光⑧
「やはり……リツカお姉さんと巫女さんがまだ戦ってまス」
実際に、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を見るまで不安もあった。しかし今は確信に変わっている。
(リチェッカを取り込んだであろう魔王を、圧倒している気配があります。最後の一撃から動きがありませんけれど……あの一撃、空が……割れて……?)
光の刀による攻撃で、雲が大きく裂けている。”闇”や隕石の変化に比べれば地味で、気付いた人間の方が少ないのだが、近くにいたレティシア達からは良く見えている。その現象が刀による一撃だった事も。
(押されてんのか? あの大馬鹿)
マクゼルトの視線が鋭くなる。
「おい。こっちも終わらせようぜ」
「お互い向こうの事を気にしとる余裕はねぇぞ。馬鹿親父」
もはや一振りで国一つ落とせそうな戦いに、首を出そうなどと考えるのは愚かだろう。
「そうだな。再開――いや、始めるか」
首を鳴らし、マクゼルトが本気の魔力を纏う。
「大馬鹿が向こうに行ったって事は、計画が変わった。俺は何一つ聞いとらんが、好き勝手して良いんだろ」
目の前に居る三人は、保護対象と準保護対象。だが、アレスルンジュからの命令更新はない。
「予定変更だ。殺すぞ」
「チビは生かすんじゃねぇのか」
「元々死ななきゃ良いって程度だ。死にたくなかったら生きろ」
「こちとら死ぬ覚悟って奴でス。さっさと行って下さイ」
「真っ先に死ぬ役目をさらっと命令すんな」
「死ぬの前提なんですカ」
「あ゛?」
アルレスィア程ではないが、レティシアも”治癒”を使える。仕切り直し出来る状態ではある。正直リチェッカが居ない時点で、勝率は五割まで上がっただろう。
「行くぞ」
すぐさま飛び出したライゼルトに続き、ウィンツェッツも飛び出す。
(さて、私も――っ!?)
レティシアも援護を開始しようとするが、マクゼルトを対象に設定出来ない。これは感覚的な物なのだが、数千、数万回と魔法を扱ってきたレティシアだから感じたのだろう。
「チビ……!?」
「止まれツェッツ!」
「良い判断だな。レティシア、馬鹿息子」
援護を始めないレティシアに動揺したウィンツェッツを、ライゼルトが止めた。マクゼルトは腕を組んだまま、二人の刃を受け入れただろう。勢いは巫女一行側だったはずなのに、その勢いに水を差す行為なのだが――。
「攻撃すれば死んどったぞ」
(”反射”……? それとも”反転”……単純な恐怖心……。いえ、その程度ならば私の対象設定がかからないなんて事は……今まで、こんな事ありませんでした。一体何故――いえ、現にそうなった以上、私が考えるべきは……)
レティシアの思考は止まらない。
「”闇”の魔法ですカ。何故リツカお姉さんの時に使わなかったのか聞いてモ?」
「あ? ああ。”闇”の消耗もそうだが、アイツには不意打ちでしか勝てとらんからな。純粋な強さを量りたかった。俺も魔王の装置の一つだ。誰にも負けん力が必要だったんでな」
会話をしながら、能力を探るために集中する。聞けば答えてくれるかもしれないが、それは最後だ。
「理解に苦しみますネ。出し惜しみ出来る相手ではなかったでしょウ」
(当然ながら、私の知識にはない魔法です。せめて効果が分かれば良いのですが)
もしこの魔法を使用していれば、リツカは死んでいたかもしれない。
「それはあんさん等も一緒だろう。アンなんたらとかいう魔法を隠しとったろ」
(あの時は使えていなかっただけなのですけど。マクゼルトもそうと考えるのは楽観ですね。隠していたという訳ではないけれど、後から考えたらお前達も隠していたじゃないか、という非難をしてきたのですから。そして、このマクゼルトという男……。自分の力の証明ですか。魔法を最初に使わずに、己の肉体のみ、もしくは纏う事で戦うという基本戦術から考えるに――この魔法、纏う訳ではないのですね)
攻撃をすれば死ぬという事から、反応型かと思った。それならば惜しみなく使ったのではないのか? と。だけど使わなかった。設置型なのだろう。それも、空気中か。レティシアの読みが光る。
(私まで躊躇してしまった事を考えると、近距離遠距離関係ないですね。どうしたものでしょうか)
「じゃあ隠しっこなしでいきましょウ。その魔法、何ですカ」
「知っとるぞ。”闇”への対抗手段はないらしいが、あんさんは何とか出来るかもしれんとな」
「そんな曖昧な情報を信じる必要はありませんヨ。それが”闇”なのは分かっているんでス。対抗なんて出来ませン」
「リチェッカの言葉だ」
「なるほド。ライゼさんの父親らしい言い分ですネ」
「一緒にせんでくれ。嬉しそうにしてんじゃねぇよ馬鹿親父」
当然。教えてはくれない。レティシアがどんな魔法でも対抗する可能性があるのは知られていたようだ。
(買い被りすぎですね。落ち着いた状態ならまだしも、実戦の中でそんな事……やるしかないって事ですか)
まずは相手の魔法を知る必要がある。それも、正確な効果を。そしてそれに対する魔法を自分が使えなければいけない。殆どの魔法を修得しているとはいっても、”盾”等の魔法は苦手なのだ。他の魔法で代用出来れば良いが、”闇”の魔法相手に当てずっぽうは危険すぎる。
(適当に石でも投げてみますか。流石に軽率すぎるでしょうか。ですけど、このままだとサボリさんが突っ込んでいきそうですし)
投げるのではなく、石を蹴ってみる。
(さて、どんな効果が――)
マクゼルトに当たったかどうか、そんな距離に石が行った時、チリッと音が聞こえた。その瞬間、レティシアの足元が爆ぜた。
(”反射”でしょうか。どちらかといえば倍返しのようですけど、単純に返ってくるわけじゃなさそうです)
レティシアの足元に着弾した石だが、異常に深い位置までめり込んでいるようだ。倍返しどころの威力ではない。何しろ今の石――今も真っ直ぐに突き進んでいる。
「……」
レティシアは更に、着弾した場所を凝視する。焦げているというより、変色している。直接触るのは危険と判断したレティシアは、投げた本を拾い上げ一枚を破った。
(さて、私が調べているのをマクゼルトが見ているのは――暢気しているからなのか、動けないのか、ですね)
もちろんマクゼルトが動けば、確かめる意味もない。もはや攻撃するか逃げるしか道はない。
紙が触れたところから変色していっている。この変色がどんな効果を持つか分からないが、触れない方が得策だろう。
(攻撃したら、そのまま帰ってくるのでしょうか。”水弾”を石のように撃ってみますか。威力は抑えに抑えないともしもを考えておきましょう)
詠唱し、撃ち出すタイミングを計る。
「ツェッツ」
「あ? ……チッ。分ぁったよ」
片腕のライゼルトに代わり、ウィンツェッツがレティシアの前に立つ。
「何してるんでス。見たでしょウ」
刀を地面に突き刺し、ウィンツェッツは鞘を構える。
「これなら問題ねぇだろ。てめぇがやられたら困んだよ」
「刀の心配なんてしてな…………しっかり弾くんですヨ。足元に飛ぶように角度は調節しますけド、それが確実という保障はありませんからネ」
「ああ」
ウィンツェッツ自身の心配をしたのだが、刀が変色するのを心配したと思われたらしい。これはレティシアと普段から軽口を叩き合う仲だからだが、こんな時に物の心配をするほど、レティシアは天邪鬼ではないのだが。
(レティシアに当たったら治す奴が居らんからな。何より砲撃支援がねぇのはもっとやべぇ。しかし、斬撃ならどうなるんだ。ただ弾かれるだけなのか? それだけなら何とかなるかもしれんが……触れるだけで終わりってのは勘弁しろよ)
ライゼルトも、レティシアとは別の視点から考える。魔法のプロであるレティシアだからこそ、魔法に囚われた見方をしてしまう可能性がある。そんなに偏屈ではないだろうが、念のためだ。
「いきます――よっ!」
石と同じ位置、角度から”水弾”を打ち込む。非常に遅い球だがマクゼルトは避けようとしない。避けるまでもない威力ではあるが。
「そレ、毒入りですヨ」
「阿呆孫に当たる可能性があんのに、あんさんがそんな仕込みするわきゃねぇだろ」
(ご尤も)
(このチビガキならやりそうだなと思っちまったが、流石にねぇか)
全くその場から動こうとしないマクゼルトを不審に思うが、まだ確証が持てない。
「来ますヨ」
「ああ」
再び着弾するかどうかというタイミングで、チリッという音がする。
「……っサボリさン!」
しかし今度は、散弾となってレティシアの方へ飛んできた。
「厄介な魔法使いやがって……!」
マクゼルトに文句を言いながら、ウィンツェッツは”水弾”を弾いていく。上手い事全て弾いているが、鞘の変色は進んでいる。もう少しで、ウィンツェッツの手に当たる。
「焦雷せよ!」
パッと短く光った直後、轟音と共に散弾のような水滴が消し飛んだ。突然の騒音に呆けていた二人を、ライゼルトが引っ張る。そして、ウィンツェッツの鞘を蹴飛ばした。
「手は」
「…………あ゛?」
「手ッ! はッ!?」
「……ああ、問題ねぇ」
ウィンツェッツは聞こえづらくなっているようで、耳を小指で穿っている。
「ふむ」
レティシアは鞘を見ている。ガチガチと音を立て、鞘に亀裂が発生していた。かなりの威力と速度で撃ち返されたが、”水弾”を叩き落したからではなさそうだ。
「風で切れてますね。あの変色は超細かく斬りつけられた事による物だったのでしょう」
「他に分かったか!!」
「私は聞こえてまス」
ライゼルトの大声に、レティシアは思わず蹴りを入れる。ウィンツェッツを蹴り続けたお陰か、ライゼルトにも直撃し悶えさせた。
「痛ぇ」
「だろ」
「石等の物質はそのまま反射。魔法により生まれた物は使用者への反射。その全てが百倍以上の速度と威力で返ってきまス。反射された物はもちろン、反射された物に触れた物、人も風に侵されまス。木材で出来た鞘ニ、まるデ……膿んだような亀裂が入っていまス。石まで変色させり辺リ、刀も例外ではないでしょウ。物であれですかラ、人体となると私では治せませン」
諦めたのか自然体で居る証なのか。暢気な二人にレティシアは、事の重大さを伝えるように捲くし立てる。
”風食”ともいうべきその魔法が”闇”を含んでいるのだろう。反射するのは、そのまま”反射”を使っているのかもしれない。だがその威力が桁違いだ。
「その”風食”とやら、どうにかならんか」
「むしろ”風食”の方がどうにもなりませんネ。”闇”入りですシ」
お手上げとばかりに、レティシアが両手を挙げる。
「”反射”はどうにか出来るんか」
「まァ、そうですネ」
「刀はどれくらいもつんだ」
「回数よりも時間ですネ。触れてから三分くらいでしょうカ」
木材と岩の変色、損傷具合の差から凡その検討をつける。
「しかしそれは折れるまでの予測でス。切れなくなるのはもっと早いでしょウ」
「一分半くれぇにしとくか」
「ああ」
レティシアならば”反射”に穴を開けられる。この”反射”という魔法、かなり集中しなければいけない。
(かといって、動けなくなるほどじゃないんですよね)
ライゼルト達が戦闘を再開させようとしているのを見て、レティシアも詠唱を開始する。結論を出すのは、ライゼルトの策を見てからでも遅くない。