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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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光④



 ”闇”を、”光の領域”で受け流していた二人。晴れていく”闇”に目を凝らすと……一人は二人へとなっていた。


「……リチぇッカ」


 リツカが、相手の名前を呼ぶ。因縁のある相手だ。もはや、他人とは思えないほどに。


「やほ。とらうまはこくふくした?」

「……どうかな」


 恐怖心は克服したと、アルレスィアからお墨付きを貰った。しかしアルレスィアに変化されたら、攻撃出来るだろうか。それは実際に戦ってみない事には分からない。


「そか。もういっかいしたかったし、みこにふくしゅーしたかったんだけど――またいつか、だね」


 巫女二人は、そのいつかがいつ来るのか、と聞きたかった。


 散々一人と言っていたアレスルンジュが、リチェッカと共闘するとは思えない。ならば何故リチェッカを呼んだのか――。


「かちたいんだね」

「……」

「いいよ」


 アレスルンジュの手が、リチェッカの顔に伸びていく。巫女二人は、それを眺める。止める事は出来た。だけど、止められなかった。リツカもアルレスィアも、リチェッカの儚げな笑顔を見てしまったから。


「戦いが終われば戻す」

「うそつき。そんなことできないくせにー」


 たいして気にしていないと、リチェッカは微笑んだままだ。そうなる事を望んでいたという表情にも見える。


「あれす。かたないとおこるからね」

「無論だ」

 

 リチェッカかの体が薄っすらとしていく。それに比例して、アレスルンジュの掌に濃い、黒が吸収されていっている。


 アレスルンジュは今――リチェッカの全てを吸収している。悪意も技術も魔法も、記憶も想いも、リチェッカという存在を自分に取り込んでいる。


 自分が消えていくというのに、リチェッカは穏やかだ。


 魔王の姿ではなくアレスルンジュの姿なのは何故なのか。今まで何が起きていたのか。何故勝ちたいのか。自身を取り込むに至ったのは何故なのか。全て理解している。記憶を読むまでもない。リチェッカはアレスルンジュの想いを知っている。


「べー」

「……」

「っ」


 リツカ達の視線に気付いたのか。リチェッカがあっかんべーと舌を出す。


 最期まで笑顔のままだった。アレスルンジュの力になれる事が嬉しい。やっと願いを叶えられる。ちゃんと願いを叶えて欲しい。何より、勝って生きて欲しい。


 リチェッカは最期まで、アレスルンジュの為に生きた。


 リツカは複雑な表情で最期を看取り、アルレスィアは思わず視線を逸らしてしまいそうになるが、最期まで見ようとした。


「――――」


 アレスルンジュが自身の変化を確かめる。リチェッカの技術と魔法が自分の物になっていくのを感じているようだ。


「そこまで、して」

「――勝たねばならぬのだ。何があろうとも。何をしようとも」


 妙な静けさが魔王の城に流れている。リツカが消滅したと世界が思った時と、同質の静けさだ。


 僅か、一月程度だ。リチェッカは生まれた。魔王の後継者となるべく生まれた。リツカの体と顔をし、リツカとアルレスィアの魔力で命を吹き込まれ、子供達の魂で急成長させられた少女。


 決められた人生を送る為に生まれたが、リチェッカは楽しんだ。毎日教えられる戦闘技術。魔法技術。魔王の性質を操る訓練に、”魔王化”の訓練。城から出られるのは、ゴホルフが付き添っている時だけだったが、それでも良いと思っていた。


 リチェッカはただ――楽しんだ。




 講堂でも、リチェッカが消えた事は分かった。レティシアは、リツカに似た魔力が消え去ったのを感じ、マクゼルトやライゼルトは気配から感じ取った。


「……」


 マクゼルトはじっと、玉座の間方向を見ている。後姿ゆえに、どのような表情をしているのかは分からない。だが、その背は寂しそうに見えた。


「馬鹿が」


 誰に言った言葉なのか、マクゼルトがぼそりと呟いた。


 リチェッカが何故消えたのか、マクゼルトには分かったのだろう。急に高まった魔王の気配が物語っている。


 本当の親子のように見えた事もある。あの二人が選んだ事なら、外野の自分が何かを言うのは違う。そう思いながらもマクゼルトは、呟かざるを得なかった。


 何だかんだで慕われていた。殺風景で、無駄に広く静かな城。そこを元気に駆け回りながら、暇があれば戦えとやかましい少女。ゴホルフの研究を邪魔したり、物を壊したり、我侭も多かった。


 だが、ゴホルフもマクゼルトも、そんな無邪気なリチェッカの事を――気に入っていたのかもしれない。


「良かったな。あの大馬鹿は消えたぞ」


 後ろを向いて呆けていたマクゼルトに攻撃しなかった愚かな三人に声をかける。攻撃すれば良かったんだといった意味合いも含まれているようだ。


「……馬鹿親父が」

(生き様まで、リツカお姉さんっぽいんですね……)

「チッ……」


 三人にとっては、リチェッカの存在が一番のネックだった。第二の魔王という呼称は的外れでも何でもなく真実だった。その障害が無くなったのは喜ばしいのだろう。


 だが、三人は素直に喜べなかった。


 ライゼルトとウィンツェッツは、マクゼルトの寂しそうな表情を見て。レティシアは、リチェッカが自分で選んで消えたのだと理解して。


 その生き様が余りにも――リツカに似ていたから。



 アルレスィアはリチェッカを嫌っている。リツカを追い詰めたし、リツカをどことなく彷彿とさせるからだ。


 だけど、嫌っているからこそどうしても……愛しているリツカとの類似点に気付いてしまう。


「……」


 リチェッカが消える様は、リツカ消滅時に似ていた。自分の愛する者の為にその身を捧げる。全ては、生かす為に。


 だけど、似ているだけだ。リツカはもう、犠牲になろうとはしない。


「お前達はいつも、そうだった」


 手を強く、グッと握るアレスルンジュ。すると背中から、悪魔のような羽が生えた。リチェッカの時は以前のリツカと同様魔力の塊だったが、今は実体を持っている。


 リツカとアルレスィアの状態が”神化”ならば、アレスルンジュのは――”悪魔化”といった所か。


(魔王自身が使うと、そうなるんだ)

(リチェッカの時より、どうですか)

(強い、ね。でも私達とは違うから、無理してる感じ)


 アレスルンジュから視線を外さず、二人は心で会話する。アレスルンジュを無視している訳ではない。”悪魔化”したアレスルンジュは、二人と同様別人のように強くなったからだ。


 ただそれは、自壊する危険を孕んだ融合だ。


(しっかり融合すれば――そんな事ないと思うんだけど、ね)


 意味深な言葉だが、アルレスィアには全て伝わっている。リツカの怒りも。今のアレスルンジュが、どういった精神状況なのかも。


「リチェッカは敵だろう」

「他人って思えない」

  

 リツカにしてみれば自分のクローンだ。それに、クローン以上に自分に似ている。以前の自分ならば、アルレスィアに吸収される事で勝てるとなれば同じ事をしたかもしれない。


 それは過ちだ。アルレスィアはそれを望んでいないし、自分も本心から望んでいる物ではない。今のリツカは、泥水を啜ってでも生き延びる為に思考を巡らせるだろう。一秒でも永く、愛する人と共に生きたいからだ。


 だから余計に、リツカの怒りは強い。リチェッカの想いまで流れ込んできているはずなのに、そしらぬ顔で本音を隠し続けるアレスルンジュに対して。


「では、断罪するか?」

「そんな事しない」


 自身で生み出し、自身の都合で命を奪ったアレスルンジュは、リツカとアルレスィアに問う。


 しかし二人は、その事に対して怒っている訳ではない。


「私達はあなたを倒した後、リチェッカもマクゼルトも倒す予定でした」

「だから、リチぇッカの死には何も言わない」

「ですけれど」

「リチぇッカの想いに対しては、言わせて貰う」


 過ちではある。だけど、その根底はリツカと一緒だ。ただの自己犠牲ではない。それをアレスルンジュは分かっているはず。リツカ達は逆に、問わねばならない。


 しかし――。


「やはり甘い」


 二人を、甘いと斬り捨てる。


「力なき者の怒りなど、戦場では無駄な感情だ。それを糾弾するなど甘さ以外の何物でもない」


 ”神化”前と変わりなく、人の想いに敏感な二人。アレスルンジュは強い眼光で睨み付ける。 


「使命感の欠片も無い。役目を果たす為に立っているのだろう」


 ”お役目”。魔王を倒し世界を救う。今やそれは、どちらの世界を選択するかという話になっている。


 だが、巫女二人の役目は変わっていない。ならば敵の状況に左右されずに居ろという、叱責だ。


「敵の想い等に感情を荒立てるな。神の代行者として真の力に目覚めたのなら、悠然としていろ。これ以上我を失望させるな」


 ”巫女”となりアルツィアの力になりたいアレスルンジュは、今の二人がただの小娘にしか見えない。


 世界を楽しみ、旅を楽しみ、敵の想いに感情を左右され、揺らいでいる。それはアルツィアに対する不義。アレスルンジュはそう思っている。


(我がなりたかった”巫女”の最高峰が、そんな小娘であって良い訳がない。ただの小娘で良かったのなら、私であっても――)


 ”闇”が再び広がり、空を覆っていく。アレスルンジュが何かを隠すようだ、と二人は思った。


 アレスルンジュとリチェッカ。もどかしいと感じながらも二人は、戦闘態勢を整える。話している場合ではなくなったからだ。


 何故なら”闇”は広がり続け、世界から――太陽の光が消えたのだから。



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