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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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光⑮



「何だ、これは」


 アレスルンジュすら困惑する。”闇”の全てを賭け創り上げた隕石による一撃が、いとも容易く破壊され、木へと変わったのだから。

 

「桜」

「リッカの世界で咲く――春を告げる花です」


 リツカが着地し、再び【フラス・シュウィア】を構える。あれ程の魔力を込め、一撃を放ったというのに、息を乱してすらいない。それどころか、魔力が完全な光となり、二人を神々しく彩っている。


「終わりと」

「始まりを告げる木」

「新たな門出を祝福する」

「命の息吹」


 二人とも、瞳、髪、体に薄っすらと光を纏っている。アレスルンジュはやはり、こう思う。人間味を感じない、と。アルツィアは言っていた。新たな神と。そして、アルツィアの神格を大きく回復させるほどの力を持っていると。


 それを今、解放したのだ。


「終わりにすると、いうことか」

「いいえ。始まりです」

「私達と――あなたの」

「私の……? 馬鹿な、事を。敗北は終わりだ。私の――私達の夢の」


 アレスルンジュは二人が神になったのだと思った。人間味を極限まで薄くして、人や魔王では感じられない領域に立っている二人。もはや自分では勝てない。なのに――何故こうも、自分は落ち着いているのか。そして何故、二人からこんなにも――温かいものが流れてくるのか。


「諦めたくない。私は――私は……ッ」


 アレスルンジュが槍を作り出し、虚ろだった瞳に光を宿し、咆える。


「アルツィア様の傍に――居たいッ!!」


 諦めたくない。そういってアレスルンジュはリツカに向かって走り出す。一本の槍となり、真っ直ぐに、愚直に、只管に、リツカへと槍を突き出す。


「アレスルンジュ」

「私達が受け止める」

「あなたの」

「想いを」

「それは絶対」

「神さまに届くから」


 リツカが突きの構えを取る。そして――リツカも真っ向から、アレスルンジュに突進した。


 アレスルンジュの槍と【フラス・シュウィア】がぶつかり合う。刹那の競り合い。アレスルンジュは、槍と刀が触れ合った瞬間に分かった。


「――シッ!!」

(私は、負け――)


 槍を砕き、更にリツカは踏み込む。回転し、アレスルンジュの胸目掛けて――突いた。


「――――」


 衝撃が世界を揺らす。【フリューゲル・コマリフラス】も揺れ、花が散る。桃色の花が、ひらひらと、三人に降り注ぐ。


「……もう、散るのか」


 勝敗よりも、アレスルンジュは散り往く花を気にした。


「花は、散り様も美しい」


 リツカは、それで良いという。花は咲き、いつか散る。そして散り様もまた、美しいのだ。


 それは咲き誇った花が見せる、輝き。


 人も同じだ。自らを解き放ち、花を咲かせるような笑顔と日々の生活を送る。その先にこそ、美しい散り様を見せることが出来る。


 人の一生は短い。寿命で死ねる者の方が少ないだろう。だけど――美しく咲き誇る。


 人生が楽しかったと、やり遂げたと思えるように、毎日を生きるのだ。


 【フリューゲル・コマリフラス】が散る。花びらは世界中に舞い落ちていく。




 王国の西で、マリスタザリアは遂に……城壁を砕かんと拳を振るっていた。


「死守するんだ……! ここが崩れれば、一気に避難地への進行を許してしまう!」


 コルメンス指揮の下、王国兵は一丸となり耐えていた。連合兵は既に散り散りとなり、戦場から逃げ出した。兵を囮に使った事で、統率力を失ったのだ


「木が……」


 一人の兵士が、北を向いて呟いた。丁度、【フリューゲル・コマリフラス】が散る所だった。


 小さく、ぽつりと呟いたが……それは、戦いの終わりを感じたからだ。余りにも美しい散り様に、兵士達は――巫女一行の勝利を確信した。


「ここで、我々だけが負ける訳にはいかない……!」


 コルメンスはこれを好機とし、兵を鼓舞する。だが、命令を下す事はなかった。コルメンスの頬に、花びらが触れたから。


「……?」


 コルメンスやアンネリス、ディルク達。更には、避難していたリタ達も、花びらを手に取った。


「――アルレスィアさん……リツカさん……」


 思わず、全員が呟いた。


 そしてそれを、王国北部でリツカ達が出会った人々も同じ事をしていた。共和国、”神林”でも。リツカとアルレスィアを知る者達は、皆――呟いたのだ。


「そう、だったのか……」


 コルメンスに、後悔が滲む。だがそれ以上に――力が湧き出ていた。


(この世界の為に立ち上がってくれた、お二人の為にも……!)

 

 いくらコルメンスといえども、恐怖を感じていた。マリスタザリアの咆哮。壁を壊そうと振るわれる拳。その音、衝撃。兵の悲鳴、断末魔。それらが、コルメンスの手を震わせていた。


 だけど、それは恥ずかしい事ではない。


(恐怖を乗り越える力こそが……人の、輝き……!)


 手の震えは止まっていた。誰よりも人を愛している二人の輝きを――絶やさぬ為に。


「陛下!!」


 花びらから想いを受け取れたのは、どうやら自分の回りではアンネリスだけらしい。兵士達からは困惑の声が上がっていた。


「どうしたんだ」

「マ、マリスタザリアが――!」


 コルメンスは目を見開き、西の戦場が見える場所まで走っていっていた。




 カルメが花びらを握り締め、下唇を噛み締めていた。


「わらわも、まだまだ……ですね」


 人の機微には聡い方と思っていた。だけど、リツカの全てには気付いて上げられなかった。


(謝る――のは、筋違いなので)


 後悔が無いといえば嘘になる。だけどカルメは謝る事はないだろう。それは、リツカの誇りを傷つける行為だ。


「カルメ様、マリスタザリアが……」

「リツカ姉様とアルレスィア姉様は、お節介さんですので」

「え?」

「何も。直に再編成をお願いします。連合を落としましょう」

「ハ、ハッ!」


 報告に来たはずなのに、カルメはもう分かっていた。あの二人の想いは世界を――救っているという事を。


 だから二人を知る者達は、前を見れるのだ。




「カルラ様は、お気づきに?」

「違和感程度、なの」

「私も、気付けなかったわ」


 二人は出征の号令を出す事もなく、散り往く【フリューゲル・コマリフラス】を見ていた。


「でもわらわはこう思うし、言うと思うの」

「ええ」

「リツカは――強いの」


 頷き、二人は命令を出す。


「まずは王国北部で戦っている義勇兵と合流します。そして連合への圧力をかけるとしましょう」

「マリスタザリアの心配はしなくて良いの。皆の”巫女”は――約束を守ってくれてるの」


 二人の覚悟と想い。それは優しさだ。慈愛の心は全ての者に向いている。余りにも広く、深いそれを受けて、戦争への介入を宣言するのだった。




 エルタナスィアは、微笑んでいた。涙は乾き、散り往く”桜”を見ている。


「気付いていたんだな。エリス」

「ええ」


 リツカの恐怖。その事で後悔をした。だけどエルタナスィアの目に、陰は無い。


「でもね。この花びらが教えてくれたわ」


 きらきらと煌いている、”桜”。それを見てエルタナスィアは笑む。今まで会って来た者達への感謝と想い。それはもちろん、エルタナスィアも含まれている。


「あなた。王都へ行きましょうか」

「ああ」

「お出迎えの準備、しないといけないわね。アリスのスープが一番でしょうけど、凱旋の時くらいは――私のを飲んでもらおうかしら」


 くすくすと、何時もの調子で笑顔を見せるエルタナスィアに、ゲルハルトは安心した表情を浮かべる。


「ケーキもどうだ」

「あら。それって」

「……大々的には無理だろうが……()()()()()()()()くらい、どこでもやっているだろう」

「ええ……そうね。綺麗なドレスも見繕わなくちゃいけないわね」

「それは、気が早いのではないか?」

「あら。最近の子は早いんですよ?」


 二人の会話を聞いたオルテは首を傾げながらも、気にしない事にした。


(リツカ様に背負わせたのは自分も同じ……しかし、守り抜いてくれたのですね)


 オルテは、リツカへの尊敬を隠す事が出来なかった。北に向かって深々と頭を下げるオルテに、集落の者達は怪訝な表情を浮かべている。


 そんな中で、二人の幼き子供達だけは――オルテと同様に、北を見ていた。




 アレスルンジュの胸には、【フラス・シュウィア】が突き刺さっている。痛みは無い。だが、胸から湧き出てくる温かさは――アレスルンジュの頬を濡らした。


「私の愛は、この程度だったのか」


 アレスルンジュは、リツカ、アルレスィアと自分を比べている。


 その二人に負けた。”神化”し、【愛する者】を解放した二人には手も足もでなかった。アレスルンジュは、自分のアルツィアに対する愛が、これ程の物だったのかと下唇を噛み、空を見上げる。散っていく【フリューゲル・コマリフラス】を眺めながら、涙が落ちないように。


「愛に、勝ち負けはない」

「強弱もありません」

「あなたは気付いてしまっただけ」

「愛とは全てを捧げる事。ですけれど……受け取る相手の気持ちが、必要だという事に」

「神さまの気持ちを受け取らず、自分の愛を押し付けるだけだったと、気付いただけ」


 リツカがアレスルンジュから離れ、アルレスィアの傍に下がる。【フラス・シュウィア】を受けたまま散り往く【フリューゲル・コマリフラス】を眺めていたアレスルンジュが、二人を見る。涙はまだ、止まっていない。


「そう、か……私は……」


 アレスルンジュが、苦い表情で……零れる涙を見送っている。


「お前達は、この世界が好きなのか?」

「はい」

「当然」

「……私は、好きになれなかった」


 憑き物が落ちたように、アレスルンジュは静かに話す。どんなに魔王を演じ、世界を平和にするという計画を完遂せんと感情を押し殺しても……世界を好きにはなれなかった。


「リチぇッカと共に旅をしても良かった」

「魔王ではなくアレスルンジュとして世界を見て回ったり、人々と触れ合う道もありました」


 アレスルンジュが出来たであろう、世界への献身について、二人は話す。


「……今思えば、そうだったのだろう……。だけど私は、欲しかった」


 ”巫女”になる為だけの人生だった。その為に全てを賭け、人間性を捨て、悪に身を落とした。


 違う道に目をやるという気持ちにはなれなかったのだ。穢れたままの世界を直視出来なかった。


「今から、好きになれるだろうか」

「なれます」

「愛する人と共に見れば、違う世界が見えてくる」


 【フラス・シュウィア】が煌く。


「……?」


 その光に、アレスルンジュは首を傾げる。


「私達は神さまと約束した」

「あなたを――アルツィアさまの元に叩き込むと」

 アレスルンジュの体が――消えていく。


「お前達……」

「私達お得意の説教は、今回は無し」

「アルツィアさまにとことん」

「怒られて」


 アレスルンジュの視界が暗転し、再びあの扉の前に……やってきた。



「……」


 アレスルンジュが扉を開く。


「やほ」

「リチェッカ……?」

「先に来て貰っていた」

「そう、ですか」


 桃色の髪をしたアルツィアと、リツカの顔に似た少女リチェッカがお茶を飲んでいた。


「まけちゃったあれすにはおちゃがしはなしね。わたしがもらっちゃうから!」

「……ああ。食べると良い」


 負けず嫌いのリチェッカがぷんすかと頬を膨らませてクッキーを食べている。


「心情の変化はあったかな?」

「……どう、なんでしょう」


 まだ分からない。アレスルンジュは頬を掻きながら、綻ばせる。


「気付いてないだけだよ。アレス」

「――今」

「輪廻の輪に入るまでの間だが、ここに居ると良い。リチェッカも」

「わーい! これももらっていいかな? たべたらたたかお?」

「残念。私に戦闘能力はないよ」


 リチェッカの頭を撫でながら、アルツィアは微笑んでいる。


「見届けてみよう。世界の行く末を」

「……は、い」


 涙を流したアレスルンジュは、アルツィアの前に座った。そのアレスルンジュの膝に、リチェッカは肘を突く。そして私は――アレスの頭を撫でるのだった。


「あれすなきむしー」

「うるさい……」


 いつ輪廻が起こるかは分からない。二人は罪を犯した。だからもしかしたら、このままかもしれない。二人の魂は世界から外れている。どちらも造られた者だからだ。


 それならそれで、共に見届けようか。世界のこれからを。私はそれでも、良いと思っているから。


「さて、少し席を外すよ」

「はい……。その、どちらへ」

「なぁに。ライゼルトの願いを叶えようと思ってね」

「まっくー?」

「ふふ」


 死した者達の管理も私の務め。そして、やれる事があるのなら――少しくらい手を加えるのも良い。話せるのはこの部屋に入れる超越者達だけだが、死者に機会を与えるのに神格は、必要としないからね。


「あ。後で説教はするからね?」

「はい……」

「あはは。おこられるあれすなんてはじめてみるかも」

「きみもだよ。リチェッカ」

「えー……」


 頬膨らませたり落ち込んだりだが、二人の顔は笑顔だった。それを見れただけで――嬉しいと思う。


 ありがとう……アルレスィア。リツカ。森で、待っているよ。




「会えた、かな」


 リツカの体から光が消える。


「きっと、会えましたよ」


 アルレスィアも同様だ。


「怪我は、ない?」

「もちろんです。リッカ……」


 リツカの手を撫で、握り締める。そして頬にキスをした。


「リッカは……」

「ん。傷一つ残ってないよ。でも血が足りない、かも」

「すぐにでも輸血を……でも、少し」

「そうだね。少し……眠い、かも」


 リツカの胸にしなだれたアルレスィアを支えたが、リツカもぱたりと、膝を折る。体が力が抜ける。魔力の一切を、感じない。そして二人は意識を――手放してしまった。



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