心するの」
カルラがレティシアの肩に手を置いた。救いの手かと思ったが、カルラの目は別の意志が宿っている。
「シーアはわらわと結婚するから、皇女様の願いは叶うの」
「あら。あらあら!」
目を輝かせたカルメリタが二人を見ている。恥ずかしそうにしているが、レティシアも満更ではなさそうだ。
「帰ったら多様な愛の形に対して寛容になるべきってお触れを出さないといけないわね!」
溺愛しているカルラのカミングアウトなのに、カルメリタは嬉しそうにしている。カルラを一番近くで支える人が増えた事を喜んでいるのだ。
「どこまで本音か分からん……」
「わらわはいつだって本気よ? ライゼルトちゃん」
「ちゃ……?」
ライゼルトが固まる。ライゼルトもまだ三十代だ。自分より上の年齢がまだまだ居る。だが、ちゃん付けで呼ばれた事は一度も無い。
「クハッ、ククククッ」
「笑ってんじゃねぇよ。ツェッツちゃん」
「あ゛!?」
「まぁまぁ」
「コルメンスちゃんも他人事じゃねぇけどな」
「……」
「あんた等なぁ……」
「ディルクちゃんもどうすかねぇ」
男四人がチリチリとした空気の中で苦笑いを浮かべあっている。
「気持ち悪いんでその辺にしておいて下さイ」
(巻き込まれないように離れて護衛しよう……)
レティシアの直球な罵倒に、四人は肩を落として黙ってしまった。飛び火しないように離れたフランカだが、流石に不憫に思ったのか、あたふたとフォローをしている。
「うんうん。やっぱりこれくらい柔らかい方が良いわね。会談は硬すぎて肩が凝ったもの」
「硬くしたのは皇女様なので」
「会談で決定した事は異論ないけれど、これからは敵なの」
「愛しの後継者達と討論会も悪くないけど、わらわは争う気なんてないわよ?」
毒気を抜かれたように、カルラ達はきょとんとする。ここからは仁義無き舌戦が繰り広げられると思っていたのだが、カルメリタにそのつもりはないようだ。
「関税率は今でも納得してるし、交易はゆっくり拡大させてもらえれば良いのよね。何ならカルラが皇女になってからでも遅くないし」
カルラ達の仲の良さを見て、強硬策はむしろ悪手と考えたカルメリタ。現状を維持しつつ、より良い関係を築く事が得策と感じたようだ。
「ただやっぱり、国内整備よね。第一位……愚息の件もあるし。カルラ。猶予は後十年よ。わらわの暗殺も考えに入れて早急にお願いするわね」
「余り考えたくないけど、仕方ないの」
「そろそろ低位に押し留めるのも無理が出てきたのよねぇ。カルラもカルメも、もっと上位に居るべきって思われてきちゃったのよ」
二人が目立てば、弱小地区であるルカグヤ家は押し潰されかねない。カルメリタは二人を、「幼いながらも良く出来る。だから一桁にした」と思わせていた。しかし良く見れば分かる。カルラもカルメも非凡だ。上位三名に名を連ねるべき人間が、下位に居る事が逆に怪しくなってきた。
「姉様の役に立つかは作ってみないと分からないですが、一つ提案がありますので」
カルメとしても、少しでも早くカルラを皇女にしたいと思っている。その為の秘策を告げるようだ。
「何々?」
「リツカ姉様の世界には大使館という物があるそうです」
リツカから聞いていた、向こうの世界の政治機能。それを思い出した。
「交流国に大使を常駐させ、文化交流の為の広報や自国民の保護を他国内で行う機関との事です」
「災害時等の有事の際は支援要請も出来るんでしたネ」
その場にレティシアも居たので、カルメ同様思い出している。そしてハッとしたようだ。
「今一番必要な物かもしれませんネ」
「横の繋がりを強化出来るのは良い事なの」
「内政干渉にならないかしら……。どこまでの干渉を許すか明確にしないといけないわね」
「厳命するしかなさそうなの。まずはここの三国でお試しでやってみるのも手なの」
エルヴィエールの疑問も尤もだが、それは各国で気をつける事が出来る範囲だ。相手との友好関係を結ぶという前提がある以上、深入りしないのが得策というのもある。
「カルメさんが大使第一号という事ですネ」
「はい。北部整備をリツカ姉様と約束していますし、それが済み次第、わらわの作ったあの場所に大使館を作りたいと思っております」
コルメンスとしてもそれは願ったり叶ったりだが、大使館という物がどういった物なのか、まだぴんと来ない。これから話していくが、頷くのは先になる。
「良いかもしれないわね。文化交流が進むのは嬉しいわ。他国の目が光っているのも牽制になりそう」
カルメリタには好評なようで、しきりに頷いている。
「でもカルメ。大使になるって事は分かってるわよね」
頷いて、一頻り思考を巡らせた後、カルメリタはカルメに視線を向けた。
「はい。わらわは継承権を放棄しますので」
「……」
「姉様。元々わらわはそうするつもりでした。姉様の力になる為に」
カルメの継承権放棄。それがいつか来るであろう事だとカルラは知っていた。だけど、こうやって面と向かって言われると寂しさを感じてしまう。
「カルメの脱落で大きく動き出すわ。あの子は鋭敏に感じ取る。カルメが落ちたという事は、カルラが動き出したと」
あの子とは、継承権第一位だ。
「大使制度を作り終えるまでは継承権を持っていなさいね」
「分かりました」
カルメリタの妥協案に、カルメは頷く。それが最良である事は明白だからだ。
「皇国への二国の大使、こちらから指定しても?」
「構いませんが……」
「最初の数年だけでも、よろしいでしょうか」
「ええ」
エルヴィエールはカルメリタの瞳に隠された真意を読み取る。乗り気ではないが、それが三国の未来の為ならば、と妥協案を提示した。
「レティシアちゃんとライゼルトちゃんかウィンツェッツちゃんをお借りしたく思います」
政治も出来るのだから、共和国として最も信頼出来、確実に任務をこなしてくれるレティシアが選ばれるのは当然だ。だけど、ライゼルトとウィンツェッツは政治が出来ない。
「カルラさんを守れば良いんですネ」
「そう。カルラと連携して欲しいわ。何なら住み込みでも構わないわね」
最初の大使は政治が出来なくても良い。重要なのは、皇国内部に入り込み、外の人間として目を光らせて欲しいと言う事だ。
「我が子だからこそ信頼している。あの子はカルラを殺す。そんな事あってはならないから」
継承権第一位は、カルラを殺すだろう。カルラが一番のライバルになりえると、彼も思っていたのだ。親子だからこそ、カルメリタは確信する。カルラをのこのこと皇国に戻せば、即座に殺されると。
「皇国を変えられるのはカルラだけよ。確信しているの」
カルメリタの確信は、未来予知の如く正確だ。皇国を良き方向に導けるのはカルラだけと、力強く宣言した。
「さ。三国同盟を結びましょう。閉鎖された皇国は、今日で終わりです」
まるでお茶に誘うかのように、カルメリタは時代を動かしていく。しかしこれは始まりでしかないのだろう。
三つの国の王達は、カルラ、カルメ、レティシアの時代が来た時、そこに真の平和が咲くように、種を蒔いて行く。