私は出会う
A,C, 27/03/02
結局、アリスさんの寝顔は見れませんでした。
顔に出さないように落ち込んでいたはずですけど、アリスさんには分かっているのか、くすくすと笑われてしまいました。
そんな、柔らかな空気の朝がやってきました。
現在時刻は五時。
今日から私は、朝の日課を再開させます。
「じゃあ、アリスさんちょっと走ってくるね」
「いってらっしゃいませ。リッカさま」
アリスさんは部屋で瞑想するようです。
私はまず、ランニングです。木刀を携え走ります。
服は、いつものローブではなく、昨日買った、動きやすい服を着ています。男性用です。女性用はなかったのです。
王国の外周を走っていこうと思っています。
昨日少し無茶をしたので、あまり遠くへ行ってはいけないとアリスさんに釘を刺されてしまいました。
予定では三十キロくらいを走ろうかと思いましたけど、十キロくらいにしておきます。
走っている最中、私は注目を浴びてしまいました。どうやら、こんなに走っているのは私くらいのようです。
気にしても仕方ないのですけど、そんなに見ないでほしいです。
走り終え、少し開けた場所に移動しました。王宮前広場と思われます。噴水と多くの椅子が並び、木々が街路樹のように生えています。
ここで日課の二つ目、ストレッチを行います。
「すぅー……はぁー……」
呼吸を整え、柔軟から始めます。
椅子があるので、それらも使い股関節を中心にほぐしていきます。適度にほぐれたあたりで、太極拳の型をいくつか行います。
呼吸法と気力を充実させるにはこれが一番であると、いくつかやって思いました。
集中が高まった当たりで木刀を振ります。独自の型ですけど、回転切りも合わせて感触を確かめます。木刀を自身の一部のように振るのです。指先を動かすくらいの感覚で、自由自在に動かせています。
朝の静かな空気を切り裂く音だけが、広場に響いています。
ランニング二十分、素振り一時間。それで終え帰ろうとした時、声をかけられました。
「そんな剣の形を見るのも初めてだが、あんさんの剣術も初めて見る。どこのもんだ?」
私にでしょう。ずっと物陰から見ていた人がついに話しかけてきました。
「この国のものではありませんよ、とりあえずは」
それだけ言って帰ろうとします。
私がこの世界の者ではないと言ってはいけないとは、言われていません。でも、言いふらすものでもありませんから。
「まぁ待て待て。あんさん俺に気づいてたろ。気にならんのか」
少しにやけるように私に尋ねてきます。
私が気づいていたと知っているようです。武器屋で見たときから、この人も出来ると思っていましたけれど。
「……ずっと見られて、恥ずかしいです。もうしないでくださいね?」
そう言って私は今度こそ、その場から離れていきました。
軟派な人もいるんですね。
私は簡単には負けませんけれど……アリスさんが襲われないようにだけ気をつけましょう。
私はアリスさんを二度と危険な目にあわせたくないのです。
「おかえりなさいませ、リッカさま」
アリスさんが笑顔で迎えいれてくれました。
「ただいま、アリスさん」
嬉しいやら照れくさいやら、私の顔、変に緩んでませんかね。
「何か変わったことはありませんでしたか?」
首を可愛らしく傾げながらの質問に、あの男の人のことを言うか、迷ってしまいます。
私は……アリスさんにも付きまとうかもしれないので、注意のつもりで言うことにしました。
「えっとね、なんか変な男の人に声かけられたかな」
あぁ、これではナンパに会ったみたいな言い方ですね。言い直さないと――。
「どこの誰ですか? 見た目と服装はどのような? すぐに行ってまいります」
アリスさんが目の据わった表情で、男の特徴を聞いてきます。
その剣幕におされてしまった私は、思わず答えてしまいます。
「んー、着流し……一枚の布みたいな服を腰帯で結んだような格好の人。髪は後ろで結んでたかな。長い黒髪で、目は切れ長で……。カッコイイ容姿だったよ」
かっこいい人ではあるのでしょう、でも元の世界で声をかけられたら警察に通報したでしょうけど。見た目怪しすぎです。
「カ、カッコイイですか?」
アリスさんが衝撃を受けたようにたじろぎます。どうしたのでしょう……?
「……リッカさまは、その方が好みなのですか?」
「んーん、全然。男の人好きになったことないや」
恐る恐る、といった質問に、私は本音で答えます。
私より弱い人がほとんどでしたからね。なにより、私は男の人と仲良く話したことがほとんどありません。
父や母の道場に居た門下生とは話したことはありますけど、父は親で、門下生は異性という感じではありませんでしたし。
思い返すと、ほとんど会話はありませんね。私の男嫌い? 男軽視は主に、あの人の所為です。多分私が世界で唯一、嫌っている人です。
「そうですか……よかったです。よかった?」
アリスさんが自分で言って自分で疑問に思ってしまっています。私も、よく分かっていません。
「ん、と。ごめんね? なんか混乱させちゃったみたいで。えっとね、変な人に声かけられたから、アリスさんも気をつけてね? って言おうとしたんだ」
私はアリスさんを心配していただけです。
「そ、そうだったのですね。はい、気をつけます」
アリスさんが少し頬を染め了承してくれます。
「では、朝ごはんにしましょう」
アリスさんに促され、食卓に向かいました。