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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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光⑪



 心臓を刺したくらいで倒せたとは思っていない。だが何故か、マクゼルトは動こうとしない。


「あんたなら避けれたろ」

「……」


 マクゼルトなら読めたはずだ。というより、落雷を受けた所で動きが鈍る事自体おかしい。そして、刀が背中に当たった瞬間に避ける事も出来たというのに、そのまま受け入れた事も謎だ。


「何で戦うのを止めてるんでス」

「……」


 戦う気力も見せず、嗤ったまま刀を抜きライゼルトの方に投げ渡している。不気味ではある。このマクゼルトという男がした事を、レティシアは赦せない。リツカの事もそうだし、トゥリアの事もそうだ。なのに、今のマクゼルトにその怒りをぶつける事が出来ない。


「俺はもう動けん。殺すなら今だぞ」

「……」


 ウィンツェッツの膝は限界だ。元々三回も使えば今後に関わると言われている。囮の為に、結構な時間マクゼルトの回りを飛んでいた。この作戦をする前から、マクゼルトと命のやり取りをしていたのだ。その事も響いている。もはやウィンツェッツは、一歩も動けない。


「赤の巫女の影響ってのは、そんなか?」

「あ?」

「もっとサッパリしとると思ったんだがな」


 ライゼルト達はもっと達観していたはずだ。マクゼルトが悪で、どういった経緯でそうなったか分かった時点で、話し合いなど必要としない段階であるという事は分かっていた。


 なのにマクゼルトに理由を求める。改心を、懺悔を求める。そういう人間ではなかったと、マクゼルトは再び疑問を投げかけた。


「自分を見詰め直すきっかけであったのは確かでス」

「難儀な生き方しとると思うがな」

「俺は影響なんざ受けてねぇ」


 三者三様だが、マクゼルトから見ればリツカを彷彿とさせたのはいうまでもない。


「あんたがただの馬鹿なら、俺等はあんたと会話なんざしてねぇ」


 鼻で笑ったマクゼルトに、ライゼルトが告げる。


「あんたが馬鹿親父だった。ただそんだけだ」

「そうか」


 マクゼルトは胡坐をかき、ライゼルト達を一人一人見ていく。


「お前等の世界に未来はあんのか」

「あるかないかじゃねぇ」

「斬り開くんですヨ」

「小っ恥ずかしい台詞だな」

(俺を混ぜんな)


 カカカッと、マクゼルトが笑う。


「母さんに、会えると思うか?」

「アルレスィアに頼んでおいてやるよ」

「会えないんじゃなかったんか? 戦争ン時言ってたろ」


 レジーナに会えるか気にしているマクゼルトに、ライゼルトは視線を逸らす。


「言ってんだろ。ただの馬鹿なら会わせん」

「……そうか」


 だんだんと、マクゼルトの声が小さくなっていく。


「俺は、自分がやった事を後悔せん」

「ああ」

「リツカお姉さんの件もありますシ、私も赦しませんけどネ」

「それで、良い。馴れ合うつもりは、ねぇからな」


 妻レジーナを人間の悪意で亡くし、人間を信用出来なくなったマクゼルト。レジーナが愛した世界と子を守ろうと、魔王の提案に乗った。レジーナの「恨まないで」という言葉は、聞かなかった事にして。


 だが我が子は自分に牙を剥いた。一度目は殺す事が出来なかった。それは、レジーナを裏切ってまで我が道を往くマクゼルトにとって赦されない事だった。


 人形であっても、そのまま味方であったなら。マクゼルトはそう思っていた。だが息子は再び牙を剥いた。孫もそうだった。


 今度こそ屠る。その気概で三人の戦いを受けた。だが――リチェッカが逝った。それも笑顔で、自分に感謝をして。「これは決まっている事。気にしなくて良い。ありがとう」リチェッカは確かに、レジーナと重なっていた。


 マクゼルトは――その時に揺らいだ。それに気付かずに、「殺す」という言葉を多用した。「殺す」という宣言をする。それは、強者ではない。圧倒的高みに居るマクゼルトが、何故多用したのか。それは、揺らいでいるからだ。


 殺すという言葉を宣言し、自分に言い聞かせていた。


「魔王の戦場には、行くなよ」

「……ああ。邪魔はしねぇよ」

「それで、良い」


 魔王の邪魔をするな。そういった意味で言ったとマクゼルトが歯を見せニタリと笑む。だが、三人は分かっている。魔王の戦場に行けば、死ぬ。死ぬから行くな、という事だと。


「母さんに、言いたい事あるか」

「手前ぇで聞く」

「カカッ……そりゃ、そうか」


 背中が折れていき、マクゼルトが俯いていく。


「孫」

「……何だ」

「お前の剣。何処まで、高められる」

「さぁな。まァ――あんたに一人で勝てるくれぇだな」


 何処か満足げに、マクゼルトが微笑んだ気がしたが、顔は見えない。


「チビガキ」

「私もですカ。もっとお師匠さんと」

「お前さえ居なけりゃ、な」

「ま。私が要ですからネ」

「あ?」

「あん?」

「文句あるんですカ」


 最期の力か、マクゼルトが顔を上げる。そこにはマリスタザリアではなく、人間だった頃の顔があった。


「俺の理想は、まだ終わっとらん」

「ああ。あいつ等次第だ」


 今尚、”光”と”闇”が玉座の間で鎬を削っている。一向に衰える事無く、激しさを増して行っていく。魔王――いや、アレスルンジュは今でも目的の為に戦っている。


(その目的が変わっとるかも知れんが……あいつは裏切る事はせん)

「お前から貰った力。もっと有意義に使うべきだった、な――」


 マクゼルトから悪意が抜けていく。その悪意は真っ直ぐにアレスルンジュの元に向かう。


「お前等の未来、地の獄から……見とる、ぞ」

「……俺の誓いは変わらん」


 ライゼルトは刀を地面に突き刺し、宣言する。父に聞かせる事が出来なかった、誓いを。


「二度と――母さんやあんたのような人間は出さん」

「……」

「逝ったか」


 マクゼルトからの返事はない。だけどその表情は……安らいでいるように、見えた。


「悪意は魔王の方に行きましたけド」

「そればっかりはどうにも出来ん」


 ライゼルトがマクゼルトの前まで行き、座り込む。


「歩けるか。ツェッツ」

「無理だ」

「まァ、私が運びますヨ。リチェッカのお陰で私は無傷ですシ、魔力もまだ微妙に残ってますかラ」


 リチェッカは結局、レティシアの手足を折るといった事はしなかった。また戦う為に傷つけては勿体無いという想いがあったのだろう。


「結局、赤ぇのに振り回されるんか」

「リチェッカをリツカお姉さんと呼称するのは止めてくれませんかネ。リツカお姉さんはですネ」

「お前までアルレスィアみてぇな事言うな……」


 アレスルンジュが居なければ魔王軍ではないが、リチェッカが要であったのは一目瞭然だ。アレスルンジュの超強化も、マクゼルトの葛藤も、リチェッカが要因だったから。


 リツカに振り回されていたと思っているウィンツェッツにしてみれば、他人事ではないのかもしれない。


(満足げな顔で逝きやがって……人騒がせな親父だったな。俺が支えになれとったら、違ったんか? 関係ねぇか)


 ライゼルトがマクゼルトの遺体を見ながら、寂寥感を感じていた。最期の最期、父と子として語らう事が出来た。これも、リツカと会う事で生まれた心情の変化故か、とライゼルトが肩を竦め笑む。


「泣いてんのか」

「かもしれんな」

「……」

「反応に困るくらいなら弄らなければ良いのニ」

「うっせ」


 明らかに泣いていない。男の涙とは、簡単に流れないからだ。三十を越えたライゼルトなら尚更だ。だが、心が泣く事はある。


 ライゼルトはマクゼルトを尊敬していた。いや、尊敬している。真相としては、かなりの自分勝手ではあったのだろう。人を殺し、人を貶め、世界を混乱させた。だが、良き父であったのは嘘ではないのだ。


「もう少し、このまま待たせて貰うか」


 決着がつくまで、そのまま待つ事にしたようだ。


「ですネ」

「厨房とかねぇのか。水が飲みてぇ」

「仕方ありませんネ」

 

 レティシアが歩き、地面の水がぱしゃりと音を立てた。ウィンツェッツは経験から、レティシアが魔法で水をぶっ掛けて来ると思い、身構えた。


 だが、一向に魔法は来なかった。


「探して来てあげますヨ」

「……雨でも降んのか?」

「失礼ですネ。地面の水を啜らせてもいいんですヨ」


 レティシアが講堂を出ていく。決着は待つが、戦いが終わった訳ではない。魔法の無駄撃ちなんて、今この場でするはずがない。


「いつでも戦えるようにしていてくださいヨ」

「ああ」

「分かっとる」


 ここまで来て、マクゼルトを倒すところまで来て、負けたくない。どんな状況になっても諦めない。希望を胸に抱いた者達は、しばしの休息に――目を閉じた。



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