光⑤
(太陽が……)
(すぐにあの闇を晴らし――)
「今の我には分かる。お前達の魔力の流れが」
アルレスィア達の行動は、アレスルンジュの声に止められる。
二人の前で、この程度の闇は闇ではない。お互いの姿はしっかりと見えている。が、他は違うだろう。すぐに”闇”を消し飛ばさなければいけない。なのにアレスルンジュはそれをさせてくれない。視線で此方を縫い付ける。
リチェッカの力だろう。リチェッカというより、リツカの、か。魔力の流れを感じ取る事が出来るようになったようだ。それだけでも厄介なのだが、アレスルンジュはそれを最大限活用するだろう。
「お前達――詠唱を必要としないな」
詠唱せずとも、二人は魔法を使えるようになっている。それは、神の部屋で確認している。
もちろん詠唱は存在し、”神化”した二人だけの魔法には名前もある。詠唱しても良いのだが、それはロスだ。対アレスルンジュで、詠唱の差は如実に現れるだろう。
なのに、二人はあえて詠唱をする。
「言ったはずです」
「私達は人として」
「あなたを倒すと」
詠唱なしは人に許された力ではない。人として戦うと宣言した二人は、詠唱なしで魔法を使わない。たとえそれが不利になろうとも、人として戦う。
「我も言ったはずだ。お前達は”巫女”だと」
「そうです」
「私達は”巫女”」
「アルツィアさまの使徒です」
「だから――神さまの想いを遂げる”お役目”がある」
お互い、神の為に”巫女”であるべきと考えている。しかし、アレスルンジュと巫女二人の”巫女”観は違う。
「人は決して、管理されるだけの存在ではない」
「人の強さを教えて上げます」
「よかろう。そのまま人として死ね」
魔王が消え、リツカの目の前に現れる。しかしリツカはしっかりと見えていた。
「――フッ!!」
刺突。リツカならば避けられるが、弾く事を選ぶ。今のアルレスィアならば大丈夫だが、リツカの体はこの場面で避けるように出来ていない。
顔への刺突を弾く。しっかりと槍先は逸らした。なのに――。
「つ――っ!?」
リツカが後ろに吹き飛び、転がる。アルレスィアがリツカを止め、体勢を整える手伝いを行う。
「リッカっ」
「あ、ありがと……」
アルレスィアに抱き止められるまで、リツカは自身に起こった事を理解出来なかった。
アルレスィアも防御に参加した。アレスルンジュが何処を攻撃するか読んでいたから出来た芸当だが、アルレスィアの顔にも驚愕が浮んでいる。
「三段突き……? けほっ」
思い出されるのは、剣を学んだ者ならば誰もが耳にする男。三度の突きを同時に繰り出したとしか思えぬと言われた神速の剣。まさにそれを受けたと、リツカは思った。
「三回突きを行うと読めましたが……”守護”の感触では同時としか、思えませんでした」
「だ、ね。顔のは弾いたのに……」
一度目を払おうとも、二度三度と同時に繰り出される突きを止めるのは難しい。しかもその威力は、”守護”を受けたリツカが後ろに吹き飛ぶ程。剣の腹で受ければ、剣は折れる。
行われたのは顔、喉、腹への三回。顔への攻撃は剣で逸らしたが、リツカからは他が見えなかった。
(アリスさんが喉を守ってくれなかったら……)
アルレスィアが喉を守った。しかし、腹への攻撃は時間差が一切なかった為間に合わなかったのだ。翼により防ぐ事は出来たが、新たに血が滲んでいる。翼を貫通したようだ。
「……」
アレスルンジュが槍を振ると、土埃と一緒に魔力が奔流となり襲い掛かってくる。リツカとアルレスィアが並んで立っている今がチャンスだが、アレスルンジュは踏み込む事が出来ない。
アルレスィアの守りは鉄壁。自身の攻撃を完全に防いでいる。三段突きも、二度目は止められる可能性がある。今踏み込めば、どんな神速であってもリツカの反撃を受けてしまう。
自身の槍は神速だが、リツカの剣もまた神速。
今の二人が、同時に放たれたと言う三段突き。もはや本物だろう。模倣ならばリツカは止められるのだから。
「三回で終わると思わぬ事だ」
(……だろう、ね)
アレスルンジュには余裕がある。まだまだ手数を増やせるだろう。アルレスィアの”守護”は完璧だが、あの突きを連続で受ければ壊れる。
(やっぱり、こっちから攻める――!)
アルレスィアが頷いたのを感じて、リツカは走り出す。一歩目から最高速。活歩にて飛び出すリツカは、魔王の一歩より速い。
こればかりは、アレスルンジュでも見切れない。だが――それを一番理解しているのは本人だ。
アレスルンジュの死角に、音も無く現れたリツカは剣を振る。避けられるのを前提にしている為、どちらにも動けるように足は地面についている。それが……罠。
「っ!?」
「存外、忘れやすいな。数日前の事であろう」
(これ――)
リツカの足が、何かに吸いつけられたように動かなくなる。更に、”闇の剣”が地面から神速で射出された。それをリツカは弾く。しかし――。
「――フッ!!」
アレスルンジュの神速突き。それが、動けないリツカに何度も見舞われる。今度は三度どころの数ではない。
「っ……」
心臓や肝臓、顔や脳、首といった急所を狙う突きを選んで弾く。【アン・ギルィ・トァ・マシュ】も防御しているというのに、急所を守るのが精一杯だ。だから、それ以外はアルレスィアの”守護”が担当している。だが……ピンポイントで守れる数ではない。リツカの全身を守らせる為、集中している。
手を振る指を上げる等の動作が必要だったアレスルンジュや”魔王化”したリチェッカの”闇”の魔法は、今や予備動作を必要としていない。無条件で発動しているようだ。
突きだけでなく、”闇”の魔法まで攻撃に参加している。完全に、リツカは釘付けとなっていた。
(詠唱なしという意地を張ってるけど……アレスルンジュを嘗めてる訳じゃない……! 完全に失念してた……この、縫い付ける魔法を……!!)
後ろに吹き飛ばされる程の突きだ。後ろの壁や、遥か遠くに見える岩が砕け散っている。それを縫い付けられたまま受けているのだ。流石にダメージが蓄積されていっている。
(これ以上は――――っ)
自分の危機だが、リツカに過ぎったのは別の”胸のざわめき”。
「アン・ギルィ・トァ・マシュ!!」
翼の片方が眩い光を起こし、一直線に飛ぶ。
翼を一枚無くした事で自分が窮地に陥るが、リツカは辛うじて防いでいる。しかし、体が削られていく。その削られる度にアルレスィアの”守護”で治る。損傷と治癒を交互に繰り返す。血はもちろん流れる為、体力の消耗は避けられない。
愚かな行為だとアレスルンジュが一笑に付すかと思えば、そうなる事を読んでいたように満足げだ。
「っ……!」
射出した翼は、アルレスィアを包み込む。足元もしっかりと、だ。その直後、複数の衝撃が翼を打ちつけた。
「”闇”……?」
「の針だ」
まるで雨のように、アルレスィアを守っている翼に振ってくる。この細かい”闇の針”……見えない。リツカの目をもってしても、何かが通ったと思った時には当たっている。
細さは髪の毛のようだが、破壊力は”闇”だ。これから先、アレスルンジュが繰り出す攻撃全てが”闇”と同威力と考えるべきだろう。
(こんなに細いのに……!)
(私の”守護”も……軋んでいます……!)
二人の絶対防御とも言える、”守護”と翼。しかし軋んでいる。この針、今はまだ二人にしか降っていない。
(この”闇の針”……空からだから)
(やるしかありません――!)
(うん……! 各戦場も、この暗さで混乱してる……から!)
もしこの針が、空に広がっている”闇”から降っているのだとしたら――他の場所に降らせる事も出来る。この”闇”により太陽が失われ、ただでさえ人々は怯えている。その”闇”から攻撃されると知られれば更に怯えるだろう。
これ以上、人々を不安にさせる訳にはいかない。アレスルンジュの力になるからとか、そんな事はもはや関係ない。希望である二人がやるべき事は、最初から――旅を出た時から決まっているのだ。
「光の炎、光の刀、赤光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる! フラス・フラス。光をのみ込む光よ、私を照らせ! ルート・ルート。白を包む赤よ。私と共に――強き想いを胸に抱いた英雄よ、顕現せよ!」
「扱いやすい小娘達だ」
「回数制限はもうない……!」
「だが疲労はするだろう」
この状況を打開出来る、一撃の魔法。そうなるとアルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】しかない。アレスルンジュは狙ってこの状況を作り出した。
「私の想いを受け、私の敵を拒絶せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
それでも、隕石の時もそうだった。リツカとアルレスィアに、ここで止まる理由がない。
人々の希望たる”巫女”。その想いは――本物だから。
もうアルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】に決まった形はない。だがここはあえて、巨大リツカを選択する。その大きさは、今までで一番大きい。出来るだけで遠くまで、リツカ健在を知らせたいからだ。
だが、”闇”が濃いのだろう。レティシア達にしか見えていない。それでも闇を晴らす一撃を――翼を携えた巨大リツカは放った。
居合い一閃。全ての力を込めた一撃は斬撃となり天へと昇る。撃ち切った巨大リツカは消える前に、納刀した。澄み切った音が聞こえ、リツカとアルレスィアを襲っていた”闇”の数々が払われたのだ。
リツカはアレスルンジュから離れる事が出来た。一度アルレスィアの所に戻り、翼を回収する。仕切り直しを告げるように、太陽が燦々と戦場を照らし始めた――。