光⑫
戦いを再開しようとしたアルレスィアとリツカ達が、ある事に気付く。
「シーアさん達」
「勝ったようですね」
「……」
アレスルンジュも感じ取ったようだ。そして、自分の元に戻ってくる悪意にも。
「マクゼルトの」
払う事は出来た。だが、ふわふわとアレスルンジュの元に向かう悪意を見ると、浄化する事が出来なかった。何か、伝えたい事があるような気がしたからだ。
「お前も逝ったか」
悪意がアレスルンジュに吸収されていく。また一つ、アレスルンジュは強くなってしまった。
(リチェッカの事で、心を乱したか。お前にリチェッカを任せたのは間違いではなかった。感謝する)
「私の中から、新たな世界の幕開けを見届けるが良い」
”光”と”闇”の魔力が鎬を削る戦場。アレスルンジュが劣勢だったが、また分からなくなった。
「――シッ!」
「フッ――!」
【フラス・シュウィア】。”光の刀”と再生成された”闇の槍”がぶつかり合う。衝撃は雲を裂き、地面を揺らし、火花は閃光となり戦場を照らした。
マクゼルトの体術まで加わり、リツカの蹴撃にまで対応し始めたアレスルンジュの手数はリツカを越えた。ただしリツカの方が有効打が多い。ダメージはアレスルンジュの方が負っている。
(まだ、足りぬのか……ッ)
(ま――お――)
「ッ……!?」
アレスルンジュはリツカに蹴りを見舞い、一度距離を取る。そして、自分の中と会話をするのだった。
(リチェ、ッカ……?)
(つか――――て)
本音を見せたアレスルンジュに、リチェッカはより深く入る事が出来たのだろう。漸く、手渡せると喜んでいる。
(まけ――いや――)
「……分かって、いる」
「……っ」
リツカとアルレスィアが、異常な悪意の膨張に警戒を強める。
「これ……は……」
「そう……リチェッカ。渡せたんだ」
「リッカ……!」
(出来るか分からない……だから、私が牽制)
(分かりました……っ)
リツカが斬りかかる。アレスルンジュはそれを迎撃する。しかし、先程と決定的な差がある。リツカの攻撃はアレスルンジュを捉えている。だが――ダメージが減っているのだ。
「くっ……」
「悔しいのは私も同じだ。巫女の魔力も加わっているからか、完全な無効化が出来ていないのだから――なッ!!」
アレスルンジュが防御を捨て、渾身の突きを繰り出す。刀で受けるが、衝撃がリツカの体を貫いた。
「か……はっ……!」
ごろごろと地面を転がり、十メートル以上吹き飛ばされてしまった。アルレスィアが孤立してしまっている。
「っ……!」
素早く立ち上がり、アルレスィアを守れる位置まで移動する。少し足取りが重い。
「”守護”よ……っ!!」
アルレスィアの想いがリツカを包み、傷を治す。これ以上傷を負って欲しくないと願い作られた”守護”が、こうも簡単に突破される。アルレスィアの想いが弱い訳ではない。むしろその想いはアレスルンジュの想像を遥かに超えている。
神の部屋で言った通り、アレスルンジュは世界を壊せる一撃でリツカを突いている。なのに、風穴一つ開かないのだから。
「リチェッカから私の恐怖心を……!」
「そうだ。だが、お前の魔力しか防げぬようだ」
名前付きの魔法に限らず、今の二人が発動させる魔法は全て、二人の魔力が込められている。赤と白が溶け合い、桃色となっているのだ。だが、リツカの魔力が防がれている。つまり、威力は半減――いや、二人で一つの魔法なのだから、三分の一も威力を発揮出来ていない。
「お前達が世界の悪意を浄化しきるのが先か、私がお前達を殺すのが先かだが――私の方が早そうだな」
(確かに……今のままなら、ダメ……)
アルレスィア個人の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】ならば大ダメージを与えられるだろう。だが、それでも削りきれる数ではない。
「リッカ……」
「アリスさん。私……克服、出来てるかな?」
「克服出来ています……!」
「じゃあ――」
リツカが目を閉じ、集中する。アレスルンジュはその隙を見逃さない。リツカという人間を知れば知るほど、その行為が隙ではないと思ってしまう。だが、アレスルンジュ程の超越者となれば、針の穴のような隙となりえる。
「孤独の感情を解き放つ」
「隠し続けた孤独を抱き締める!」
「赤の弱さ」
「白の抱擁……!」
「懐抱せよ!」
「赤白の誘引――」
「【ヴァイス・ルート・アイラゥド】」
リツカが左手で、胸を掻き抱く。アレスルンジュの胸中で、リチェッカが驚いているのを感じる。だが、アレスルンジュはそのまま攻撃を敢行した――。
「――シッ!!」
詠唱を終えたリツカは、突撃してくるアレスルンジュにカウンターを浴びせる。やはりというべきか、リツカの攻撃が先に入る。それを計算に入れても、アレスルンジュの方が押し切れる。――リツカの攻撃を無力化出来ていれば、だが。
「……ッ」
アレスルンジュの肩から横腹にかけて一直線に斬れる。衝撃と共に、アレスルンジュの中の愛情が膨れるが、リチェッカが押さえ込む。しかし――それを感じる前に、アレスルンジュは傷口を押さえ立ち止まってしまった。
「なに、を……したァ……ッ!!」
アレスルンジュが咆える。自身の中からリツカが消えたのが、よく分かったからだ。
(恐怖が……赤の巫女の恐怖が……消えたッ)
リチェッカと二人でリツカの恐怖心だけは厳重に扱っていた。”拒絶”に守られていたアルレスィアとリツカの負の感情。それをリチェッカが手に入れてくれた。リツカの恐怖心を浮き彫りにし、自身の中に押さえていた。なのに――それが、消えた。今アレスルンジュの中に、リチェッカの中に、リツカの恐怖心はない。
「恐怖心さえも……っ」
「私の物」
「ならば”抱擁”の効果範囲内です!!」
「返して貰った。私の――恐怖心を」
”抱擁”により、自分の感情を回収した。そこにはアルレスィアの”拒絶”も関係している。アレスルンジュからリツカの恐怖心だけど剥ぎ取り、リツカが”抱擁”で抱き締めた。
「私は、私」
私とはリツカ自身であり――アルレスィア。アルレスィアを抱き締める為の魔法が――煌く。
「私なら、問題ない」
”神化”となって初めて、リツカの額から流れた汗が頬に伝う。リチェッカが吸収していた恐怖心は、あの時の物。胸を押さえている手が震えている。
(はっ……くぅ……!)
自分の中にある恐怖心を、明確に感じる。蓋をつけたくなるが――リツカはその恐怖を受け入れた。恐怖もまた、自分の感情。遠ざける感情ではない。対話をする事で、解決出来るはずだ。
(そっか……いつも私が、恐怖を感じた時に出てきた私って……)
恐怖心その物だった。対話をしようと出て来ていたのだ。そしてリツカが恐怖を理解する為の手助けをしていた。克服出来る土壌は出来ていた。でも結局リツカの一歩を引き出したのは、アルレスィア。
(それで、良いよね。私)
――ま。ひとりでかかえこむなんてむぼうだったよ。わたし。
幼いリツカが肩を竦めて消えていく。自分の役目は――もう、終わりと言わんばかりに。
「――っ!!」
リツカが刀を振り、アレスルンジュと向き合う。
「私の恐怖。返してもらう……!」
「チィッ……!」
アレスルンジュが距離を開ける。遠距離から削る作戦だ。リツカには遠距離はないし、既に活歩の範囲も理解した。一歩では届かない距離を見切り、睨み合う。
(ゴホルフも、マクゼルトも……リチェッカも、私に勝てと言っている)
アレスルンジュの顔はいつの間にか、必死の形相だった。魔王の余裕、矜持、尊厳、その全てをかなぐり捨て、ただ――勝利の為に。
「これが最期の」
「攻防です」
「……良いだろう」
アレスルンジュが最後の悪意吸収をする。総数六十兆を越える命が、アレスルンジュにはある。アルレスィアとリツカはそれを承知の上で、最期の攻防と言った。
お互いの全てを、この一連で出し切ろうと。
「――ッ!!」
その攻防は、アレスルンジュの”闇”による牽制から始まった。
「――――シッ!!」
居合い、一閃。浄化の”光”が”闇”を霧散させる。アレスルンジュは――消えた。
「……上!」
二人が上を見る。アレスルンジュは空から、こちらを狙っていた。
「受けよッ!!」
避ければ星が壊れる。そんな一撃が降り注ごうとしている。流石のリツカとアルレスィアでも、それを受けるには【アン・ギルィ・トァ・マシュ】の全力が必要になる。
だが、それを行うには時間がない。何より――それを防いだ後の隙が、大きい。
(避ける以外の選択肢……ッ! 防ぐしかあるまい! お前の移動距離は測りきっているッ!!)
「お前達の全力――受けきってみせよ!!」
二人が受けきる事前提の一撃。アレスルンジュはこの星を壊す気などないが――壊すつもりで放とうとしている。