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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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対談⑤



「我は、貴女に会うためだけに……認めてもらう為だけに、生きてきました。何度も”神林”を探ろうとしました。でも、悪意である我は見ることすら出来なかった……ッ! だから、待ったのです……」


 ”巫女”から攻めて来る。その可能性に賭けたのだろう。アレスルンジュは世界が自分の所為で終わりに向かっているのを知っている。だから、それを止める為に動くかも、と考えるのは自然だ。


「その間も……何度も”神林”に向かおうとしました。先代国王の愚者を利用して”神林”を見ようともした……でも、悪意が”神林”に向いた事で、気付いたのです。我の力の方が上回ってきていると……ッ。アルレスィアの存在も、その時に知りました……!」


 アルレスィアの存在を知り、討伐に動き出すかも、と思ったようだ。


「世界の意志で生まれた存在という事らしいですが、所詮は色恋沙汰に脳を犯された色情魔にして、我を倒すという役目を蔑ろにした落第者……! 貴女の想いを……平和な世界を実現出来るのは我だけだ!」


 確かに、皆が平和に人生を送ってくれるのが、私の想いだ。健やかに生きて欲しい。それは何よりも大切な事で、どうしようもない敵であるマリスタザリアに手を焼いたのも事実。


「確かにきみの言うとおり、私は世界の平和を望んでいる。だけどね。私はマリスタザリアも愛しているよ。手のかかる子だけどね」

「そう、なのでしょうね。貴女は全てを……我ですら愛すと言ったお方ですから」


 アレスルンジュを否定するわけではない。その気持ちは嬉しく思うし、世界が平和になるのは良い事だと思う。


「だけど私は、きみにも楽しんで欲しい」

「ッ……!」


 アレスルンジュが下唇を噛み、私を睨む。


「楽しさなど必要ない。我に……私にとって必要なのは貴女だけだ。貴女が苦しむ世界は必要ない!! 何故貴女は……笑顔で居られるのですか!? 何故人間を、愛し続けていられるのですか!?」


 綺麗事は、私には通じない。それがきみの本心である事は分かっている。もちろん、今のリツカとアルレスィアにも分かっていた事だ。

 漸く聞く事が出来たアレスルンジュの本音。それは、私への大きな想いだった。


「私は……ずっと祈っていました……。五百年前のあの時だって……貴女に申し訳ない気持ちで一杯だった……! 貴女が作ってくれた美しい世界が……人間の醜い行いで穢されていく……それが、申し訳なかった!!」


 そこには、魔王なんて居ない。ただの……神に憧れ、”巫女”になりたかった少女、アレスルンジュが居た。


「だから、集めた。私と同じ想いを持った者達の悪意を、仲間を……! 私の想いを継ぐ後継者を!! 永遠を生きる貴女の傍で、ずっと平和を維持し続けるためだけに……!!」


 アレスルンジュが巫女二人を睨む。


「お前達に、引導を渡してやる」


 アレスルンジュの本気は、”神化”を成した二人ですら息を呑む程の怒気を孕んでいる。


「私を、殺せると思うな。覚悟が違う。想いの格が違う。私の五百六十五年を……お前達のような小娘に邪魔させない!!」


 アレスルンジュが先に元の世界へと戻っていく。息を呑み、魔王の怒気に言葉を発せ無かった二人だが……あえてそうしたようだ。


「アレスルンジュ」

「……ッ!」


 アレスルンジュは、私の言葉を聞かずに出て行ってしまった。次話す時は、完全なる勝利をした後、か。アレスルンジュらしい……。そしてそれは、覚悟の表れだ。

 

「アリスさん」

「はい……真っ向勝負の、続きです」


 二人にも想いがある。しかし、それを伝えるのは――戦いの中で、という事だろう。

 二人の覚悟をアレスルンジュに再認識させるには、想いの強さを見せるしか……無いのだから。




 アレスルンジュは先に戻ったが、巫女二人はもう少し残ってもらうとしよう。


「さて、こっぴどく怒られたのかな?」

「いえ。その……」

「……」

 

 アルレスィアが恥ずかしそうに俯いている。生きたいと思っていたのに死を選んだリツカを、アルレスィアが怒ったものと思っていた。でも違うらしい。


「いつものように、見てたんじゃないんですか?」

「いいや。”闇”の一撃後すぐにこちらに意識を置いたから、二人の事は見る事が出来なかったんだ」


 リツカが苦笑いしている。


「……泣いて、しまいました」

「それは、見たら分かるけれど」


 アルレスィアは歯切れが少し悪い。リツカに尋ねようと視線を向けてみると、アルレスィアの頭を撫で、愛でている。ただ泣いたという訳ではなさそうだ。


「怒られるって、私も思ってたんですけど」


 命を投げ捨てたようなものだから、リツカもアルレスィアに怒られると思っていたのだろう。


 リツカはアルレスィアが、どこか負い目を感じているのは分かっていたけれど、まさかここまで思い詰めているものとは思わなかったのだ。恐らく、自分の愚かさをリツカに伝えたはずだ。


「目覚めると、この部屋の前で……扉以外何も無かったからあの世かなーとか思ってたんですけど」

「そこにアルレスィアが、泣きながら居たと」

「はい。守りきれなかったのかなって、ちょっと泣きそうになってた私にアリスさんが抱きつきまして。その、ですね」


 そこから先はご想像に、という所か。見損ねた事は残念だけど、アルレスィアが隠す事無く大泣き出来たのならば、もう心配はないだろう。負い目はもうないようだ。


 それにしても、アルレスィアの”再生”は凄いな。正直……リツカをこの目で確かめるまで、私は心配で仕方なかった。生きてはいても、戦えるだけの体ではないんじゃないかと。だけど……完全に治っている。




「アレスルンジュと私の事は理解したね?」

「はい」

「……正直、あの人を許せないという気持ちは大きいです」


 アルレスィアはそうだろう。目の前でリツカを消されたのだ。実際、肉体の死は経験しているだろう。こうやってリツカが立っている事、再び戦いに出られる事、実に……驚きだ。語彙が足りないな。先程から凄いしか出てこない。


「リツカ。怖くはないのかい?」


 私はあえて、尋ねる。私は知っていた。最初から、リツカの恐怖心を。


「神さまは、知ってたんですよね」

「そうだね。ずっと見てきたから知ってるよ」


 アルレスィアから怒られる事を覚悟している。でもそれは、”森”に帰ってからいくらでも聞こう。


「本当は、怖いです」


 リツカがここまで、恐怖を口にするとは……。


「実際に死を経験しました。目の前が真っ暗になって、痛くて、寂しくて……」


 アルレスィアがリツカを抱き締める。”闇”に抵抗出来たが為に襲ってきた、喪失感。リツカは死を直接経験してしまった。本来はそれで終わりだが、生きている。そしてまた、その死を齎した相手と対峙しなければいけない。


 その恐怖……昔のリツカなら、耐え切れなかっただろう。


「でも、私には……アリスさんが居てくれますから」


 いつも聞いた、リツカに勇気を与えてくれる言葉だ。アルレスィアは無傷で、この部屋に来た。つまりリツカは守りきれたのだ。あの絶望的な状況から、アルレスィアだけは守りきる事が出来た。


 それは、リツカの想いに自信を与えている。


「リッカさま……」


 リツカの名を呼ぶアルレスィアの唇に、リツカが指を当てる。


「名前、呼んで欲しいな?」

「……リッカ」

「うんっ」


 この城に入り、魔王と対峙した。その時の、無理をしているような感じは一切ない。この世界に来たばかりの頃の……純粋な笑顔がリツカに咲いている。


 それを見たアルレスィアは、見たかったものを見れた少女のように、屈託無く笑む。

 微笑みではない。二人共、これから再び死闘に戻るのだが……良い笑顔をしている。


「リッカ……。あなたはもう、恐怖を克服してますよ」

「え……?」

「私が、保証します」


 リツカ自身気付いていないだろう。向こうの世界に居た頃のリツカだったら……秘密の蓋が開き、溜め込んだ恐怖心が溢れた時点で心を完全に破壊され、廃人となっていた事に。


 でも、傍にアルレスィアが居て、支えてくれていたから立ち直れた。立ち直れた時点で、リツカは恐怖心を克服していたんだ。


 でもリツカは、恐怖心に苛まれていた。それは恐怖心に蓋をかけるのではなく、受け入れていた証拠。リツカが無理をしてでも魔王と立ち向かったのは、恐怖に立ち向かう人の輝きそのものだ。


「だったら……アリスさんの、お陰だね」

「……そう言って頂けると、嬉しいです」


 決着の時は近い。だけど、二人の間に緊張感はない。自然体。


「今度こそ……本当の意味で、一緒に」

「はい。共に、飛びましょう」


 リツカの翼が、詠唱もなしに生まれる。今までと違い、実体を持った翼は、確かな存在感と強さを内包しているようだ。


「それでは」

「行ってきます」

「ああ。行っておいで。どちらに転んでも、私はここできみ達を待とう」

「勝ちます」

「ちゃんと”神林”で報告しますから、安心していて下さい」


 贔屓はしないと言ったが、やはり二人に勝って欲しいと思ってしまう。もう力は殆どないけれど、祈らせて欲しい。


「人の強さ。見せておくれ」

「「はい」」


 二人が部屋の扉に向かう。あの先はもう、魔王の城だ。


「アリスさんのアン・ギルィ・トァ・マシュ。私だったんだ」

「そういえばずっと……見る機会がありませんでしたね」

「うん。戦ってたり、目を瞑ってたり」

「私の愛している人の形になるのですから、当然リッカです」

「神さまだったらしい、けど」

「ふふ……。アルツィアさまは家族愛です。私が恋して、愛していると告げるのは貴女さまだけですよ?」

「私も早く伝えたいな」

「私も早く、欲しいです」


 部屋を出る寸前、二人はお互いの頬にキスをした。和やかな出征だ。しかしその扉の向こうは死地。アレスルンジュか二人、どちらかが確実に死ぬ。


 死、か……。


「アルレスィア、リツカ」

「はい」

「どうしました?」


 二人は快く振り向いてくれた。


「分からず屋のあの子を、よろしく頼むよ」

「……気乗りはしませんけれど、尽力します」

「必ずここに叩き込みます」


 気負わず、二人らしい言葉で答えてくれる。だから私は安心して、結果を待つのだ。


「いってらっしゃい」

「行ってきます」

「神さま」

「アルツィアさま」


 天使のような笑みで、二人は光の向こうへ歩いて行った――。



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