光⑥
(やはり効果が上がっている。あれを受けるのは拙い。今の我でも数回受ければ倒れるだろう)
アルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を冷静に分析する。
(周囲の”闇”と共に、悪意も払われたのか? 憑依前の悪意は浄化出来なかったはずだが、これが本来の力か)
悪意に対し絶対の効果を手に入れた。この効果はアレスルンジュ本人に体感させたかったのだが、分析の機会を与えてしまったのは誤算だろう。
それでも二人に、後悔は無い。人々から安堵が聞こえるのはまだ先だろうが、まだ戦っている者が居ると知らせる事は出来たはずだ。
(赤の巫女の連撃と、巫女の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】に気をつければ良いな。今の我ならば削れる事は分かった。突破出来るのならば勝てる)
勝利の道筋が立ち、アレスルンジュは決めに掛かろうと行動を起こそうとしている。早急に巫女二人を向こうへ送り、”巫女”の座を手に入れた後、計画を再開しなければいけないからだ。
「リチぇッカの想いが、こんなにも強いなんて……」
「リッカと同じと考えれば、納得してしまいますね……」
「私の誇りではあるけど……複雑かも」
「その想いを独占出来る人は幸せ者です」
「幸せ?」
「もちろんですっ」
アレスルンジュが考察している間に対抗策でも練っているのかと思えば、巫女二人は睦み合っていた。もはや怒りも起こらず、アレスルンジュは二人を無視して飛び掛る。
「いけますか?」
「当然だよ。私とリチぇッカ、どっちがより深く想ってるかの勝負なら――負けない」
そう宣言したリツカが、アレスルンジュと再び切り結ぶ。しかし――。
「――っ」
「ハッ!」
アレスルンジュが嗤う。金属の折れる音と共に、リツカの剣が折れたのだ。
「……」
「負けないんじゃなかったのか?」
集落から今まで、ずっと想いを共にした剣が、折れてしまった。返す約束をしていたのだが、こんな形でも許して貰えるだろうか。と、リツカは場違いな心配をしている。
アレスルンジュには、それが諦めにも聞こえた。
「体術でかかって来るか」
リツカが静かに剣を鞘に収め、アルレスィアの横に突き立てる。
「剣が折れても、その剣に込められた想いは折れてない」
「強がっても、お前にはもう武器等――」
アルレスィアがリツカに何かを手渡した。それは、戦いが始まる前にリツカが手渡していた物だ。
「繋がる想い」
「繋がる心」
刀の柄をバトンのように回し、刃もないのに正眼の構えを少し崩したような体勢で構える。
「私の手に剣を」
「あなたの手に光を」
捧げるように持ち直し、刃があるはずの部分を撫でる動作をすると、薄っすらと光が零れ始める。
「強き想いを胸に宿し」
「深き想いを胸に抱いた英雄よ」
「「光輝せよ――!! 【フラス・シュウィア】」
眩い閃光が、アレスルンジュを数歩下がらせ、目を瞑らせる。
(何だ……! この、光――アン・ギルィ・トァ・マシュではないのか……ッ!?)
それを疑ってしまう程、強い光を放っている。アレスルンジュの悪意を削っていく光。その光が弱くなり、目を開けると――。
「何だ。それは――ッ」
「私の高純度の”光の剣”を」
「私の”抱擁”で刃にした」
眩い光を放っている刀身が、柄だけだった刀に生まれていた。それは、確かな質量を持っているのか、揺らめいていない。
ずっと込めていたのだ。リツカから柄を渡された時から、アルレスィアは魔力を柄に込めていた。
「あなたと」
「あなたを勝たせたいというリチェッカの想いは」
「私達の想いと似ている」
「でもあなたは気付いていない」
リツカが再び斬りかかる。何度やっても同じ事だと、アレスルンジュは冷静に構えた。リチェッカの記憶とゴホルフのデータにより、リツカの動きは丸分かりだ。
「気付いていない? それはお前達だ。何度言葉を重ねようとも、お前達が神を蔑ろにしている事に変わりは無い。悟れ」
巫女二人の言葉は、アレスルンジュには響かない。”巫女”で、”神化”をしても、人生経験の少ない二人で在る事に変わりない。
人の感情に敏感で、人よりも人を理解出来るかもしれないが、五百年の時を過ごし魔王となったアレスルンジュにしてみれば赤子のぐずりと変わらない。
(立て直した赤の巫女は、正面から来る場合と陽動を入れて後ろに行く場合が主だ)
殺気の篭ったリツカの刀身が、アレスルンジュの正面から振るわれる。ここから瞬間移動の如き速度で背後を取るかもしれないが、アレスルンジュは槍を横薙ぎに振るう。ランスの如き槍は、横薙ぎであっても鈍器のように殺傷力をもっている。アレスルンジュならば尚更だ。
速度や切れ味といった技はリツカに軍配が上がるとアルレスルンジュは認めた上で、腕力は上だと確信している。リツカは避けると読み横薙ぎを外した勢いで後ろに突きを見舞うイメージをした――。
「――シッ!!」
陽動などない。リツカは正面から刀を振る。それならばと、アレスルンジュも横薙ぎでリツカの横腹を狙う。
(”守護”の硬さ、挙動も分かった。この槍を防いだ瞬間、隙間から”闇”を打ち込む)
二人の武器が交錯する。力で勝るアレスルンジュの横薙ぎがリツカの刀に触れる。リツカの攻撃は弾かれ――ず、めり込んだ。
「――ッ!?」
アレスルンジュの槍には、空を覆った”闇”や、リツカを消滅させた”闇”と同等の物を込めている。そしてそれをアレスルンジュ自身の魔力と悪意で槍としているのだ。
「――シッ!!」
槍を切上で両断し、返す刀で袈裟斬りを見舞う。
アレスルンジュは目を見開き、何が起きたか分からずに自分の体に触れる。斬られているはずなのに、何も起きない。自分が斬られた事に気付いていないという事もない。
「な、にが」
カラ、と地面の瓦礫が音を立て、後ろへ転がった。アレスルンジュは思わず目で追ってしまう。体毎後ろを向こうとした時、体の内側から何かが溢れそうになってくる。
それは――生前、僅かな時間であったが感じていた温かさ。
「これは――」
悪意で出来ているアレスルンジュは、その温かさを持ち得ない。捨てたのだ。愛情を。なのに、溢れてくる。
「――ッ!!」
自らの胸に手を突き入れ、心臓を握り潰す。それが合図となったのか、アレスルンジュの体が塵となって後ろへ吹き飛んだ。
リツカとアルレスィアは戦闘態勢を解いていない。まだアレスルンジュは生きている。
「……何をした」
時間を逆再生したように、アレスルンジュが戻っていく。
「”光”で斬った。それだけ」
「何度も受けている。あのような……現象を引き起こす力など無いはずだ」
リツカの斬撃で愛情が生まれたと思っているアレスルンジュは、リツカを睨み付ける。
「やっぱり気付いてない」
「私達の”光”にそんな効果はありません」
「希望の感情を増幅させる事は出来る」
「ですけれど、何も無い感情を植えつける事なんて出来ません」
二人の”光”ではないという。アレスルンジュは理解出来ないと、眉間に皺を寄せた。
「あなたは今泣いている」
「何を……」
アレスルンジュから涙は流れていない。もしそれが枯れているというのなら何時枯れたのか。生前、あの時……両親によって命を奪われた時だろう。
「リチェッカの想いも流れてきたはずです」
「あなたはその時から泣いている」
先程と一緒だ。アレスルンジュはそれを、下らないと吐き捨てる事が出来たはずだ。なのに、聞き入ってしまう。
溢れた感情は――自分自身に残っていた物だと、気付いてしまったから。
「あなたはリチェッカを愛していたんですよ」
「そんな言葉に、惑わされると思うなッ!!」
核心を突いたアルレスィアの言葉に、アレスルンジュは魔王に戻ってから初の、生の感情を見せる。
「我の意志は、数千年を生きたあの者達よりも強いッ!! リチェッカ一人の想いで……私が揺らぐと思うな!!」
ドラゴンよりも強く、硬い想いで今此処に立っている。アルツィアからその想いも認められ、チャンスも貰った。今さら、愛だ何だといった言葉で揺らぐ訳にはいかない。