光
「ん?」
「っ」
立ち上がろうともがくレティシアと、それを眺めるリチェッカが何かに気付き顔を上げた。
「まっくー。かえってきた」
「何処行っとったんだ……ったく」
「いってきていいかな」
「まァ、待て。あいつから連絡が来んだろ」
「はーい」
魔王が戻って来たという事は、ライゼルトとウィンツェッツも分かった。しかし手を止める理由にはならない。二人はマクゼルトに斬りかかる。もはや攻撃を受けずに軽がると避けているマクゼルトは、少しガッカリしたという表情でリチェッカと話している。
「代わるか?」
「んー。いまのふたりはいいや。たちなおったらおしえてね」
「ああ」
ただの遊びと思っているリチェッカとしては、楽しむ間もなく殺せそうな二人は戦っても楽しくないという意味なのだが、戦う価値もないと言われた気がしてライゼルトとウィンツェッツは歯を軋ませた。
「チビ……! 魔王だけなのか!」
「……」
レティシアは無言で頷いた。アルレスィアの魔力を感じない。リツカが命を賭して守ったのに、とレティシアは涙を溜める。
「これからの世に英雄は要らん。むしろ、変に希望がある方が争いを生む。分かるだろ? ライゼ」
「ああ。俺だけは絶対に殺すって事だな」
「そうだ」
魔王の統治が始まった瞬間は、どうしても反発があるだろう。抑圧された世界など誰も望みはしない。その時ライゼルトのような英雄が居ると、人々は希望を持つだろう。そして、反抗する。
「ツェッツはどうすんだ」
「力は申し分ねぇが、知名度が低すぎる。問題ない――と言いたいとこだが、手懐けるのは無理そうだな」
二人共殺す、といわんばかりにマクゼルトは睨む。
「お前達がこちらに付くってんなら生かしとくが」
「ほざけ」
「赤ぇのの仇なんぞ関係ねぇが、お前等の平和ってのに魅力を感じねぇ……!」
良く戦えている方だが、二人の気勢にも翳りが見えてきた。マクゼルトとリチェッカを奇跡的に倒せたとして、魔王は――。
「……?」
レティシアが顔を上げる。ライゼルト達はレティシアの行動の意味が分からなかった。だが、困惑と――何処か、期待しているような瞳をしているのは見えた。
「なにか、くる」
リチェッカも気付いた辺りで、その場に居る全員も気付く。そして一斉に、玉座の間を見る。
(この感覚、何処かで)
(何処だ……思い出せん)
「神誕祭……」
レティシアが呟いた言葉で、ライゼルト達の考えも至る。
「アルツィア様の……でも、少し……」
(リツカお姉さんと、巫女さんが混ざってるよう……な?)
レティシアの期待が確信へと近づいている頃、王都の南側でも変化が起きていた。
「何だ。ありゃ」
「わ。だれかのまほーかな?」
その変化は、魔王の城からも見えた。
最初に気付いたのは、マクゼルトとリチェッカだ。アレスルンジュの様に神に執着している訳ではない二人は、早々にレティシア達の方へ向き直った。すると、見えるのだ。”神林”の方角で――”光”の柱が天を突いているのが。
「神が見兼ねたか……?」
「干渉できないかラ、二人に頼んだんですヨ」
今まで立つ事すら出来なかったレティシアが、立ち上がる。
「何にしても――座ったままなんて、失礼ですね」
レティシアの瞳に再び、力が戻る。
(私が二人を信じないで……どうするんです)
あの二人が、タダで負けるはずが無い。まだ未来への”光”は――光り輝いている。
”闇”の時同様、”光”の柱もまた、世界中の人々が見た。
「……」
「エリス……」
エルタナスィアも、膝をつき俯いていた。
技術や特異な能力で勘違いされるが、リツカは戦士と呼ぶには優しすぎる。巻き込んでしまったという気持ちは、エルタナスィアにもあった。
負い目というのなら、エルタナスィアもそれを感じている。何より、リツカの本当に気付く前とはいえ、必要以上に背負い込ませてしまった。
「長、エリス様」
「すまぬオルテ。皆への説明を任せても――」
「いえ……”神林”が……」
「……? な――」
落ち込んでいた二人は気付いていなかったが――”光”の柱は”神林”の中が発生源のようだ。
「何が、起きて」
「……これ」
エルタナスィアが持っている、リツカのイヤリングも光っている。そして、温かいのだ。
「リツカさん……アリス……」
エルタナスィアは、リツカ達が戦っているであろう北を見て祈る。その時――魔王城でも、”光”の柱が天を突いた。
各所で二つの”光”の柱が目撃される。どちらも、仄かに桃色をしている。隕石や禍々しい”闇”とは違う、どこか温かさを持った神々しい光がそこにはある。
王国や共和国の者達、特に今年の神誕祭を経験した者達は神が再び降臨したのかと思った。”神林”の方角だし、隕石を壊した光にどこか似ていると感じたからだ。
だけど、二人を知っている者達は違う。その仄かに桃色の温かい光は、覚えがある。聞いている二人の魔力色とは違うが、間違いない――。
「派手な復活だな」
玉座の間にて二人を静かに待っていた魔王、アレスルンジュが目を開く。既に平凡な男の姿ではないが、魔王としてそこに立っている。
「己の力らしいが、所詮は神の恩寵。噛み締めよ」
二本の”光”の柱が消えていく。そして玉座の間に――リツカとアルレスィアは、降臨した。
「自分だけの力だなんて、思った事はない」
「私達はいつだって、支えられてきたのですから」
アレスルンジュにも、リツカの翼が見える。魔力の塊であるはずの翼が見えるという事は、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】としての真価を発揮しているのだろう。もはや不確かな翼ではなく、遥かな未来へと飛び立つ為の翼として。
「もう一切の手加減はせぬ。我の全てを賭けお前達を屠る。全ては神に、我を捧げる為にッ!!」
闇の衣が爆ぜ、黒いドレスのような服を纏ったアレスルンジュが咆える。目の下に隈を作り、常に思い詰めたような表情をしたアレスルンジュは、”闇”の槍を手にリツカへ向かって行く。
「武器も無く、この我の本気――受けられるか!!」
刀は”闇”により消滅した。残ったのは、核樹の柄のみ。リツカは柄をアルレスィアに託す。一歩下がり、杖と一緒に柄を握りしめたアルレスィアは、瞳を白銀で煌かせた。
「武器ならば」
「ここに在る」
リツカの手が、自身の腰に伸びる。いつもリツカと共に在り、アルレスィアを守ってきたそれを握り――抜き、放つ。そしてリツカの瞳も、赤で煌いた。
「赤の剣に光を!!」
「強さを……!」
「抱擁を以って包み込み!」
「私の想いを――果たす!!」
「ッ……!?」
詠唱なのか、ただの想いの言葉なのか、アレスルンジュには区別がつかない。しかしその言葉には力が込められている。リツカが抜き放った剣に、二人の魔力が巻き付いて行く。赤と白が混ざり合い、桃色へと輝き変わっていくのだ。
剣をくるくると玩び、リツカが構える。そして――二人で告げる。
「「現出せよ……! 赤白の慈愛! 【ルート・ヴァイス=ツィナン】!!」」
まるで【アン・ギルィ・トァ・マシュ】のような詠唱を紡ぎ、その名を告げた。リツカが持つ集落の剣が、煌々と――桃色の”光”を纏っている。
「フッ――!!」
アレスルンジュにも何故か見える、桃色の”光”。アレスルンジュの脳は警鐘を鳴らすが、構わず突く。
「――シッ!」
カウンター。リツカの剣は真っ直ぐ、アレスルンジュの首へと伸びていく。防御はアルレスィアの想いがたっぷりと篭った翼が担う。リツカを守り、ほんの少し槍の軌道をずらす事が出来た。
神の如き力を持ってしても、その程度の変化しか出来なかった事は驚きだ。しかし、アレスルンジュからすれば目を見開くほどの光景だった。
剣が首に届くまでの刹那の時間、アレスルンジュは弾かれた槍と共に体が流れる。魂を込めた全力の突き。弾かれるはずのない、強固な想いも込めた。なのに、リツカを再び消滅させんと突き出した槍は――リツカに掠り傷しか負わせる事が出来ない。
「……ッ!」
リツカの振るった剣が、アレスルンジュの首を捉える。ただの剣戟とは思えない衝撃波が、眩い閃光となり煌く。
リツカはそれで止まらない。追撃の蹴撃を見舞う。
しかしアレスルンジュが腕を振る。”闇の矢”が降り注ぎ、リツカとアルレスィアを襲い始める。しかし二人に当たる事はない。リツカの翼が大きくなり、二人を守っている。
だが、リツカの蹴りを避ける隙を作ることは出来たようだ。
アレスルンジュがリツカの攻撃から逃げる行動を取るのは、初めての事だった。