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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
61日目、夜明けなのです
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世界⑤



「お姉ちゃんとカルラさんが動いたようですネ」

「そのようです。姉様達ならば監禁されていても、戦争の趨勢は分かっていたはずですので。痛撃を与えるタイミングで救援に行こうとしたようです」


 共和国の動きは当然、連合も知っている。王国と皇国による挟撃。更に共和国の参戦となると、もはや手が付けられない。何よりも皇国の強襲が、最高のタイミングで最高の場所から行われた事が大きい。


 マリスタザリアが人に戻るという奇跡。戦場で逃げ惑っていた連合兵の安堵と歓喜。弛緩した空気の中、苛立ちを隠さなかった連合議会の背後より、飛行艇から降下してきたのだ。


 兵の統率を再編する暇もなく、議会は防衛戦を強いられた。ここで連合は、王国を落とす為に前進を選んだ。王国さえ討てば、皇国が戦う理由は無くなる。むしろ連合と皇国での講和となるだろう。連合はとりあえず、王国の大部分と保身が出来る。


 だが王国は、対マリスタザリア戦闘に特化している。その上、奇跡の理由を知っていた。”巫女”が魔王を倒した。戦場の兵に伝えられた言葉は瞬く間に戦意高揚を生み出し、追撃の手を過熱させたのだ。


 完璧な挟撃により本土防衛となった連合に届いた共和国参戦の報せは、心を折るには十分だった。もはや勝ち目等無く、投降するしかなかった。


 驚くべき事は皇女の下した判断だろう。皇女は空を覆った”闇”が晴れた瞬間、カルメやコルメンスから聞いていた”巫女”の話を思い浮かべたのだ。そしてまだ動くべきではないと判断し、待った。戦場が混乱していて、王国兵が浮き足立っていた時では奇襲の効果は薄い。


 皇女は、名前も顔も、どういった人なのかも分からない”巫女”を信じ、待ったのだ。


 高純度の”闇”が頭上を覆い尽くし、兵の動揺や恐怖が船内を支配した。しかし皇女はそれを諌め、”闇”が晴れた瞬間から”巫女”の行う奇跡を待った。


(ただの計算なら誰でも出来るでしょうけど、それを重要な作戦に組み込むなんて……思いついても出来る物では在りません。しかも顔も知らない相手をですよ。器が大きいというか、何と言いますか……。まぁ、カルラさんとカルメさんが尊敬しているという人ですから、当然といえば当然ですね)


 レティシアは皇女に畏敬を抱くと共に、コルメンスを心配した。カルラとカルメの話から、皇女は信頼に足る人物なのだろう。しかしそれはあくまで皇女本人の性格でしかないのでは、と。


 外交の場となれば国のトップとしての顔を出すだろう。コルメンスが食われるかもしれない。


(王としての自覚や器量は増してきましたけれど、まだまだ外交は下手ですからね。アンネさんが居ても難しいでしょうし、共和国についたらお姉ちゃんに急ぎ王都に向かって貰いますか。あくまで外交の為ですよ。ええ。お姉ちゃんがお兄ちゃんに会いたいだろうから、っていうのはついでですから)


 共和国としても、連携をとっている王国が皇国と結ぶ諸々は他人事ではない。連合との講和もそうだ。急ぎ王都へ向かうようにお願いするのは当然だろう。


 そこに私情が含まれていても、結果が同じならばとレティシアはクふふふ、と笑う。



「私が助けに行くと伝えたのですけド、お節介さん達ですネ」


 笑うついでに、小言も忘れない。早く監禁状態から救出したかったので、自由の身となった今を嬉しく思っている。それでも、妹と()()として助けたいという意地もあった。


「姉様と女王陛下にしても、姉や妻としての意地だと思いますので」

「つ、つつつ!?」

(おや。反応がいつもと違うようですので)


 レティシアの反応から、心情の変化があったのは言うまでもない。


 これはレティシア自身とその感情に疎いリツカは知らない事だが、カルラやカルメ、エルヴィエールやエルタナスィア、アルレスィアといった面々は知っていた。レティシアがリツカに対し姉以上の感情を持っているのでは? と。それは恋愛感情ではないが、それに限りなく近いものであるのは間違いない。


 アルレスィアがレティシアの、カルラに対する自覚を急かしていたのはそれが要因だ。リツカの愛情も恋心もアルレスィアだけの物だが、アルレスィアは嫉妬深く、独占欲が強い。レティシアの感情が恋ではないのを知っていても、対策を打つことくらいする。


 そしてカルラとの関係を知ったエルヴィエールやカルメからすれば、何れはカルラの想いは成就するのでは? と思っていた。リツカと同様にカルラは、友人という枠組みではないという思いがあった。

 

 そんなレティシアに、カルラだけは直球の愛情を見せていた。意識するのは当然であり、必然。後はレティシアが想うだけだったのだが、命を懸けた戦場でレティシアは気付いたのだった。


「女王陛下とは話す事が増えそうですので」

「何を話すつもりでス? まだそういった関係ではありませんし、カルラさんは皇姫ですよ。しっかりと世継ぎの事を考えないといけませんし、そもそも共和国も皇国も、王国であっても法が」


 あわあわと説得するレティシアを、カルメは楽しげに見ている。カルラやエルヴィエールも、さぞ楽しんだのだろうと考えているようだ。


「今から世界は多様性の時代へと突入しますので。法も変わります」

「越権行為が過ぎるのではないでしょうか!?」

「ご安心下さい」

(流石に冗談でしたか)

「皇家のシステム上、世継ぎが居なくても問題はありませんので」

「あ、そっちですか……。それはそうなのでしょうけど……まだまだ子供な訳で」

「想いを育む時間が多く取れるという事ですので」


 カクン、とレティシアは肩を落とす。この手の話題でレティシアは、結構弱いという事を学んだ。


(恋愛はデリケート。学びました)


 これからはエルヴィエールを弄るのも気をつけた方が良いだろう。エルヴィエールもカルラとレティシアの関係を知っている以上反撃を受けるし、反撃されるとレティシアに勝ち目がない。


「そういうカルメさんはどうなんでス? 皇家なら、縁談とか許婚とか居ないんですカ?」

「両親は成り上がる事よりもわらわ達が大切だったので、そういった物は基本的に断っていましたよ。シーア姉様もあったのではないですか?」

「私は王家ではありませんからネ。許婚にと元老院が勝手に決めようとしましたけド、お姉ちゃんがキレましたシ」

 

 あの時のエルヴィエールは怖かったと、レティシアはしみじみと言っている。


「女王陛下も姉馬鹿ですので」

「ですネ。そう想いますヨ」

(シーア姉様もそうなのですけれど)


 自分を棚に挙げ、カルメは苦笑いを浮かべた。


「それにわらわにはセルブロが居ますから」

「……え゛!?」

「冗談ですので」

「あ、ああ。ですよネ」


 アルレスィア以上に冗談かどうか分からない事を話すカルメに、レティシアは汗を拭うように額を擦った。


「どうした? 何かあったんか」


 ライゼルトが治療を終えたのか飛び移って来た。一応刀を携えているところを見ると、敵が出たら戦いに出そうだ。その時はレティシアが止めるだろうけれど。


「いいえ。少し雑談をしていただけですので」

「乙女の語らいに入ってこないで下さイ。ヘンタイさン」

「乙女て」

「馬鹿にしましたネ? 今馬鹿にしたでしょウ」

 

 船から突き落とされそうな程に怒りを見せるレティシア。ライゼルトは、地雷を踏んだ事を理解した。


(何でこんなにキレてんだ!? いつもなら笑いながら蹴り出すくれぇだろ……!)


 死闘が始まりそうな二人の間にカルメが入る。


「ライゼさん。流石に言い過ぎです」

「あ、ああ。そうだな。すまん。つい最近まで魔法研究馬鹿だったんに、娘っ子の成長は早ぇな」


 ライゼルトがこれ幸いと、謝る。カルメに毒気を抜かれる形になったレティシアは、ため息を一つ吐いて魔力を納めた。


「魔法研究馬鹿は変わりませんけド」

「そうか。共和国まではどんくらいだ」

「この速度だと一日は掛かりますネ」


 カルメの船は見た目こそ普通だが、高速艇に改造してある。それでも王室用の大きい船を曳航している為、速度はかなり落ちている。一日、天候によっては二日は掛かるだろう。


 そろそろ――雪が見えてくる頃だから。



「まァ、気長に行きましょウ。あの”桜”が散っている間は見張りも必要ないでしょうシ」


 【フリューゲル・コマリフラス】は一定量の花弁を降らし続けている。これが何時まで続くかは分からないが、この花弁が振り続けている限り、世界から悲鳴が聞こえる事は無いだろう。


「桜。コルメンス陛下から聞きましたけれど、綺麗ですね」

「お花見という文化があるらしいですヨ」

「お花見ですか。花を眺めるのですか?」


 降り注ぐ【フリューゲル・コマリフラス】の花弁を手に取り、花見に想いを馳せる。


「宴会とかするらしいですネ。大抵お花がついでになるらしいですけド」

「ここまで綺麗だと、ついでというのは勿体無い気もしますので」

「誰と見るかってのも重要なんじゃねぇか?」

「なるほド。早くアンネさんに会わせろという事ですネ」

(あ、癖でやっちゃいました)


 反撃が来るかと身構えたレティシアだが、ライゼルトは花ではなく南を見ながら優しい笑みを見せている。花は花でも、という事らしい。


「確かに会いてぇなぁ」

「無事なのは確かですよ。先程まで”伝言”してましたので」

「そうか。元気だったんか?」

「はい。流石に疲れていましたが」


 無事なら良いと、ライゼルトは船室に入っていった。足取りからして厨房を目指しているのだろう。


「アンネリスさんに良い報告が出来そうですね」

「という事ハ、まだアンネさんは知らないんですカ?」

「最期の戦いでどうなるか分からなかったものですから、お伝えするのは終わってからと思っていましたので」

「確かニ。ぬか喜びになりかねません――」

「うおおおおおおおおい!!!」


 びくり、とカルメが肩を震わせる。完全に緩みきっていた所為か、突然の大声に驚いてしまったようだ。


「無粋な大声ですネ。お酒は野盗が滅茶苦茶にしてますヨ」

「先言え先にッ!! 楽しみにしとった分落ち込んだぞ!!」

「少量ならば、わらわの船の方に入っているかと」

「貰うぞ」


 カルメの返事を待たず、ライゼルトは再び船を跳び移る。


「てめ、ツェッツ! 何飲んでやがる!」

「あ゛? 向こうにあんだろが」

「あの盗賊の馬鹿共に飲み干されてやがったんだよッ」

「殺す」


 向こうの船から聞こえる怒声と物音に、レティシアが頭を押さえる。


「はぁ……申し訳ございませン」

「いえいえ。旅は楽しまないと損なので」


 楽しむ。という言葉に、レティシアは空を見る。


(最後の方は、一杯一杯でしたね)


 今思えば楽しい旅だったと思う。しかし、余裕がなかったのは事実だ。だからという訳ではないが、レティシアは再び厨房に向かう。


 手を付けられていないであろう冷凍物を取り出し、少し手を加える。


「せっかくですシ、お花見しますカ」

「良いですね。お二人も起きていれば、良かったのですけれど」

「仕方ありませン。二人が咲かせてくれたお花を楽しむ事デ、恩返しとしましょウ」

「ふふ。はい」


 巫女二人は未だに起きない。それでも不安はなかった。ゆったりとした時は進み、花弁の数も減ってきている。だけど世界が光り輝いているように、カルメとレティシアは感じていた。



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