世界②
私達が運ばれた時の詳細を聞いて、まず思った事が一つあります。
「【フリューゲル・コマリフラス】に、そんな想い込めたっけ……」
「いいえ。リッカの秘密は誰にも渡したくなかったのですけど……多分、アルツィアさまの想いも混線したのではないかと」
私達の事を知って欲しいと思った神さまの想いが、神に近づいた私達の想いと混線し、【フリューゲル・コマリフラス】に新たな力を付与したようです。
簡単にいえば、私達の想いを花びらに乗せたようです。
「今更隠そうとは思ってないけど、全世界にバレるのは流石に……恥ずかしいかも」
「後ほどの話で出てきますけれど、どうやら私達と交流がある人限定みたいです」
交流というと、どの範囲まででしょうか。私達が名前を知っているかどうかならば、そんなに多くはないような?
アリスさんだけに言えたら良かったのですけど、私がもたもたしてしまったので、仕方ありません。バレてしまった以上、隠す事でもありませんね。
この感情を知られる事すらも怖かった昔。でも今は……大丈夫です。私がちゃんと、克服出来たと確信を持てたのは紛れも無く、アリスさんのお陰です。
だから今度から、私が恐怖を見せるのはアリスさんだけです。バレて、隠す事ではなくなりました。でも、見せたいとは思いません。私はカッコ付けたい年頃なのです。
「城から出た後だと、ケルセルガルドは通ったのかな」
シーアさんのお陰で被害は最小限になっているでしょうけど、隕石の影響が気になります。一週間寝込んでしまったので、行けるのならば浄化にも向かいたいところです。お城で成分表は手に入れているのですから。
「ご安心を。予想通り、私達の想いも花びらが届けてくれました」
「そっか。それなら、良かった……」
”神化”。そして、【愛する者】を発動させた私達には、万能感がありました。だから、あの【フリューゲル・コマリフラス】には沢山の想いを乗せました。手応えはありました。それでも、不安だったのです。ちゃんと想いを乗せられたかどうか――。
――……崖の道を戻り、巫女一行は森まで戻って来た。白骨化した森は、隕石とレティシアの”激流”で原型を留めていない。しかしこれは、奇跡的な被害状況だ。もしレティシアが”激流”を使わなければ、この森だけでなく周辺の町も壊滅していた可能性が高い。
「誰か近づいてくるな」
「誰かっテ、ケルセルガルドの住民くらいしか居ないと思いますヨ」
「じゃあ、文句があるんじゃねぇか」
「いや、武装しとらん。それに、隠密行動も取ってねぇ」
「分ぁったから、流石に降ろせ」
話し合いをしたいのだろうと考え、ケルセルガルドの民を待つ。巫女二人を囲むようにして、三人は構えた。
「待て……いや、待って欲しい」
「何か用か」
ケルセルガルド、反神側の住民達の殆どと思われる人々が、頭を低くしてやってきた。巫女一行に対して礼を尽くす姿に、レティシア達は警戒を強める。巫女二人が倒れ伏している為、過敏になっているというのもある。
「お礼を、言いたいだけなんだ」
「お礼?」
「……自白しますけれド、この水は私が流した物でス。お礼よりも言う事があると思うのですけれド」
巫女二人は気に掛けていたが、レティシア達からすればリツカの心が折れた一因でもあるケルセルガルドには、良い印象を持てていない。
「家等は流されましたが……些細な問題です」
「話が見えて――」
レティシアは眉間に皺を寄せ、ケルセルガルドの者達を見る。そこで、警戒をしすぎて目が曇っていた事を悟った。
「病、治ったんですカ」
「降ってきた花を触ったら、みるみると」
「お前等……」
ライゼルトが、一向に目覚める気配の無い巫女二人を見る。目覚める気配はないが、アルレスィアをしっかりと抱き締めているリツカ。旅行で疲れた子のように、深い眠りに入っているのだろう。
「あの花弁にハ、”拒絶”も含まれているのですネ」
「天使ってのは冗談だったんだがな」
ライゼルトが苦笑いを浮かべる。二人がどれ程、ケルセルガルドを気にかけていたか、分かるという物だ。
「話が見えてこねぇ。あの花で病が治ったと仮定して、お前等は何で俺等のとこに来たんだ」
(確かにそうですね。あの花がお二人の物と分かるのでしょうか。触れると確かに、お二人の想いが伝わってきましたけれど)
全員に伝わるようになっているのか疑問が残ると、レティシアも訝っている。
「このような事が出来るのは、”巫女”だけだと思いまして」
「……ああ、そういう」
理屈も何もないが、妙に納得が出来る言い分に、ウィンツェッツですら面食らっている。
「正直言うと、期待などしていなかった」
リツカの約束には一切期待していなかったと、住民達が頷く。
「だが……救って、頂きました。ありがとう……」
住民達が、膝をついた。地面は泥のようになっているにも関わらず、住民達の顔に不満はない。
「ありがとう、ございました……ッ」
この世界に土下座という文化はない。だけど、頭を下げるという意味は良く分かっている。そしてただのお辞儀では、言葉だけでは感謝と謝罪を表現しきれないと思った住民達は、自らの考えで土下座をしている。
「止める二人が倒れてるのデ、私ガ」
土下座という行為自体は止めない。住民達は本当に感謝と謝罪をしたいと思っている。これを受け入れなければ、住民達の気は晴れないだろう。
目覚めない二人に代わって、レティシアが頭を上げるように伝える。
「約束が無くてモ、お二人なら行動したと思いますけどネ」
「……我々は、”巫女”の方々に失礼な事を」
「お二人は常々言ってましタ。実際に今までは何もしてこなかったかラ、ト」
世界の真実を知るレティシアは、”巫女”が存在するだけで世界の為になっているのを知っている。だけど他の人はそうではない。自分がそうだから、と怒りを見せるのは、憤りではなく暴力だ。
「だから行動するのでス。誰かに見られてなくてモ、行動の意味を理解されなくてモ、それが皆の未来に光を届ける事になるのなラ……どんな言葉を投げかけられてモ、でス」
ケルセルガルドの住民達の”巫女”に対しての対応も、巫女一行は理解している。だから反論はしなかった。”巫女”がどういう者なのかを話す事はなく、ただ行動した。
「これからは少しくらイ、外に目を向けても良いんじゃないですかネ」
「……検討、します」
引き篭もっていては、何かを得る事は出来ないのだから。
「そういえバ、儀式していた方はどうですカ。止めてくれるんですかネ」
「時間になってみないと分からないが……神に感謝していた」
「アルツィア様にですカ」
やはり、とレティシアは思った。
「儀式を止めてくれるのなら問題はありませン。それとなク、儀式の愚かさを分からせてあげてくださイ。私達の声は届かないのデ」
「はぁ……奴等が聞くかは分かりませんが、それがせめてもの償いになるのであれば」
「お願いしまス」
病が治ったのは神に祈りが届いたから。生贄が受け入れられたから。そんな事を見過ごしては巫女一行の名折れと、レティシアは住民達に願う。
「お二人が風邪をひいてはいけないのデ、ここで失礼しまス」
「ありがとうございました。ご恩は忘れません」
「いエ。後日家屋の補修に数名連れてきますかラ、森番の人に伝えておいてくださイ」
「そ、そこまでしていただく訳には……あの岩から守る為というのは分かっていますから」
「まァ、そこは私のけじめという物でス」
これ以上は押し問答となると思ったレティシアは、住民達の話を聞かずに歩き出した。とりあえず警戒していたライゼルトとウィンツェッツも、肩を竦めながら付いていく。
(痛ぇ)
「また背負ってやろうか」
「止めろ」
膝を気にしているウィンツェッツに、ライゼルトが提案する。しかし、まだケルセルガルドの住民が見ている為そっけなく返す。
「大体乗り心地が悪ぃんだよ」
「片腕だからな。お前がしっかりしがみ付けば俺も楽なんだが」
「余計乗りたくねぇ」
乗りたくないと頑なに断るウィンツェッツだが、歩行速度は一向に上がらない。地面は泥濘しており、元々の凹凸と合わさり歩き辛い事この上ない。
「まだ降ってんのか」
「ケルセルガルドの病を取り除いたり、色々と想いを込めとるみてぇだ」
言う事を聞かないウィンツェッツに、ライゼルトは頭を掻きながら付き合うことにした。改めてウィンツェッツの膝を見て、回復するかどうか微妙と気付いたのだろう。
「レティシア」
「分かってますヨ。巫女さんでないと治せそうにないでス」
「おい。それじゃあ俺は戦えねぇって事か」
応急手当は出来るだろうが、完治は無理だ。アルレスィアが目覚めるのを待つしかない。
「あの奥義、欠陥じゃないですかネ」
「いいや。こいつ、魔法を一個使い忘れとる」
「あ?」
「俺も理論だけで、実戦したのは親父と一対一ん時が初だ。だから欠陥があるんだと思っとった。だがまぁ、なんだ。一回くれぇは確認しとくべきだったな」
深いため息を吐き、ライゼルトが頭を掻く。
「着地時に膝を痛めんように、風のクッションを作れっつったろうが」
「……ああ。そんな事言っとったな」
「なるほド。本来はそれで膝への負担を下げるはずだったト」
説教が始まると感じ取ったのか、ウィンツェッツが苦々しい顔をしている。逃げたくても、膝が痛くて逃げられない。
(いっそ流しますか。流石に可哀相ですかね。でも急いでますし。マントをかけているとはいえ、リツカお姉さんをこんなあられもない姿で放置出来ません。巫女さんも風邪をひいてしまいます)
レティシアはため息をついて先行する。先に船についてから待っても、一緒に歩いても、時間的には変わらないからだ。
そう考えレティシアは歩く。森を抜け、船があった場所まで一直線に。
計算外があるとすれば、そう。
「船、何処でス」
船が流された事か。