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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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光⑦



「分からず屋」

「ですね」


 アレスルンジュは今、意固地になっている。何故意固地になっているのか、リツカとアルレスィアは分かっているが、アレスルンジュは理解を遠ざけていた。


「あなたは一人じゃない」

「あなたを支える人たちは大勢居た」


 マクゼルト、ゴホルフ、そしてリチェッカ。アレスルンジュの考えに賛同し、手を、知恵を貸した者達だ。悪意となり、アレスルンジュと共に生きてきた者達も居る。


「あなたは恐れた」

「人を信じることを」

「人間を」


 協力者。その全てが人ではない。いくらでも人を利用する事も出来ただろうし、自分の計画に賛同する者達を集めることも出来た。アレスルンジュの力と知恵があれば、国の後ろ盾だって得られただろう。


 なのに、アレスルンジュはその選択を一切取らなかった。


「恐怖は私だ!! 恐れるなど――」


 リツカとアルレスィアの表情を見て、アレスルンジュは口を閉ざす。


 何故そんなにも悲痛なのか、理解出来ない。相手はお互いに許せない存在。非道を行ってきたという自覚はある。”巫女”ならば、有無を言わずに斬りかかってくるはずだ。実際、最初はそうだった。


 なのに何故、今この二人はこんなにもアレスルンジュを哀れんでいるのか。


 リツカとアルレスィアは知っている。アレスルンジュの過去と想いを。アレスルンジュはただの狂った愛憎者ではない。それが分かった。ずっと、ずっと昔から――アルツィアだけを愛した。


 そして”巫女”に、人生を狂わされた一人。


「何も信じていないというのなら、何故リチぇッカにあそこまで愛されてるんですか」

「……ッ」


 二人は”巫女”の使命を果たす。アレスルンジュからすれば児戯なのかもしれないが――それが”巫女”だ。


「あの子は私のありえた未来。あなたの想いを成そうと、あなたの為に頑張ろうとしていた」

「あなたから頂いた親愛に報いる為に。自分の命、魂、全てを賭けたのです」

「今あなたがそんなにも強くなっているのは、リチぇッカの想い」


 リツカにとっては自分の、アルレスィアにとっては愛している人の思考回路だ。良く分かっている。お互い信じ、想いを一つにしていないとあんな行動を取らない。リチェッカはアレスルンジュを愛し、アレスルンジュはリチェッカを愛したはずなのだ。


「あなたの理想は、世界平和ではありません」

「リチぇッカが手伝いたかったのは、世界の管理じゃない」

「あなたがアルツィアさまの傍に居られる世界」

「リチぇッカはその為に、その身すらも捧げた」


 リチェッカの世界は狭い。昔のリツカとアルレスィアのように、閉じられた世界で生きていた。そして、その世界で消えた。リチェッカは世界の広さを知らない。アレスルンジュの叶えたい想いだけが、リチェッカの全てなのだ。


「人によってはそれは、自己犠牲というでしょう」

「でも私にとっては違う。献身。ただ只管に自身の愛を全うする」

「リチェッカは、一人になってほしくないと思っているのです」

「願いを偽らず、発露して欲しいと思っている」


 リチェッカの中に流れているリツカの血は本物なのだろう。ただの、ハイと頷く人形ではない。偽りを嫌い、負けず嫌い。リチェッカはアレスルンジュに――こんな意固地になって欲しくないのだ。


「魔王じゃなく」

「アレスルンジュとして」

「向かって来い!!」


 魔王アレスルンジュを、二人は否定する。そんな者は居ないからだ。あの部屋に行った時から、魔王など居なくなった。でもアレスルンジュは魔王として戦い続けた。リチェッカはそれを――辞めるように言ったのに、だ。


 魔王はもう必要ない。一人のアレスルンジュとして、アルツィアを手に入れて欲しいと。


 もちろん”巫女”二人は、それを阻止する。だけど――魔王のまま(おく)る事はしない。アレスルンジュとしてアルツィアの元に叩き込む。その為にアレスルンジュに自覚を呼びかける。


 例えそれが――アレスルンジュが強くなる儀式であったとしても。


「好き勝手、言うな」


 もう隠せない。アレスルンジュが遠ざけていた、リチェッカの愛と、リチェッカに対する親愛。だが、アレスルンジュの意固地は……五百年物だ。


「個人の祈りなど、願いなど、意味のない物だ。我は生前祈り続けた。だが死んだ。”巫女”にはなれなかった……ッ!! だが、今目の前にあるのだ。ならば――アレスルンジュの願いなど、些細な物だ。我は全てを賭け、平和な世を創る」


 魔王を辞める事を、アレスルンジュは止めない。アレスルンジュとリチェッカの想いがズレていく。しかし、リチェッカは頑張っているようだ。アレスルンジュとしての想いにしがみ付き、力を発揮しようとしている。


「お前達人間はいつもそうだ。想いだ願いだ、などと……ッ! その想いが――あの仕打ちか……! あの頃のことを記した文献、伝えた者、一人でも居たか!!」


 大虐殺は、それを正しい者と思った者達によって今まで語り継がれてきた。だが暗黒期は、全員が沈んでいた時だ。邪教の存在も、アルツィア教の者達は無視した。アルツィアが対応しないのだから、あれもまた正しいのだと。しかし世界は悪化する一方。約七十年、世界は暗く閉ざされていた。


 ではなぜ語られなかったか。それは、この世界の人々の特性故だ。わざわざ嫌な事を思い出そうとはしない。だから……呑まれた。誰も知らない時代となってしまったのだ。


「あの時を生きた者を知る人間は一人も居ない……! 神以外は!!」


 二人に届いたアレスルンジュの感情は――孤独。隣に目を向ければ……一人ではないというのに。


「神の傍でなくていい。神の為になるのなら――!!!」


 アレスルンジュの”闇”が膨れ上がる。リチェッカがしっかりとアレスルンジュの想いにしがみ付けたようだ。


(違う)

(あなたはアルツィアさまの傍に居たいはず)

(神さまに自分だけを見て欲しいと思っているはず)

(そうでなければ――)

(傍で無くていいなんて言葉は……でないから)


 リツカとアルレスィアは、アレスルンジュの欲に火をつけた。悪意の権化だというのに、自身の強欲の一切を隠し続けた者の欲を。


「私達の勝利で、あなたを孤独から解き放つ」

「言ったはずです。人と人の繋がりは切れません」

「あなたも人であると証明します」

「一人ではないと思い出させる」


 魔王等最初から居なかった。


 だけど、アレスルンジュの方法が正しいとは今でも思わない。リチェッカだって許せない。無意味に命を奪いすぎたアレスルンジュ達を野放しには出来ないのだ。

 

「ただの使命感で、私達に勝てると想わないでください」

「私達は、使命感じゃない」

「この世界を本当に――」

「愛している」


 救わなければいけない、ではない――救いたいのだ。


 意地の張り合い。二人はこの戦いをそう呼称した。二人の意地とは救いたいという想い。


 ではアレスルンジュの意地とは何なのだろうか。世界平和? 私の傍に居る事? それとも――アルツィアを手に入れる事、だろうか。


 アルツィアは――私は想うのだ。アレスルンジュの意地が、個人的であって欲しいと。


 どんな決意、理想、役目があろうとも、アレスルンジュが行った事は悪だ。だからこそ……個人的な理由で戦って欲しい。これは私の願望なのだろう。私を理由にせず、自分の意志と想いで戦って欲しいというのは。


 私も人並みに、逃避を行うらしい。これもまた人に近づいた証か。人の心は儘ならないな。


 私を巡って、多くの争いが起きた。神という存在は、人に存在を悟らせるべきではなかったのだろう。いや……もう、手遅れか。こんなにも不安定な世界しか作れなかった私の力不足が悪いのだ。


 不安定で、”森”や”巫女”に頼らなければいけない世界だけど――私はやっぱり、好きだ。


「もう少し、頼らせて欲しい」


 愛しの我が子達――。



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