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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
61日目、夜明けなのです
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世界⑩



「はふ……」


 主導権の取り合いに負けてしまった私は、アリスさんに隅々まで洗われたのでした。顔が見れなくなるという事態には陥りませんでしたけど、マッサージが効きましたね。液体化してしまったように脱力してしまいました。


 お風呂から上がったら、私もアリスさんのマッサージをしましょう。私より早く起きていましてけれど、アリスさんの体力も衰えています。ずっと寝ていたから凝り固まっているのは確かなのです。


 今はお互い向き合って、湯船に浸かっています。やっぱり、体感的には一週間経ってるみたいです。毎日の様にしていたアリスさんとのスキンシップが、久しぶりに感じてしまうのですから。


「ライゼさん、アンネさんに会えたかな」


 せっかく王都近くに行くんですから、会って欲しいところです。


「どうでしょう。ライゼさんもあれで結構、頑固な所がありますから」

「約束は、ライゼさんを連れ戻すだったんだけどね……。会えるなら会って欲しいけど」


 アンネさんは、ライゼさんの安否を心配し続けているんです。変に意地を張らずに、アンネさんを優先して欲しいとは思っています。


「ライゼさんとアンネさんのケジメですからね。結果を待ちましょう。それに私としては、会わずに帰って来て欲しいと思っています」


 私が関係してますから、ね。アリスさんの気持ちも考慮するべき案件です。


「ケジメかぁ。確かに大切かも」


 今後も友人として付き合う事になる訳ですし、アリスさんの納得も必要ですね。親しい仲だからこそ、締める所は締めるべきだと聞いた事があります。


「そういえば、カルラさんからお聞きしましたけれど、フロレンティーナさんが王都に滞在しているそうですね」

「まだ拘留中なの? 情状酌量の余地はあると思うんだけど……」


 辞めさせられて、路頭に迷っている団員の方も居るかもしれません。しかしエッボに目を付けられると、殺される可能性すらありました。拷問を平気で行いますし、”闇”の魔法で暗殺は容易でしたからね……。


 それを考えれば、というのは主観が入りすぎですね。フロンさんにどんな想いがあろうとも、人の人生を変えてしまっている訳ですから。


「いえ。そちらはもう無罪で終わっているそうです」

「じゃあ……王都で第二の人生?」


 オペラ、続けないのでしょうか。一度失った熱は、そう簡単に戻りません。フロンさんの本気のオペラ、気になったんですけどね。


「楽しみにしておいて欲しいというので、探りはしませんでしたけれど……」

「フロンさんも、まだ許せない?」

「あの時、リッカの恐怖心が出ていたら……成っていたでしょうから」

 

 許せない繋がり、ですね。私だって、アリスさんを狙った人を許せないという感情を持ち続けています。ゴホルフとか、ヒスキとかがその最たる例です。


 アリスさんがフロンさんを許せないのは、フロンさんが溢れさせた悪意によって、私の恐怖心を閉じ込めていた蓋が壊れそうになった事です。もしあの場で壊れていたら、私はマリスタザリアになっていたかもしれません。


 ”巫女”で”光”に守られていて、”神化”を成せる人材であったとしても、内から来る悪意に耐性なんてありませんから。


「カルラさん、王都で色々見て回ってるね」

「恐らく、私達の足跡は全て辿っていると思います。港の事も知っているようでした」

「あー……丘の上までは知らないだろうけど、私が泣いたのは知ってたんだ」


 カルラさんには私の秘密がバレていたかもしれませんね。


 私が弱さを他人に見せたのは、港と牧場です。その中でも港では、完全に折れかけていましたから……。ライゼさんに見られていたのは不覚です。ただ、今にして思えば、そこで弱さを見せた事でライゼさんに信頼されたというのもあるかもしれません。


「上がろっか」

「はい。町を見るのは、シーアさんが帰ってからにしましょうか」

「そうだね。シーアさんが案内してくれるっていう約束だしね」


 この城からでは雪が見えません。除雪の魔法で街中の雪を水に変え、生活用水に使っているそうです。町中の雪は屋根を潰したり道を通れなくしたりと邪魔らしいので、仕方ありません。


 初めての雪へのわくわくも、我慢すればするだけ膨れ上がりますから。


「城内見て回る?」

「立ち入り禁止区域はないそうですけど、執事さんに一応聞いてみましょう」

「うんっ」


 恒例のお城内覧をしましょう。


 王都では、先代の趣味が残っている、派手めの見た目でした。中は装飾を取っ払っていましたけれど、高そうな大理石や白い石が使われていましたね。


 カルメさんのお城は和風? 中華風? 畳が似合いそうなお城でした。落ち着きがあって、風鈴の音が似合いそうな、雅なお城でした。


 そしてこの共和国のお城は、どこか女性的な雰囲気があります。仄かに香る香水のような匂い? 所々に散りばめられた生け花の数々? 調度品は丸みを帯び、配置の全てに拘りを感じます。


 客間であるはずの私達の部屋ですら、天蓋やドレッサー、姿見といった、嬉しい家具が揃っています。


 違いを見ながら、時間が許す限り見て回りましょう。とりあえず私達の戦いは、終わったみたいですから。




 アルレスィアがリツカに服を着せている。戦う必要はなくとも、巫女の服は着る。丸っきり戦闘服といった見た目ではない事がここで活きているようだ。城の中でなら、それはドレスにも見える。


 汚れ一つない赤と白の巫女の服で二人がお城の探検を始めた頃、会談は始まった。


「集まりましたか」


 議事堂の中央に女性が立っている。長い黒髪をカルラやカルメのように束ねたその女性は、葡萄色の瞳で周囲を見ている。


「本日この会談を取り仕切る、オステ皇国第百三十六代皇女、カルメリタ・ジ=ルシエンテスです。以後お見知りおきを」


 皇女が他国に出て来ているというだけで前代未聞だ。


「本当に親子じゃないんか?」

「遥か昔に遡れば血の繋がりはありますけれど、今では殆ど他人ですので」

「先祖返りみたいなものなの」


 余りにも似ている為、ライゼルトがカルラとカルメに話しかける。当事者である者達は一番目立つところに居る為、少し浮いた行動だった。だけどカルメリタはそれを窘める事はなかった。


「当事者である連合、王国、共和国の代表は前へお願いします。まずはキャスヴァル王国、コルメンス・カウル・キャスヴァル氏」

「はい」

「フランジール共和国、エルヴィエール・フラン・ペルティエ氏」

「よろしくお願い致します」

「グルレル連合、ベルエーク・ベーヴェルシュタム氏」

「……」

 

 国の代表が順々に出てくる。連合の長ベルエークの表情は硬いが、敗戦国の目はしていない。まだ諦めていない事がひしひしと伝わってくる。


「続いて、王国、共和国の協力者二名、カルラ・デ=ルカグヤ。カルメ・デ=ルカグヤ。前へ」

「はい」

「お久しぶりです。皇女様」

「ええ。後ほど叱りますから、逃げないように」


 この場の緊張感を嫌ってか、カルメリタはカルメの挨拶に軽く返す。連合の気勢を削ぐ狙いもあったのかもしれない。


「議題とは関係ありませんが、各国代表がお越しになっている場故御報せを一つ。巫女一行三名、前へ。レティシア・エム・クラフト様。ライゼルト・レイメイ様。ウィンツェッツ・レイメイ様」

「はイ」

「……?」


 しっかりとした足取りで向かったレティシアに対し、ライゼルトとウィンツェッツはゆっくりとした足取りで向かう。これから起こる事は予測出来るが、自分たちまで? といったところだ。


「英雄ライゼルトに、魔女レティシア姫か……?」

「皇姫様と共和国、王国の王達の護衛とお聞きしましたが」

「早々たる顔ぶれだ。これを見れただけでも参加した甲斐があるというもの」

「流石は国を束ねる方達だ、美」

「静粛に」


 カルメリタが木槌で制する。共和国から世界に轟く二人の至宝と英雄と呼ばれる二人、謎に包まれていたが、この場においても輝きを放ち続ける皇家達。各国代表が浮つくのも仕方ない。


「ここには居られませんが、”巫女”アルレスィア・ソレ・クレイドル様。ロクハナ リツカ様。此度の魔王討伐。お疲れ様でした」

「ありがとうございまス」


 カルメリタのお辞儀に対して、レティシアは堂々と会釈する。


「既にご覧になった通り、魔王は確かに存在し、この世界は破滅の危機に曝されておりました」


 頭を上げたカルメリタは、各国代表を見ながら話す。それは、先の戦いで公になった出来事だ。


 二度に渡る隕石と、”闇”の一閃、”闇”の雲。桃色に輝く、世界を照らす木と、起きた事象。全てが魔王の存在を証明し、何が起きたかを如実に語っていた。


「しかし我々は様子見と国の損害を気にし、手を出しませんでした」


 国益に直撃する出来事ではなかった。支援の一つや二つは出来たと、カルメリタは謝罪をする。


 だがむしろ、連合の様に王国に手を出さなかっただけで、コルメンスや巫女一行としては上々だ。頭を下げて貰うようなことではない。


 しかし、カルメリタは続ける。


「マリスタザリア。畏敬を込め、その名を公式の物にしたく思います。そしてそのマリスタザリアに対し我々は、恐怖しております。王国に不穏な影あり。それは掴んでおりましたが、自国に火の粉が降り注がぬようにと見て見ぬ振りをしていたのが大半でしょう」


 カルメリタの言葉に反論はない。どう言い逃れしようとも、それは事実であり現実だからだ。王国は魔王を閉じ込める檻でしかなかった。魔王という、自我を持っているであろう者を刺激しないようにする事だけが、自国を救う術と思っていた。


「我々は変わらなければならないと考えます。いついかなる時であれ、マリスタザリアに対しては絶対的な武力の元、対処しなければならないと」


 カルラとカルメ、エルヴィエール、レティシアの顔がハッとする。


「世界の英雄に感謝と謝罪を」


 レティシア、ライゼルト、ウィンツェッツに対し、カルメリタは再び礼をする。各国代表も、連合すらそれに倣う。


 連合はこの場において、最も弱い立場に居る。ここで不興を買うような行いは出来ない。たとえ英雄などどうでも良いと思っていても、礼を失する事は出来ない。


「……笑顔で居てくれれバ、二人は満足してくれますヨ」

「カルメリタ・ジ=ルシエンテスの名において、約束いたしましょう。平和の為に笑顔を絶やさぬ事を」

「はイ」


 レティシアは目を閉じ、カルメリタの感謝を受ける。レティシアの表情にはどこか――しまった、といった色が見えた。



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