光⑭
【愛する者】。その効果は、アルツィアにも分からない。当然、アレスルンジュにも。
(何も変化がないように見える。だが……あの二人が行った魔法。油断出来)
リツカが手を振る。空中で状況を見ていたアレスルンジュの胸の中心に、刀が刺さっていた。
「……?」
刺さった刀を、アレスルンジュは抜こうとする。だが――触れる事が出来ない。
(まさか、”光”の所為か。今の……完全なる”魔王化”を身に纏った私が、触れる事すら……だが、それよりも)
触れられない事も気になるが、この攻撃で消えた悪意が一つもない事の方が、気になる。
気になっていたが、リツカが動いた気がして視線を戻す。だけどリツカは、アルレスィアの隣に居続けている。
「フラス」
「サンテ」
「光陽よ」
「剣よ」
リツカの前に、光の剣が生まれる。それをリツカは――掴んだ。魔法を掴むという異常事態。だがリツカならばと、アレスルンジュに大した驚きは無い。むしろ、何故光の剣を? と、疑問が湧き上がる。
(あの剣、”拒絶”も?)
リチェッカの感覚で、リツカ達の変化を探る。
「ルフュ」
「フォルテ」
「拒絶よ」
「強さよ」
今度はアルレスィアに変化が生まれる。”拒絶”と”強化”を、その身に宿したのだ。自身の”拒絶”を纏い、”盾”よりもずっと高度な防御としている。そして、何故かリツカの魔法を使えている。
(何が……まさか、お互いの魔法までも……?)
魂が同じ。その二人ならば、お互いの魔法を組み合わせるという絶技に、限界を超えた運用が可能だ。それと同様に、【愛する者】発動中は、お互いの魔法を使えるのではないのか? アレスルンジュは自身の手が震えている事に気付いた。
「……ッ互いの魔法を使えるようになったからといって――!!」
翼を失い、リツカは空へ飛ぶ事は出来なくなった。アレスルンジュは空高く位置取り、再び地上に向けての全力砲撃を選択する。
「アン・ギルィ・トァ・マシュというのなら、これを受、け」
アレスルンジュが目を見開き、硬直する。何をされたのか分からないといった表情で、リツカとアルレスィアと再び睨み合っている。
「私達の【フラス・シュウィア】は」
「私達の想いです」
「ならば――」
「”抱擁”……かッ!!」
アレスルンジュに根を張りつつある【フラス・シュウィア】に、リツカが”抱擁”をかけている。リツカの意思でどうにでも出来る。空高く飛び上がったアレスルンジュを、目の前に移動させる事も可能だ。
(私の力ならば、相手の魔法の影響を受けない……ッ! だが、この者達は――)
「――シッ!!」
二本の”光剣”が振るわれ、アレスルンジュは防御を選択するしかなかった。飛び上がろうとも、”抱擁”によりコントロールされている以上いらぬ混乱を招き、一撃を受けてしまうかもしれない。
(防御して分かった――ッこの、剣……アン・ギルィ・トァ・マシュかッ!!)
リツカの二刀流。右から斬撃が迫れば、左が先に襲い掛かってくる。常に防御の隙間を狙うように振るわれている為、アレスルンジュは全身防御で耐えるしかない。
「……ッ!」
耐えるだけではジリ貧。反撃出来ないアレスルンジュの代わりに、リチェッカがアルレスィアを背後から狙う。
アレスルンジュにすら知らせないのは、アルレスィアにバレないようにする為。数億の悪意に紛れ、リチェッカが行う奇襲。
「健気……」
「ですね。リチェッカ」
「ッ!?」
二人の言葉で漸く気付いたアレスルンジュだが、何故アルレスィアが……いや、リツカがリチェッカの攻撃に気付いた?
リチェッカは完璧だった。二人の隙を突き、アルレスィアに一撃を加える事が出来るはずだった。なのに――二人は、アレスルンジュの背後に移動していた。
「私に出来る事は」
「私にも出来ます」
「その逆も同様」
リツカの斬撃が三度、アレスルンジュの背を裂く。
「ぐ……ッ」
痛みを感じると同時に、傷口が閉じない事に気付いた。
「悪意はまだまだあるようですけれど」
「もう傷は治らない」
「ッ……今度は、”拒絶”か……ッ」
痛みを感じ、足を止める事自体アレスルンジュには初の事だった。リチェッカの奇襲も読まれた。一方的な戦いとなろうとしている。アレスルンジュは――”闇”を放出した。
再び城上空の空気が重くなる。日陰が差し、圧力が音を立てている。
「今度は――ただの岩では、ないぞッ!!」
隕石だけではなく、”闇”が隕石を守り、先端が尖っている。ピンポイントで、貫くつもりだ。
(私の……三分の二をかけたッ!!)
隕石が再び降った事で、世界の悪意が瞬間的に増える。アレスルンジュはそれを見逃さず、吸収した。それを自身に留めずに、隕石の”闇”に送り続けている。
「――」
「ぐ……ゥッ……」
リツカはアレスルンジュに刺さった刀を抜く。そして――投げた。
「それで、壊せるはずが――」
高純度の光だが、アレスルンジュの全てをかけていると言っても過言ではない隕石だ。壊すには、二人も全力を出す必要がある。
「浄化の光」
アルレスィアが詠唱を開始する。
「愛心の腕」
リツカが、消える。”抱擁”により、アルレスィアと自分の刀を抱きに行ったのだ。
「拒絶するは純悪の圧搾」
「抱擁するは純徳の鎮静」
「解放せよ」
「純煌の刹那」
「「――【ライゴク・モゥメ】!!」」
リツカは光の剣を射出し、隕石を砕く。【フラス・シュウィア】を上段に構えると、煌々と輝き世界を照らした。
「届け」
「世界の果てまで」
「私達の想いの光――」
「今こそ、標を――!」
「幸煌せよ!!」
「光翼の来光」
「「――【フリューゲル・コマリフラス】っ!!!」」
”闇”の切先と【フラス・シュウィア】の先端がぶつかり合う。リツカの背に再び翼が生まれ――煌く。桃色の魔力が世界を照らし、包み込む。天高く突く魔力は”闇”を払い、更に高く伸びていく。
捻じ込むように、【フラス・シュウィア】を隕石に突き刺す。そして――【フリューゲル・コマリフラス】は、咲くのだ。
各戦場から、人々は見た。
「あれは……リツカ姉様とアルレスィア姉様の、でしょうか」
《こちらからも、見えています》
再び降ってきた隕石は、より禍々しさを増していた。だけど、そんな物はもはや恐怖ではなかった。
カルメ達もコルメンス達も、戦う手を、思考を止めて、見惚れていた。
「綺麗……」
桃色の柱と【フリューゲル・コマリフラス】は、全ての人々も見えている。圧倒的魔力と想いが、希望となって実体を持ったのだ。
《リツカさんから聞いた、ある花にそっくりです》
「それは、何なのでしょう?」
《それは――》
この光景は、共和国でも。
「リツカ。アルレスィア」
「温かい……生きていてくれたのね……」
「なの」
不安だった。でも、この光と温かさが教えてくれている。
元老院の殆どを制圧し、兵士と共に出征の準備を続けていた二人は、空を眺めながら微笑んでいる。
「何かの木に見えるの」
「リツカさんが一番好きな木だと思うわ」
「なの?」
「カルラ様ー。女王陛下ー。準備出来たっすよ」
「もっとしっかりして下さい。先輩」
”神林”でも。
「桜……」
エルタナスィアが北を見ながら呟いた。
「まだ、戦ってくれているのね。リツカさん……アリス」
隕石を粉々に粉砕しながら、枝が伸びるようにして桃色の魔力が伸びていく。光の柱を幹として、【フリューゲル・コマリフラス】が満開の花を咲かせた。
「生きて、帰って来なさいね?」
くすりと笑いエルタナスィアは、家へと戻っていく。王都へ再び出掛けるのも、遠くないかもしれないから――。