光⑬
「終わり――――なッ!?」
渾身の一撃。ゆえに生まれた隙。リツカはその隙に――アレスルンジュの目の前まで来ていた。
「――シッ!!」
蹴撃。アレスルンジュの腹に、極大の鈍痛が発生する。集中を乱したアレスルンジュの”闇”は攻撃を中断し、本能が防御を取った。
後は落ちていくだけの二人。しかしアレスルンジュは飛べる。落ちていくリツカに、アレシルンジュは再び”闇”を放とうとしている。だが――。
「翼は――」
「飛ぶ為に、あるのです」
リツカは、翼をはためかせ――飛んだ。
直角な動きでアレスルンジュの背後を取ったリツカは、再び蹴撃を見舞う。
「つくづく……規格外……ッ!!」
リツカの蹴りを腕で受け、反撃の拳を繰り出した。だが、リツカは刀を振るう。
アレスルンジュの拳を刀で切裂いたリツカだが、二の手を繰り出す一瞬の隙をアレスルンジュは狙っていた。無防備のリツカに、アレスルンジュの”闇の槍”が迫る。
「光の剣」
リツカは、落ち着いた声で詠唱を始めていた。
「光の槍」
「光の矢」
「光の槌」
「光の刀」
今までアルレスィアが生み出した”光の武器”達が、アルレスィアの目の前に現れる。
「技を極めし英雄よ」
「光輪せよ――!!」
「天使の輪――【アンギィ・リィン】!!」
アルレスィアから射出された”光の武器”達が、リツカの背に輪の様になって佇んでいる。まるで、後光だ。
もちろん、ただの飾りではない。
「――っ!!」
リツカの意思で、武器達が動き出す。アレスルンジュを四方八方から襲う。一度で消えず、何度も何度も、アレスルンジュを刻む為に動く。
「それ、くらい……ッ!」
アレスルンジュもまた、同様の武器達を生み出し打ち出す。武器と武器がぶつかり合い、競っている。
だが、アレスルンジュの対応は一瞬遅れた。リツカは再び、落下中のアレスルンジュの背後に居る。
「――シッ!!」
横薙ぎでアレスルンジュを打ち上げる。アレスルンジュが咄嗟に張った防御が軋む。
吹き飛ばされた先、リツカが現れる。再び斬撃。防御に罅が入る。更にアレスルンジュの眼前。防御。強化ガラスが割れるように。
何度も繰り返される、リツカの攻撃。空中に正方形の空間があり、そこをスーパーボールが跳ねるかのような動きで、アレスルンジュは着地も反撃も許されずに耐えている。
(ま――お)
(リチェ……ッカ……!)
再び上空へ打ち上げようとしたリツカに、”闇”の円錐が襲い掛かる。集中し、勝負を決めようとしているリツカの第六感と感知を縫う攻撃。直撃を受けてしまう。
そんな事が出来るのは――。
「リチぇッカっ……!」
アルレスィアの”守護”で守られているが、深々と刺さっている。血を吐きながら、リツカは何とか離脱し、魔王に追い縋った。
(リチェッカ……)
(かて――!)
アレスルンジュが、口を開く。
「シュヴァサグヒ、ドゥンケハイウェレ、シュヴァラムフェアッ!!」
その魔力の流れ、詠唱。リツカはアレスルンジュへ連撃を加える。喉、肺、脳。話せない様に、何度も。
「ジール、ウシュ、トゥア。ドゥンケ・ッ……ヴィダホゥ。カヴァ、シュロゥン。シュヴァ・ヴィダホゥ。ティフ、ライドシャフ、ジャイクス!!!」
リツカの連撃に苦渋の表情を浮かべていながら、掠れる声、漏れる空気、止まる思考。全てを振りきり、謳い上げる。
「フュル――リフェァホ。【ザリア・アレン・トァ・マシュ】ッ!!」
”魔王化”。すでに発動中であり、魔王でない者が魔王となる為の魔法。だが――それをアレスルンジュが使えば……想いを共にしたリチェッカが協力すれば、魔法は真価を発揮する。
悪魔の羽は更に禍々しさを増し、悪意が重厚な鎧となり刃を通さない。角が生え、尻尾まで生え、爪は刀のように鋭利。
”魔王化”を感じ取ったアルレスィアが、何時の間にか作っていた分厚い”盾”それを狙い、アレスルンジュは爪を振るう。
”盾”が裂け、リツカの背後――地面が爪の跡に裂ける。リツカは感じ取った。その爪痕は、地球を削った、と。中心からは逸れたが、地面を切裂きながら、反対側へと抜けていったのではないか。そう感じる程に深い。
「波動よ」
アレスルンジュの短い詠唱。それが、リツカの翼に大きな穴を空ける。もし直撃していれば、胸に風穴が開いていた。
(力に慣れる前で、良かった)
リツカとアレスルンジュが、打ち合う。空での攻防。下方からの攻撃まで加わり、立体的となった戦闘は、より精神力を削っていく。
だが――アレスルンジュは感じていた。自身の悪意が大きく減り、射程範囲が近い事を。
リツカも当然分かっている。後一撃で良いと。だが――その一撃が遠い。
「ハッ……! 全てを、謝罪しよう。赤の巫女、巫女」
「な、にを」
攻防を繰り広げながら、二人は短く会話する。
「お前達の、想い。確かに神の為なのだろう」
でなければ、このような力は出ない。そう確信しているアレスルンジュが笑う。
「あなたには、負ける」
「……ふん」
「だから――私は負けられない!!」
「こちらもだッ!!」
今度はリツカの方が削れて行く。押している。リツカの”光の武器”は完全に押さえ、片翼となり出力が落ちたリツカは、先ほどの動きが出来ない。刀で弾く割合が増え、回避も多くなった。何より、”守護”を通り抜ける事が多くなった。
(ま――お――!)
「――ッ!?」
「もう遅い……ッ!!」
リチェッカの警鐘に、アレスルンジュが「しまった」という表情を浮かべた。
だが――もう遅い。
「行きましょう」
アルレスィアが閉じていた目を開ける。
「いつから――ッ!!」
「私に……【アンギィ・リィン】を施した後から」
「馬鹿な……ッ! ”盾”も……”拒絶”だって!」
「存外……忘れやすいんですね」
「ッ――!!」
後悔を滲ませているアレスルンジュに蹴撃を見舞い打ち上げ、リツカはアルレスィアに近づき、抱きついた。
「無茶を、させました」
「平気だよ。だから――行こう」
「はいっ!」
【アンギィ・リィン】発動後、瞑想に入ったアルレスィア。つまりリツカは、あの時からずっと……一人でアレスルンジュと戦っていた。
「光の炎、光の刀」
「赤白を煌かせ!」
「私の魂、私の想い、私の愛を捧げるっ!」
二人で紡ぐ。真の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】。
時が止まったように、アレスルンジュは……世界を覆うマナの奔流に絡め取られている。
(馬鹿な……マナの王たる私が、マナに絡め取られて……ッ!? いや、それより……この制御力は――)
「フラス!」
「フラス!」
「光をのみ込む光よ」
「私を照らせ!」
二人の体が、桃色の翼に包まれる。それはまるで――繭。
「ヴァイス!」
「ルート!」
「赤白を抱きし翼よ……っ!」
「私と共に――」
「強き想いを胸に宿した英雄よっ!」
繭の内側から光が漏れ、世界に祝福を齎すように――光り輝く。太陽より眩い光は、世界を照らす。どこまでも――深く、温かく。
「「――顕現せよ!」」
繭が割れ、二人が出てくる。翼はなくなった。見た目に変化はない。だが――神々しい。そこに二人が居ないかのような感じだ。
この感じを、アレスルンジュは知っている。
「神……様……」
再び天に、桃色の柱が立ち昇る。荘厳な鐘の音が鳴り響き、世界に――顕現する。
「私達の想いで輝く世界に」
「祝福を」
道標。二人が示した道は、人々を導く。明日は今日より悪くなるかもしれない。だけど――自分で、選び取れる未来がある。
「「――【愛する者よ】」」