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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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決戦⑰



 カルメの命令で、連合兵が巻き込まれ始めた頃、連合議会は慌しく怒号が響いていた。


「奴等、自我はないのかッ!!」

「無いようですな」

「報告と違うぞ!!」

「やはり確かめるべきだったのでは?」

「馬鹿を言うな! あのような化け物、国内で生まれればどれ程の被害が出ると思っている! 民もタダでは無いのだぞ!」


 宿敵ともいえるエッボが利用し、”巫女”には敗れたものの理性はあったという報告は受けている。カルメの想像通り、議会はその報告を鵜呑みにした。エッボという男は不確かな物は使わない。そういう認識だったからだ。


「報告が上がりましたな」

「今度は何だッ!!」

「化け物達が連合兵に近づいているそうですな」

「何……!? 壁を壊すのを楽しんでいたではないか……!」

「壁の中に現れた美女を追って、連合側に突撃してくるそうです」

「………!! そんな馬鹿な話が、あるかァァァ!!」


 盛りのついた獣じゃあるまいし、とその報告書を地面に叩きつけた。生殖活動をするかどうかも怪しい化け物が、美女を追いかけて自軍に突っ込むなど、理解出来るはずが無い。


「現に連合兵も化け物討伐に巻き込まれているのです。現実を直視するべきでしょう」

「うむ。連合を巻き込んだという事は、自分達ではどうしようも出来ぬと言っているようなものだ」


 一人が荒れていようとも、他が落ち着いていれば問題ない。連合議会に個はない。


「奇襲部隊はどうなっている」

「報告が一切来ませんな。向こうも化け物に苦戦しているのでしょう」

「一応、もう一部隊派遣してはどうか」

「そうだな」


 奇襲部隊がもう一つ派遣される事となった。しかしカルメはそれを読んでいる。予定通りだ。


「さて、我が兵も混乱しているが」

「相手がこちらに化け物を突っ込ませたように、こちらも連合兵を突撃させるのがよろしいかと」

「それで行こう。異論ある者は」

「異議なし」

「なし」


 逃げる者を追う。それがあの化け物の習性なのだろうと、議会は考え行動を決めた。


 だが、王国軍にとってはそれで良い。連合兵は巻き込まれ、逃げる事となるわけだが――あのマリスタザリア、速い。逃げ切れる物ではないのだ。つまり、迎撃が必要になる。時間稼ぎという点で、逃げてくれるのはありがたいともいえる。


「こちらに来ないようにだけ伝えよ」

「御意」


 マリスタザリアによる掃討作戦は失敗したが、王国はあのマリスタザリアを殺せない。とりあえず侵略は成功するだろう。連合は現状を受け入れる。その後の事など、棚上げにして。




 共和国も慌しくなってきた。連合と王国の境界は、いわば共和国の目と鼻の先。そんなところで、マリスタザリアと戦っているのだから気が気ではない。


 しかもその光景は、マリスタザリア一体に対して行われているとは思えない程の大規模戦闘。明らかに異常事態だ。


「マリスタザリア化、ですか」

「なの」

 

 情報が一切入ってきていないはずのエルヴィエールとカルラも、その可能性に行き着いていた。


「リツカ達が会ったという『下衆』と、わらわも出会った連合のヒスキという者が関係しているの。ヒスキはエッボから銃のノウハウを手に入れていたの。そして下衆が研究していたマリスタザリア化。きっと、連合はマリスタザリア化も手に入れているの」

「……ありえますね」

「なの。エッボという実証例がある以上、使うなら今なの」


 戦争の流れを、二人は概ね理解していた。扉の向こうから聞こえてくる会話と、二人の頭脳を集結させれば可能だ。


「それを解決させるには……リツカさん達が必要ですね」

「魔王の後にそれも、というのは難しいの。時間稼ぎが必要だけど、時間稼ぎだけなら、カルメの考えている計画で何とかなるの」


 二人も”闇”を見たが、リツカが死んでいるとは思っていない。これは楽観ではなく、リツカという少女を信じているからだ。願望でもあるが、リツカが簡単に負けるとは思えなかった。


「そろそろ、わらわ達も動かないといけないの」

「はい。まずは城を取り戻すとしましょう」


 マリスタザリアが出て来て、カルメ・コルメンス軍は苦戦しているだろう。ここで手を拱く必要はない。


「まずは”伝言紙”を奪取するの」

「そうですね。兵達に連絡を」

「なの? エルヴィがコルメンスと話す為なの」

「もう……時と場合くらいは選べるのよ?」

「エルヴィは大人なの。わらわはすぐにでもシーアと話したいの」

「私もシーアとは話したいけど……共和国に来るという約束をしてるし」


 リツカが守ると宣言したレティシアもまた、今でも戦っていると信じている。確実に苦戦はしているだろうが……生きているはずだ、と。


「凱旋で再会の約束してたけど、わらわもここで会うの」

「ええ。カルメさんとも、出来ればお会いしたいわ」

(エルヴィの瞳も、ちょっとギリギリなの。わらわで我慢してくれれば良いのだけど……長く離れすぎて、暴走しすぎないように注意しないとなの)


 軽く会話を交えながら行動を開始する二人。しかし、その表情には緊張が浮んでいる。信じていても、心配しない訳ではない。特にリツカは、二人の前でも無茶をし続けたのだから。


「今日決戦、なのね」

「なの。約束の時は近いの」


 人知を超えた戦い。二度、滅亡を幻視した者達は、今尚希望を胸に抱き前を向いている。あれ程派手な攻撃を繰り出していたであろう魔王は、今は静かなものだ。


「こっちも急ぐの」

「お迎えの際、いつもの共和国でないとシーアが残念がるわね」


 レティシアが助けに来るという約束だったが、状況が状況だ。ここは、姉達がいかに偉大か再確認させるのも良いだろう。


「まずは扉の前の者をわらわの魔法で操るの」

「良いのかしら……嫌い、何でしょう?」

「わらわだけ出し惜しみするわけにはいかないの」


 皆死力を尽くしている。自分の拘りで何もしないのは不義理だと、カルラは魔力を練る。


「ただ、内緒でお願いするの」

「ええ」


 エルヴィエールがクスクスと笑う。レティシア達ならば、感謝こそすれ責める事はないと思っている。しかし、使わないと言っていた魔法だけに、使った事がバレるのは決まりが悪いのかもしれない。


 共和国奪取までは上手くいくだろう。兵を操り、ジーモンとフランカを解放する。そして内側から城を奪い取る。国内の広範囲にエルヴィエールの兵は散らばっているが、集結している頃合だ。一声かけるだけで集まる。


 国内の平定はカルラも手伝う。共和国を整えるのは簡単だ。戦争に巻き込まれる前に、それだけは済ませなければいけない。


 二人の隠密作戦が始まる。




 各戦場で動きが出てきた。希望が無い訳ではないが、窮地には変わりない。それでも懸命に抵抗している。


 だけど、城の講堂跡では沈痛な空気が立ち込め、空しい戦闘音が鳴っていた。


「おい……! チビッ!!」

「……」

「アイツは対象外だ。こっちに集中しろ!!」


 レティシアが放心している。ウィンツェッツが警戒を促すが、レティシアは魔王軍の殲滅リストに入っていない。一先ず安全だからと、ライゼルトはウィンツェッツの方を止めた。


(リツカお姉さん……巫女さん……)


 リツカに続いて、アルレスィアの気配まで消えた。更には魔王まで。レティシアは今、混乱の中に居る。


 そしてそれは、マクゼルトとリチェッカも。


「おい……」

「わかんない。ここにもせんじょーにもいない」


 マクゼルトはライゼルトとウィンツェッツを相手にしながら、リチェッカに尋ねる。リチェッカもまた、玉座の間を見たまま動かない。その顔はいつになく真剣だ。リツカと戦った時には一切見せなかった真面目な表情。というよりそれは、マクゼルトも見た事がなかった。


(どうなってやがる……)

「んー。まおーならだいじょうぶだよ。こっちはこっちであそんでよ」

「ああ、そりゃ構わんが」


 真剣な顔も束の間、リチェッカはパリッと意識を変える。魔王を第一に考え、信頼しているからだろう。この辺りは、リツカの正反対かもしれない。リツカは信頼していても最悪の事態を考えてしまう。それは恐怖心から来る物だ。


 リチェッカはいわば、恐怖心を持たなかったリツカといった所だ。


 マクゼルトは余裕の挙動でライゼルトとウィンツェッツを圧倒する。実力差と体調を考えれば二人の方が有利なのだが……少なからず、巫女二人を失った事が利いている。


「わたしはおきにいりちゃんみてるねー」


 親子喧嘩の邪魔は出来ないなーと、リチェッカは三人の下から離れる。


 レティシアは放心して、戦意を見せてはいない。しかしリチェッカは警戒をする。この少女は自棄で動く事はない。だからこそ危険なのだと。


 本当は三人の戦闘に混ざりたいのだろうが、レティシアを見る。


「へんなことしないでね」

「……変な事をしてるのは、そっちです」

「ごかいだよ。わたしたちもさっぱり」

「……」

「あきらめてくれないかなー? どーせ、あかみこもみこもしんじゃってるよ」

「っ……!」


 リツカの魔力が、消し飛ばされるのを感じた。明確な死を、レティシアだけは感じ取ってしまった。その喪失感の中でも、アルレスィアの魔力が消えるのは感じなかった。リツカが最期まで守ったのだと、レティシアは考えている。


 なのに、魔王の魔力と一緒にアルレスィアの魔力まで消えた。これは明らかに、何処かに連れて行かれたのだ。この世の何処でもない何処かに。そんな事が出来るのは、今この場では魔王しか居ない。


 レティシアは、恨みの目でリチェッカを見る。


「そのうらみのかんじょー、いいね。ちょーだい」


 レティシアからフッと、恨みや怒りの感情が薄くなる。相手の力が増した事を後悔するより、リツカとアルレスィアの為の怒りがリチェッカの力になった事を、レティシアは悔やんだ。


「まー。まおーがかえってくるまであそんでよ。えでもかく?」

「……」

「ま。そうやっておちこんでるあなたのたましーをみてるのも、たのしいからいいけどね」


 リチェッカはしゃがみ、肘を付きながらレティシアを見ている。目の前で戦う気のないリチェッカを、レティシアは攻撃するチャンスだ。なのにレティシアは、攻撃する事が出来ない。こんな時だが、カルラの顔でじっと見られていると――レティシアは、本物のカルラの笑顔を思い出すのだ。


(カルラさん……)


 カルラの顔をしているから攻撃出来ないのではない。ただ、今の自分が情けなくて、二人を失くした事が悔しくて……瞳が潤み、敵を見る事が出来ない。


(何故こんなにも、あなたに会いたいと思うのでしょう……)


 レティシアは、弱音を吐いてしまう。今にも折れそうなレティシアだが、まだ折れては居ない。


(お姉ちゃんも、待ってます)


 ここで戦うのを辞める訳にはいかない。今のレティシアを支えているのは、間違いなくエルヴィエールと、カルラ、そして……。


(今の私を、お二人が見たら……嘆いちゃいます)


 レティシアが敬愛する、二人の巫女だ。


 手足に何とか、力を入れようとする。

 最期まで”想い”を貫いたリツカのように、自分も、と――。



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