世界⑪
レティシア達三人が、護衛用の席に移動する。
「魔王、マリスタザリアに関して、もう少し話を詰めたいと思っています。此度の戦争においても、マリスタザリアが生まれたそうですね。それも、人が成ったという報告を受けています」
議会がざわめく。動物だけと思っていたマリスタザリアが、というざわめきだ。
「ですがこれは、王国から各国に伝えられていたはずです」
議会のざわめきが収まる。聞いていたのに、重要視していなかったという事だ。
「この反応。やはり国際法の改正をする必要があると提案いたします」
各国からの反対はない。
「魔王とマリスタザリア。どちらも世界が抱える問題であり、これからも向き合わなければいけない命題でもあります。さすれば、これらの問題に関して、国境はないと考えます」
「議長」
「どうぞ。エルヴィエール氏」
エルヴィエールが挙手し、発言を求めた。
「それはつまり、此度の戦争で起きた魔王、マリスタザリアの件は水に流し、国の枠を越え対処すべきであったという解釈でよろしいでしょうか」
「その通りです。王国を責める事も、各国の対応に対する糾弾も、ここで終わりとさせて頂きたく思います。これからも、これまでもです」
(ここまでとは思いませんでしタ。皇女様……とんでもないでス)
(妥協点はここしかありません。どこにでもお馬鹿は居るので)
(最初に皇女様に流れを掴まれた時点で、そうするしかなかったの。エルヴィはむしろ、良く対応したの)
この議会で、カルメリタとエルヴィエールの確認が何を意味しているのか分かっているのは、当人達を含めて六人だ。
「お、お待ちいただきた――」
「では、わらわから提案させて頂きます」
連合代表、ベルエークが声を出そうとしたが、カルメリタの良く通る声により掻き消された。
「”巫女”同様、マリスタザリア、これから現れるかもしれない第二第三の魔王に対しても国境を廃止したいと思います」
「廃止?」
「どういう事だ」
「待て、まだ途中だ」
再び議会がざわめくが、カルメリタの咳払いにより収まる。
「マリスタザリアへの対処に関しては、国境の垣根を越えるという物です。人類防衛軍とでも仮称しましょう。マリスタザリアへの対処を、各国の法ではなく国際法に則って行うという物です」
「優秀な人材を、対マリスタザリアに関しては無償で派遣すると?」
「はい。財源は各国から徴収します。英雄の方々にも協力して頂きたく思っております」
国の先鋭ですら困るのに、国境を跨いだところで、という疑問があった。しかし、魔王討伐を成し遂げた英雄の参加となれば話は別だ。
「俺は構わんぞ」
「ああ」
「……私はあくまで共和国所属ですのデ、その一線は守らせていただきまス」
「もちろんです」
カルメリタはレティシアの想いを尊重する。それに文句が出るはずが無い。それに共和国優先ではあるが、マリスタザリア討伐に関しては協力するという趣旨である事は明白だった。
「”巫女”同様、人類防衛軍に関しては政治利用を禁じます。これに賛成の方はご起立を願います」
カルメリタの提案に、議会の殆どが立つ。立っていないのは、ベルエークくらいだ。
「ありがとうございます。詳細に関しては、後ほど同様の場を設けたく思います。今回は――戦争に関しての話合いですから」
もはや決した。そういった表情で、エルヴィエール、カルラ、カルメ、レティシアはため息をついた。この場はもう、口を閉ざしたままでも良さそうだ。
「防衛軍か。確かに必要だな」
「派遣って、何処までだ?」
「……暢気な物ですネ」
「あん?」
此度の戦争の詳細を、カルラ含む当事者達が説明している。その間レティシアは、カルメリタを見ていた。畏敬を含んだ瞳で、名実共に議長として認められた皇女を見ながら下唇を噛んでいる。
「今回の戦争。焦点はどこになると思いますカ」
「あ? 連合の開戦理由とか、ルールに則ってたかとかじゃねぇのか」
「概ねその通りでス。ただまァ、問題はもう一つあるんですヨ」
「マリスタザリア化か」
「でス。連合が悪意を使った事によるマリスタザリア化ですけド、さテ……誰が証明するんでしょうネ」
「どっかで聞いたな、それ」
「フロンさン」
「ああ。あのオペラの」
悪意の証明。それは”巫女”以外に出来ない。フロレンティーナもそれのお陰で無罪となっている。本人は納得していないが、証明出来ない為仕方ない。
「そうなった時、誰の所為でマリスタザリア化したってなりまス?」
「……魔王か」
「上出来でス。さテ、魔王は何処に居たでしょウ」
「王国だ」
「正解でス」
「おい……」
「まァ、纏めるとですネ。王国が放って置いた魔王の所為でマリスタザリアが跋扈シ、人間のマリスタザリア化が起きタ。って事ですネ」
レティシアの言葉は、真実を知らない人間にとってはその通りだった。
「ですけどそれハ、皇女様により無かった事になりましタ」
「ああ……」
「これは王国にとっても、他国にとっても良い事なのでス。王国は魔王を放置したという糾弾を受けずに済みますシ、他国はマリスタザリアや魔王討伐の支援要請を断リ、無視した事を流せまス」
お馬鹿。カルメがそう称したのはそういった者達だ。王国を糾弾するのはお門違いなのだが、賠償目当てで吹っ掛けてくる者達は後を絶たない。
「女王が言った事か」
「そうでス。皇女様がこの話をした時点デ、お姉ちゃんには妥協しか道がありませんでしタ。王国を守るにはこれしかないんですヨ。むしろ良くあの言葉を引き出せたト、身内ながら鼻が高いでス」
(まァ私は、お姉ちゃんがその言葉を発するまで拙いって事くらいしか分からなかったんですけどね。真意はそこにありませんでした。皇女はもっと先を見ています)
レティシアの言葉でカルメリタの真意が分かった二人は、議長席で王国、連合両者の言葉を聞き入っているカルメリタを見た。何となく各国のトップが集まったから謝罪と感謝、これからの国作りに関して話したというだけではない。全方位に対して釘を差した形だ。
それは王国を助ける為の物であり、長年放置されていた問題を解決する為の物だ。
しかもそれは今の所、各国のトップ達は気付いていない。後々気付く事だろう。この場での決定は、文書に残る。一言一句間違いなく、歴史に刻まれるのだ。世界は平和への一歩目を歩む事になる。
マリスタザリアという共通の敵により、手を結ぶのだ。
「世界は魔王の事、マリスタザリアの事を言えなくなりましタ。勇者一行が魔王を倒したという英雄譚だけが残った状態デ、政治的な優位性はありませン」
まぁ必要ありませんけど。とレティシアは肩を竦める。
守りたい者を守りたかっただけの戦いだ。元々政治的な優位性が欲しくてやった訳ではない。他国が好き勝手利用しようと近づいてくるよりは、ずっと嬉しい状況なのだ。
「勘違いしてはいけませんヨ。皇女様の感謝と謝罪は本物でス。私達も巫女さんもリツカお姉さんモ、お師匠さん達モ、素直に受け取って良いですヨ。今の所困ってるのは連合だけでス」
「連合が、関係あんのか?」
ベルエークはもはや、喉に何か詰まったかのように真っ青だ。その表情はまさに敗戦国の物といえるだろう。
「連合の勝ち目は先程言った事でス。王国の所為で自国の兵が突然マリスタザリア化しテ、被害を被ったという物になりまス」
「無理があんだろ」
「ですけド、それでも優位性でス。戦争を始めたのは正当な物でス。それはお兄ちゃんが証明していまス。開戦予告も届いていましたシ、正規の手順を踏んでいますからネ」
しかし、マリスタザリア化が連合の物という証拠がない。だから、魔王の所為に出来る。実際瓶詰めの悪意はアレスルンジュが用意した物だ。戦争をより過激な物にして、悪意を溢れさせるために。だから、あながち嘘ではない。
「連合にとってハ、敗戦の傷を減らす必要があるんですヨ。その特効薬がマリスタザリア化でしタ」
「自分達の罪も無くそうって魂胆か」
「そうでス。でもそれらはただの事象となりましタ。もうそれで攻められませン」
カルメリタの感謝と謝罪の場はその実、連合の逃げ道を完全に塞いでいた。真実の言葉だったからこそ、誰もが聞き入り共に謝罪と感謝を行った。連合もそうだ。
だが、気付くのが遅すぎた。レティシア達と同時に気付いていたなら……感謝と謝罪のお辞儀前に気付いていたなら、何か手があったかもしれないが。
「後はもウ、勝った負けたに正当性があるかの確認でス」
ここは戦争の結果を話すだけの場となった。連合の敗戦は覆らないし、罪も軽減されない。敗戦国の末路は常に、悲しい物だ。
「連合なら、ごり押しすんじゃねぇのか」
「各国代表も知ってるんですヨ。連合がマリスタザリア化を使ったっていうのハ」
「……」
「そうなるト、連合はもう言い出せませン。外道も外道を行ったんですからネ」
証拠はない。しかし、戦争の最中都合よくマリスタザリア化等しない。それも、連合兵だけ。そこには人の意思が存在している。それをカルメリタが伝えないはずがない。今知らない者たちも、後々知る。連合の悪事を。
「そして人類防衛軍でス。マリスタザリアに対しての絶対的武力集団」
人は対象外。マリスタザリアの為だけに動く、人の味方。
「それってつまリ、マリスタザリア化を使った連合には無条件で介入出来る下地が出来るって事でス」
「そうなのか……?」
「極端な話だが、一度悪意に手を染めた悪人を信用出来ねぇだろ。何かあるたんびに疑うのは仕方ねぇ」
連合の味方は最初から少ない。それが今回の件でゼロに等しくなった。
「暫くは大人しいでしょウ。その間に各国の連携は強まりまス」
兵の大半が離散した。地位も信用も失い、現議会は解体される。連合の力は削がれる一方だ。
「ただの防衛軍ならまだしモ、魔王と戦い抜いた英雄が参加するんですからネ」
「平和を愛する”巫女”も黙ってねぇって思わせられる、か」
「そういう事でス。政治利用は出来ませんけド、対マリスタザリアは政治関係ありませんかラ」
実際に”巫女”が動く事は殆どないだろう。しかし、もしかしたらがある。一度”森”を離れて遠出した”巫女”だ。他国にも行くかもしれない。それに、【フリューゲル・コマリフラス】ならば何処に居ても関係ない。
実際はそんな簡単に使えないのだが、説明されていないのだから知る由もない。
「”巫女”を巻き込む事は私が許しませんけド、皇女という存在が良く分かりましたネ」
「ああ……」
「カルラ姫やカルメ姫にも驚かされたが……世界ってのは広ぇな」
「ほんト、驚きですヨ。後ほど王国、共和国、皇国で話し合わないといけないと思うト、ゲッソリしまス」
レティシアによる説明という名の愚痴が終わった時、会談というなの裁判も終わった。連合議会解体。王国、共和国、皇国による監視、王国、共和国への損害賠償が一先ず決まる。
まだまだ続報があるだろうが、連合の暴虐はこれにて終幕を迎えた。