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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
61日目、夜明けなのです
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世界④


 

「何かありましたか?」

「少しイラっとする事がありましテ」


 急に雷が落ちた事で、カルメが首を傾げる。食料の恨みは恐ろしいのだ。


「戦争はどんな感じですカ? 何なら私の名前を出していただければと思ってるんですけド」

「戦争は終わりました。王国の勝利です」

「驚きですネ。何があったんでス?」

「この花弁のお陰ですので」

「ん?」


 悪意を感じ取れるリツカとアルレスィアは、”神化”によりその力を大きく上げていた。戦場にマリスタザリアが出ている事も知っていたのだ。


 だから――【フリューゲル・コマリフラス】は、世界に散った。


「この花弁は、わらわ達の戦場と王国西にも降っていました。もしかしたら世界中に届いていたのかもしれませんけれど」

「この花弁には”拒絶”が含まれていますけれド、悪意を浄化したのでしょうカ」

「多分、そうなのだと思います」


 この花弁が降り始めた時、各戦場に居たマリスタザリアが逃げ出した。狩りを楽しんでいたはずのマリスタザリア達が、血相を変えて反転し、少しでも花弁から離れようとしたのだ。


 だけど、雨の如く振り続ける【フリューゲル・コマリフラス】からは逃げられない。雨を避けられるのなんて、リツカ、アルレスィアとアレスルンジュくらいだろう。


「ただ逃げるだけでなく、この花弁に触れたマリスタザリア達は瞬く間に元の人に戻りました」

「何ですト!?」


 レティシアの驚きは、マリスタザリア化に対してではない。


「確か、マリスタザリア化した人は浄化出来ないのでした、ね」

「はイ」

(でも、今のお二人なら……可能なのかもしれませんね)


 浄化出来ずに、殺すしかないマリスタザリア化。それを――完全に浄化しきったという。もしかしたら世界中で、同様の事が起きているかもしれない。マリスタザリアが動物に戻るという、驚愕の出来事が。


「お陰で戦場は安定しました。後は人と人のぶつかり合いですので」

「対マリスタザリアの専門家たる王国兵ならバ、不測の事態に陥っていたとしてもすぐに戦闘を再開出来るでしょうけド……相手も一筋縄ではいかないのではないでしょうカ」

「連合兵の大半が囮に使われた事で、制御不能の混乱状態に陥っていました。それと――わらわ達は援軍待ちだったので」


 援軍は王国北部で戦っている謎の軍のみ。他の国は巻き込まれぬようにと静観を決めていると思い込んでいた連合議会。今日の為に動いてきた連合は、他の国への牽制もしっかりとしていた。


 だけど、海の向こうからやってくる者達までは読めなかった。


「王国だけを見ていた連合の背後から、皇女様率いる飛行艇部隊が奇襲をかけました。大きく迂回しての侵入だったので時間はかかりましたけれど、間に合ったようですので」

「まさか……皇国まで巻き込んでしまうとハ」

「外交的な打算もありましたし、わらわが一時帰国するのを条件に出されましたけれど、そこまで問題ではありませんので」


 外交上優位に立つために援軍となる事は理解出来るし、納得も出来る。だけど、レティシアはそれが主目的とは思えなかった。


(カルメさんを連れ帰りたかっただけなんじゃないですかね)


 カルメ本人は、また王国に戻ってきそうだ。しかし一度皇国に帰り、自分が王国に居る事で生まれる利益について話し合うのだろう。


「そういう訳で、戦争は王国の勝利です。皇女が見届け人となり、講和と今後について話し合われる事でしょう」

「二度と奇襲をかけられないような条約を結べれば良いのですけド」

「心配ないと思います」

「と、言いますト?」

「誰もが魔王の力を思い知り、”巫女”を知りました。善人にとっては希望であり、悪人にとっては脅威です」

「お二人は望まないでしょうけド、そうなりますネ」


 過ぎた力は軋轢を生んでしまう。今回の特別な遠征を除けば、”森”からまともに出られない”巫女”だから、まだ落ち着いた結末が待っているだろう。しかし、何処かで示さなければいけない。


 ”巫女”がどういった立場で、どういった人なのかを。神誕祭の演説を、もっと多くの人々に伝える必要がある。


「連合議会は今回の侵略戦争とマリスタザリア化利用の件で解体、処罰されるでしょう」


 ”巫女”の戦闘力も知られる事になる。


「政治利用されないようニ、私の方でも見守っていくとしましょウ」


 コルメンスやエルヴィエールならば心配ないだろう。しかし、今後は分からない。二人の後継が道を踏み外さないとは言い切れないのだから。


「今後はより一層、政治から離れる必要があるかもしれませんので」

「ですネ。お二人なら納得してくれるでしょウ。元々政治に介入する気なんて無いですからネ」


 ”巫女”に国境はなく、世界の味方と見せる必要がある。一国に深入りさせる訳にはいかない。


「その辺りも含めテ、皇女陛下とも話したいところですネ」

「世界を救った”巫女”様に会いたいと王国に暫く滞在するそうですから、その際に全員で話し合いましょう。まずは三大国で協議するのも良いと思いますので」

「お二人を守る為の枠組みを決める話し合いですシ、妥協はしませんけどネ」

「それでこそシーア姉様です。安心しました」


 澄み渡る青空の下、すやすやと眠る絶世の美少女と花見をする二人の美少女。その光景だけ切り取れば、優雅な一時なのだが……戦争帰りな上に、十代前半の会話ではないと、兵士達は視線を泳がせている。


「わらわの国と共和国、どちらに向かいますか? 曳航しますので」

「カルメさんも自国が気になっているでしょうけド、共和国に向かって貰っていいですカ」

「分かりました。姉様達に会いに行きましょう」

「はイ」


 移動の準備を開始するカルメが、ふとレティシアに向き直る。


「ライゼさん達は、まだ森の方に居るのですか?」

「サボリさんが膝を壊しましてネ。そろそろ来るんじゃないかト」

「あ、来ましたね――」


 カルメが二人を見て固まる。


「遠目で見るト、気持ち悪さ倍増ですネ」

「医者も乗っていますから、すぐに診て貰いますので」

「お願いしまス」


 こうして、巫女一行とカルメは共和国へと向かう事になった。




 カルメの船が巫女一行の船を曳航している。話を聞く為に、カルメはレティシアと共に巫女一行の船に乗っているようだ。


「ウィンツェッツさんの怪我は応急手当くらいしか出来そうにないようです」

「応急手当でも助かりましタ。私は掠り傷くらいしか治せませんからネ。お師匠さんはどうでしタ?」

「背中が大きく裂けていましたが、骨に異常はありませんでした。輸血と栄養点滴中のようです」

「私に隠してたものですかラ、治療が遅れましタ」


 慣れない魔法は魔力を使う。マリスタザリアの残党が出た時、レティシアが最もすばやく殲滅出来るだろう。魔力の温存として、ライゼルトは隠していた。


 二人は治療の為にカルメの船に乗っている。治療が終われば、こちらに飛び移るだろう。ウィンツェッツはアルレスィアが起きるまで安静の為、見張りをつけてまで止めているが。


 ライゼルト達の体調に問題はないと判断し、レティシアは戦いの詳細を話す。といっても、巫女達の戦いは見ておらず、感じた事しか話せない。その辺りは、二人が起きてから一緒に聞く事にしたようだ。


 レティシアの話が終わると、カルメの話となった。今は国境警備をしながら、王国と皇国、連合の動きを待っている状況のようだ。講和へと進むだろうが、マリスタザリア化を持ち出した連合を信じる事が出来ない。もしもの時は迅速に戦闘を再開出来るようにしている。


「マリスタザリア化を浄化する程の”光”と”拒絶”ですからネ。一応、世界中の浄化が出来ているとは思いまス」

「浄化で、連合の悪意は落ちたでしょうか?」

「恐らく落ちたでしょウ。ただ、お二人は常々言っていましタ。人間の本質を浄化、拒絶は出来ないト」

「本質。欲ですね」

「でス。連合の、他国を侵してでも国を大きくしたいという欲は、悪意ではないでしょうかラ」

「警戒は無駄ではなさそうですので」

「はイ。もう暫くお願いしまス」


 いくら今の二人でも、人間の欲は取り除けない。それは二人が求めた物だからだ。魔王の世界では欲を抑圧するという物だった。それを二人は否定し、人が人らしく生きる為に、と戦った。


 欲が人間を成長させるという事もある。それを正道とする為に、二人は道標になる道を選んだ。欲で人が穢れぬように。思いやりの心を残し、欲だけの世界にならぬように。人の自由を守る為に戦った。


 そして勝ち得た。その世界を守るのが、後を生きる者の役目であり、導く者達の義務。


 いつでも魔王は生まれる可能性がある。人の欲こそが魔王を生む。連合は一歩間違えれば、魔王となっていただろう。世界を飲み込む、欲という名の暴力によって。


 世界は変わらなければいけない。


「共和国ですけれど、どうやら動きがあったようです」

「元老院が墜ちましたカ」

「はい」


 カルメは連合と共和国の挟撃を嫌い、共和国にも偵察を出していた。元老院が連合との交渉の為に王国を挟撃するかもしれないと思ったからだ。「仲間であると見せれば、多少は恩情があるかも」と、考えるくらいはしそうだと、カルメは思っていた。信用が全くないのも、軽蔑にも似た視線を向けるのも、元老院の自業自得だ。


 そして共和国内が慌しくなっていると報告を受けている。もしかしなくても、二人が動いたのは確実だった。


 これから共和国に向かうのは約束を果たす為と、お互いの無事を確認する為。レティシアもカルメも、自分の最愛の姉に会えるのが楽しみで仕方ないと、心が踊っているようだ。



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