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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
61日目、夜明けなのです
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世界⑦



「お? おお?」


 レティシアが言っていた通訳を待っていたライゼルトとウィンツェッツの後ろから、声が近づいてくる。

 

「あん?」

「何だ。ズボラか」

「俺をズボラと呼んで良いのはレティシアさんだけっす!」

「ジーモンか。久しぶりだな」


 びしっとウィンツェッツを指差したジーモンがライゼルトの前に立つ。余りにもマジマジと見るものだから、ライゼルトは思わず後ずさった。


「そりゃこっちの台詞っすよ。生きてたってのは本当だったんすねぇ」

「操られた挙句、チビを攻撃したがな」

「今日から敵同士っすね。ライゼさん」


 ジーモンの軽さを懐かしみながら、ライゼルトはジーモンの後ろを見る。


「そっちの別嬪さんは誰だ?」

「アンネさんという者が居ながら、フランカまで狙う気っすか!?」

「フランカっつぅのか」

「無視は酷いっす」


 無視を決め込んだライゼルトにジーモンは肩を落とす。そのジーモンを突き飛ばすようにして、フランカが前に出て来た。そして、険しい表情でライゼルトに頭を下げたのだった。


「ラ、ライゼルト様! フランカです! 選任として、カルラ様の護衛に任命されています!」

「そうか。マリスタザリア侵攻戦争の傷痕が気になってたんだが、優秀な選任が増えてきとるようだな。それと、ライゼで良いぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 簡易的な治療しか施されていない所為か、火傷や傷が目立つ。カルラが王宮に入って起きた出来事はライゼルト達も想像がついている。カルラを守る為に尽力した証だと、ライゼルトはフランカを労う。


 だがフランカは、傷の痛みとは別の痛みに、表情を歪めたままだ。


「しばらく俺等も城に滞在するんだが、巫女二人の護衛も兼任してくれんか」

「巫女様の……! わ、私などに務まるかは分かりませんが、尽力致します!」

 

 世界の英雄たる”巫女”となったが、フランカにとっては王都時代から見てきた憧れの二人だ。二人に憧れて選任を選んだフランカにとって、これ以上ない程の信頼を勝ち得たといえる。カルラと”巫女”二人の護衛。フランカは全力でやり遂げるだろう。


 気負いすぎている。ライゼルトにはそう見えたが、今のフランカには没頭するものが必要だ。あえて任務を言い渡す事で、見詰め直して欲しいという思いもあるのだろう。


「ライゼさん俺は?」

「お前はカルメ姫んとこの兵士を何人か借りて王都に戻れ。ディルクだけじゃ目が回んだろ」

「この天国から、外れろって事っすか!?」


 膝をついて項垂れたジーモンを、ウィンツェッツが呆れ顔で見ている。何故こんなにも元気なのか分からないといった表情だ。


「うざさ増してねぇか。お前」

「そういうツェッツは一段と毒舌に磨きが掛かったっすね。彼女にフラれるっすよ」

「誰から聞いた。いや答えなくて良い。記憶を消してやる」

「記憶所か命すら消されそうっすねぇ。レティシアさん助けて欲しいっす!」


 布から抜き身の刀を取り出し、ジーモンににじり寄っていく。ただの戯れだと思っているが、抜き身という事もあってジーモンは冷や汗を流してしまう。


 ちなみに、ジーモンにアーデの事を教えたのはカルラだ。


「彼女の名前はアーデさんって言っテ、活発な方で結構な美人さんでしたヨ」

「おい」

「こんな粗暴者に何で……」

「喧嘩だな? 買ってやんよ」

(真面目な話し方と落ち着いた所作を身に着けるだけで変わると思いますけどね。まぁ、そんな事は、ジーモンさんに限らずですけど)


 お世辞にも優しいとはいえないウィンツェッツに彼女が居て、自分には一向に出来ない事にジーモンは肩を落とす。


 そういった大仰な動きや、女好きを隠さない態度を矯正すれば良いのに、というレティシアの視線には気付いていないようだ。


「シーア。アルレスィアが起きたらお願いが一つあるの」


 男性陣の話は無視し、カルラはレティシアにお願いをする。レティシア達が帰って来たら言おうと、ずっと待っていた。


「フランカさんの治療ですネ」

「なの。わららを守る為に無茶させちゃったの」


 フランカが現れた時から、カルラの視線はフランカに向いていた。フランカの傷を見れば、どんな事が起きたのかは分かる。


 当然レティシアは怒っているが、今は冷静に話を進めるようだ。

 

「カルラ様……これは自分が勝手に! むしろ、出すぎた真似をしてしまい、申し訳ございませんでした……」

「フランカが謝る事はないの。わらわを守るという命令を忠実に守ってくれて嬉しく思うの。これはフランカの覚悟と忠義に対する、感謝の気持ちなの」

「ありがとうございます……」


 守りきれなかった後悔を滲ませるフランカに、カルラは感謝の気持ちを示し、手を握る。涙を滲ませたフランカが、漸く笑みを浮かべた。自分の傷よりも、守りきれなかった自分の弱さに、心が悲鳴を上げていたのだ。


「簡易的な治療が施されてますけド、巫女さんの”治癒”の方が良さそうですネ。このままだと痕が残りますシ、暫くは痛み止めだけにしておきますカ」

「ありがとうなの。シーア」

「ま、まぁ……私としてモ、カルラさんを守ってくれたフランカさんには感謝してますかラ」


 視線を逸らし頬を赤く染めたレティシアの可愛らしい反応に、カルラの胸が高鳴る。


「シーア……結婚するの?」

「……」

「いつもみたいに、断らないの?」


 いつもと違う反応に、カルラが少し不安そうな表情を見せる。


「少し、考えまス」

「なの!?」


 予想外の反応に、カルラが驚愕の声を上げる。


 もちろんカルラは本気で言っている。だけど、レティシアから良い返事が来るのは、もっと先だと思っていた。


(関係が変わるのって怖いものです。でも、そういった恐怖も、リツカお姉さんは乗り越えたんですよね)


 友人から恋人へ。その変化は大きい。そして一度恋心を持ってしまうと、関係が終わった時に……友人には戻れない。戻りたくても、チラついてしまう。


 大切な存在だからこそ、今の関係のままで居たいと思ってしまう。


(私は研究者です。停滞は趣味ではありません)


 革新こそ、レティシアの人生。レティシアはレティシアだ。何があろうとも変わらない自信があるのだ。


「さテ、女性の医者を探しにいきましょうカ」

「返事はくれないの?」

「焦らすのも良いかと思いましテ」

「それはちょっと意地悪すぎると思うの!」

「まだまだ子供な私達ですからネ。想いを育む時間を多く取っても良いんじゃないかト」

「な、なの」


 レティシアが言いそうにない台詞だけに、カルラの頭上にはハテナが浮んでいる。この場面でのレティシアならば「私も悪戯好きなんですヨ」といったところか。


 レティシアらしくないのも無理はない。 


「カルメさんの受け売りですけどネ」

「……カルメ!!」


 ぽかんとした表情を浮べたカルラは、くすくすと笑っているカルメを見て詰め寄る。もう少しで成就するかと思われた想いは、カルメの入れ知恵によって先延ばしとなった。


「きょとんとした表情という、珍しい姉様を見る事が出来て満足ですので」

「私も、上手なシーアを見れて嬉しいわ」

「エルヴィ姉様と、二人の結婚式について話しながら医者を探してきますので」

「二人はゆっくりしててね?」


 いつの間にか意気投合していたエルヴィエールとカルメが、二人を見て微笑み、部屋を出て行った。そんな姉妹達を、再びぽかんとした表情を浮かべたカルラと、今度は余裕の表情を作れなったレティシアが見送っていた。


 時間をかけるのも重要だ。アルレスィアとリツカのように、お互いの事が何でも分かるなんて能力は人間にはない。時間をかけて、お互いを知る事も必要なのだ。


 この二人は一目惚れという訳ではない。魂で惹かれ合ったという事もない。お互いの行動や信念を見て、惹かれ合った。出会いは運命だけど、そこからどういった道を辿るか、だ。


「とりあえズ、リツカお姉さんと巫女さんを寝かせにいきましょうカ」

「な、なの。わらわと別れた後の事、教えて欲しいの」

「はイ。今度は時間に余裕がありますシ、ゆっくり話しますヨ。共和国の現状も知りたいですしネ」


 ぎこちないながらも、二人は手を繋いでエルヴィエールの私室から出て行く。やっぱり照れ隠しが出てしまうレティシアと、そんなレティシアがやっぱり好きなカルラは、仲睦まじく歩いている。その後姿は、誰かと重なった。


 その誰か達は、水球に乗って二人の後ろをついて行っている。その寝顔は、城に着く前よりも安らいでいるように見える。きっと起きていたとしても、二人の少女を微笑ましく見たことだろう。



 フランカが任務通り、カルラと巫女二人の護衛として付いていくか迷っていると、ライゼルトが肩にぽんっと手を置いた。


「護衛の持ち回りと範囲、注意事項について話てぇ。空き部屋に案内してくれ」

「は、はい!」


 フランカの、二人きりにさせたいという気持ちを汲んだライゼルトが離れる理由を渡す。

 

「ありがとうございます。ライゼ様」

「何の事か分からん。おいツェッツ、ジーモン。お前等も来んだよ」

「俺も怪我人なんだが」


 何時までもエルヴィエールの私室に居る訳にはいかない。その場の指示系統をライゼルトに委任し、城の護衛を再編する。


「へぇ、ここっすか?」

「痛ッ……俺に当たんなッ!! お前ぇがモテねぇのは俺の所為じゃねぇぞ!?」

「関係ないっす! それは関係ないっす!」

「泣きながら言うなよ……」

「馬鹿やってねぇで行くぞ」

「先輩、いい加減にしてください」

「……どこかに優しい子いないっすか?」

「はぁ……そういうとこだぞ……阿呆」



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