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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
61日目、夜明けなのです
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世界③



「船、無くなったの……?」


 あの船は共和国からの借り物ですし、録音機も……。色々な思い出まで流されてしまったのでしょうか……。


「結論からいえば船は見つかりました。船底や舵は壊れ、船室も浸水していましたけれど……」

「ダメに、なってた?」

「……」


 都合よく、守れなかったようです。一番大事な人は守れましたけれど……形としての思い出も、欲しかったな……。


「リッカの写真が……っ!!」

「……はぇ?」


 アリスさんが取り出したのは、くしゃくしゃになった私の写真。懐かしいですね。王国が作った、私の紹介用写真です。


「これ一枚しかないのに……」


 私は目の前に居ます。でも、形に残る物は別です。私だって、アリスさんの写真は欲しい。


 被害的には、写真がぼろぼろになってしまったくらい、みたいですね。


「”転写”って、アリスさん出来る?」

「どうでしょう……今までは出来ませんでしたけれど、”神化”して、【愛する者】を発動させれば、奇跡を起こせると思います」


 ”転写”の為に、奇跡の力を使うのは憚られます。アリスさんもそれは同じですけれど……。


「やってみる?」

「い、一応……話を終えてから……」

「う、うん」


 もう私達の力になったとはいえ、やっぱり一度落ち着くべきです。


「録音機や衣類は無事ですから、ね」

「うん。良かった……。船は南の方に?」

「はい。シーアさんの”激流”で少し流されていただけのようです」

 

 船は森からかなり離れた場所に置いていました。なのに流されるとは……シーアさんの魔法、凄いですね。そういえば、神の部屋から戻った後シーアさんの魔力が膨れ上がったような。


「船、走れなくなったんだよね。どうやって共和国まで?」

「実は――」



 ――……船があるべき場所にない。レティシアはぽかんとした表情で地平を眺めていた。


「あ。流されただけですね。一応水陸両用なのですから」


 王室専用船だから、海を渡ることも前提にしている。レティシアの”激流”に飲まれたのはすぐに分かった。


 だけど、こんなにも流されるものだろうか。


「探さないといけませんね……”探知”なんて仕掛けてませんし、歩いて探すしかありません」


 流石に気だるいのか、足取りが重い。


「お姉ちゃんへの贈り物もありますし、お二人が大切にしている物も沢山あります」


 必要な物を指折りで数えて、気落ちした足取りを回復させる。


「あの岩の所為で流れが変わったはずです。それを踏まえて考えるト、少し西寄りですね。お師匠さん達に”伝言”して、と……」


 余力を残しているとはいえ、レティシアが今日使った魔力は多すぎる。


「……」


 戦いを思い出すと、レティシアの脳裏には一人が思い浮かぶ。


(リチェッカ)


 レティシアにとっては気に食わない相手だった。なのに、忘れられそうにない。


(カルラさんになったり……リツカお姉さんの件は今でもムシャクシャしますけど……何で、怒りきれないんでしょう。どこか躊躇いが出ます)


 リツカを見ながら、レティシアは目を細める。


「はぁ……」

(もしかしなくても、私って――リツカお姉さんの事、好きなんですかね。姉どうこうじゃなくて……)


 首を傾げながら、自分の中に答えを探す。しかし、やはりというべきか――レティシアに()()()()()感情の答えは出てこない。


(私にもそういった感情あるんですね…………そうなると、偶にカルラさんから感じるリツカお姉さんに似た雰囲気って、もしかして)


 リツカのようにドギマギする事はないが、カルラに対して特別視している自覚を持ったレティシアは、天を仰ぐ。


「巫女さんにバレないようにしないといけませんね。二重の意味で」


 リツカの事もカルラの事も、アルレスィアに知られると困った事になる。特にリツカ関係は気をつけなければいけない。


「と、見つけましたね――ん?」


 船を見つけたレティシアだが、異変に気付いた。


「やけにボロボロですね……マリスタザリアでしょうか」

(でも、お二人と戦う為に悪意をどんどん吸い込んだでしょうし、マリスタザリアが新に生まれる余裕はないと思うんですけどね)

「野盗ですか」


 弱り目に祟り目というものか。レティシアはやれやれと首を横に振る。そんなレティシアの目に、もう一隻の船が映ったのだった。


「あれで曳航するつもりですカ」

 

 よく見る型の船だ。少しお金を持っている町ならば、移動用に一隻か二隻はある。


 多少増えたところでレティシアには関係ないが、自分達の船を巻き込まないようにしないといけない。拘束系の魔法でやるしかない。


(魔力量が増えても、拘束出来るのは十五人までなんですよねぇ)


 捕捉し、拘束を掛け、魔法を固定し、維持する。これが拘束魔法の手順だ。強固な拘束魔法をかけるには集中力が必要であり、魔力量は余り関係ない。魔力量で決まるのなら、今のレティシアならば百人を拘束出来る。


「手傷を負わせる事に注力するなら、問題はないですけどね」


 出来るだけ使う魔法を少なくしたいと思っている。


「リツカお姉さんが起きてたら――って、甘えですね」


 もしリツカが起きていれば、今あそこに何人居るかも、場所も分かるのだが。


「うわぁ……一杯人が出て……?」


 よく見ると、その出てきた者達に見覚えがある。


「ああ、問題なさそうですね」


 レティシアは戦闘態勢を解き、船に向かって行く。もう戦う必要はなさそうだ。



「制圧完了しました」

「姉様達の船ですので。無闇に触らないようにお願いします」

「ハッ」


 訓練された統率力で野盗を制圧した一団が、巫女一行の船の甲板に居た。


「火事場泥棒とは、言い逃れ出来ない大罪ですので」

「こんな所に捨てられてたんだ! 何しようが勝手じゃねぇのかよ!!」

「鍵が掛かっているの分かりましたよね。後この紋章の意味も知ってますよね。用意していたであろう物を盗むための袋等と良い、計画犯ですので」

「――――メさーン」

「っ」


 怒りを露わにして野盗を責めていた少女が、いつもとは違う素早い動きで甲板から下を見る。


 どんな時でも、マリスタザリアから追われている時ですら優雅な所作を崩さなかった少女が見せた機敏さに、兵士達は顔を見合わせる。


「毛布五枚と水、携行食の用意をお願いします。出来れば椅子と簡易ベッドを」

「は、はぁ」


 兵士達に命令を出し、少女は舷梯を駆けて行った。


「シーア姉様!」

「ご無事で何よりでス」

「それはこちらの台詞ですので。リツカ姉様とアルレスィア姉様は……」

「眠ってるだけでス。血塗れですけど怪我は残ってませんヨ」

「良かった……」


 少女カルメが三人を心配している。勝ったかどうかは聞かない。今尚振り続ける【フリューゲル・コマリフラス】が、勝利を告げているのだから。



 アルレスィアとリツカを寝かせる。二人をカルメに任せ、レティシアは野盗から盗られた物がないかの確認に向かっているようだ。


「さテ、何を盗りました?」

「盗る前に捕まったんだよ」

「そうですカ。言わないんですカ」


 確認した所、巫女二人の録音機と、レティシアがエルヴィエールの為に買ったネックレスがなくなっている。どちらも高い宝石が使われており、他国だと千万は軽く超える。


「ふむ」


 レティシアが自分の部屋から持ってきた書類を捲っている。王国、共和国で発行されている手配書だ。


「王国北部で数年活動した後、共和国へ活動拠点を移した窃盗団。盗みだけでなく様々な犯罪行為に手を染めておリ、死体でも構わないとありますネ。貴族相手に盗みでも働きましたカ?」

「そんな奴等は知らねぇな。顔が違うだろ顔が」


 手配書を見せると、予想通りの反応が返ってきた。髪の色も顔立ちも全然違うのだから当然だ。


「実は先程、興味深い話を聞いたんですよネ。とある野盗に襲われて人生を狂わされてしまった人の話でス」


 マクゼルトの話に出てきた野盗。それがこの窃盗団だ。マクゼルトの話とライゼルトの年齢、マリスタザリアによって逃げたという点と、共和国に進出した年。手配書を見るまで分からなかったが、間違いなくこの窃盗団と同一だろう。


「この人は捕まってますからネ。まァ、残党がいるという話は聞いてますかラ、間違いないでしょウ」


 この者達が誰、とかは気にしてない。マクゼルトの魂が少しは安らぐだろうか。といった感傷だ。


「この窃盗団の特徴がですネ。袋三枚前後で何でも盗むっていう話なんですよネ。捕まった時も三枚程度の袋しか持ってませんでしたシ、その割には無くなった物の大半が大きい物ト」


 それらはまだ見つかっていない。累計額は億を軽々と越えている。


「無くなった物の大きさと袋等の道具によっテ、人は勘違いするものでス」


 レティシアが生意気な態度を崩さないリーダー格の男の服を弄る。


「おい!」


 隠しポケットを見つけ、そこからもう一つの袋を取り出した。


「ほらあっタ」


 袋から小さくなった物を取り出すと、元の大きさに戻った。二人の録音機とネックレスだ。


 先に部屋へ戻しに行く。かなり浸水している為、当然ながら汚れている。


「思いっきり濡れてしまってぼろぼろに」


 リツカの写真らしい物がぼろぼろになってしまっている。濡れた上で乱暴に扱われたからだろうと推察出来る。


「一応、このまま置いておきますカ」


 レティシアは他に盗まれていないか確認していく。完全に密閉されている食料庫や冷蔵室だったが、野盗達が食い散らかしたのだろう。しかも土足で入っている。もう食べる事は出来そうに無い。


「……」 


 他は無事らしいので、レティシアはリツカ達の所に戻る。その際甲板で項垂れている野盗を一瞥し、ぼそりと呟くのだ。


 その呟きは力となり、文字通りの――晴天の霹靂となるのだった。



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