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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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決戦⑯



「クソ……」


 アルツィアとアレスルンジュがお互いの理解を図っている時、王都では苦戦を強いられていた。


「よろしくありませんね」

「耐えるのは得意なんだが、攻めるとなるとな……」


 ”闇”の閃光からそれなりに時間が経っている。王都西には広範囲に壁が出来ており、それは扇形となっている。マリスタザリアを囲むようにしているのだ。


 しかし理性が無く、眼前の壁を壊して人を殺す事に快楽を見出したマリスタザリアなら兎も角、人は別だ。連合兵はマリスタザリアを囮にし、壁がない所を通って侵入しようとしてきている。


「兵を最小限残して下げたのは、良い判断だったな……!」

「はい。ですが、マリスタザリアをどうにかしなければ……講和の道筋すら見えません」

「ああ……だが、どうする。一体すら倒せないどころか……傷、つけれてるのか……?」


 マリスタザリア達は、傷ついていない。辛うじてセルブロの攻撃で傷を付ける事が出来ているのだが、ついた瞬間治る。


「首を刎ねるか、圧倒的火力で内側から爆発させるしかありませんね」

「首は無理だ。リツカ様――チッ…………魔法は時間がかかるが、やってみるか」

「……はい」


 隕石と”闇”の閃光を見た者達から次第に、絶望と共に気落ちしたムードが流れてしまっている。魔王という存在を、強く意識しているのだ。


 ディルク達は何とか耐えているが、終わらせられない戦いで、精神的に疲労していく。


 連合兵ですら一杯一杯だというのに、マリスタザリアの対処が出来ない。魔王が何かしているというのに、暗雲が立ち込めている。


 この戦場だけでなく、他も似たような物だった――。




「カルメ様!」


 王国と連合の境界まで戦線を上げたフレーデグンデ班が、カルメ班と合流する。


「逃げるので、精一杯でしたので」


 いつ何時も優雅であったカルメも、肩で息をして汗を流している。


「後はお任せを。全隊、壁を形成しつつ詠唱開始! これよりマリスタザリアを撃滅する!」

「ハッ!」


 フレーデグンデが命令を飛ばす。すぐさま壁を作り出し、マリスタザリアへの攻撃を開始した。


「こちらは一体ですが、王都では八体ですので」

「では半分は王都に?」

「いえ。まずはこちらのマリスタザリアを始末します。こちらの憂いを断ち、王都の救援はその後です」

「報告では人が変わった者らしいですが……」

「どうやら、もう戻れないそうですので」

「分かりました」


 フレーデグンデは殺害に不安を感じたようだ。しかし、もう戻れない化け物相手に手を抜いても仕方ない。何より、手を抜いて勝てない。


「マリスタザリア撃滅はフレーデグンデ班でお願いします。わらわの班は連合兵の捕縛を」

「よろしいので?」

 

 下手に刺激しない方が良いのではないのか、という疑問がある。


「もはや相手も混乱状態。任務の為に前進しているといより、前進し続ける事でマリスタザリアから逃げているような状態です。捕まえても問題ないでしょう」

「成程……」

「それと、奇襲部隊が追加派遣されるでしょう。その際は、壁を使いマリスタザリアと鉢合わせさせて下さい。あのマリスタザリアの動向を確認したいので」

「ハッ!」


 相手も混乱していると言ったが、カルメは冷静だ。先の先までしっかりと見て命令を出す。


(リツカ姉様達は、マリスタザリア出現も可能性として伝えてくれていました。わらわはその言葉を信じるだけですので)


 そしてカルメは、リツカを信じ続けている。その一点の曇りもない覚悟で、戦場を見通す。


(あのマリスタザリア化。リツカ姉様達が言っていましたね。確か……瓶に悪意を詰めている、とか)


 しっかりとマリスタザリア化については聞いていた。実際に見るのは初めてなのと、その時リツカの消滅を感じてしまった為混乱したが、今は全力で目の前の事に立ち向かっている。


「連合兵捕縛後、所持品を全て回収。その中に小瓶があれば、空けずにわらわの元に持ってきてください」


 危険だが、バラバラに置くよりは良い。間違って開けられないよう、何処かに隠すべきだろう。


「わらわは一度、王都と連絡を取ります。その間フレーデグンデさんお願いします」

「お任せ下さい。総員行動開始! 迅速に任務に励め!」


 カルメが連絡をする間、フレーデグンデが命令をする。 


 こちらはマリスタザリア一体という事と、選任級の兵士が多い。しかし王都は今、人材不足だ。セルブロと共に腕利きを送ったが、マリスタザリア八体と連合本隊が相手となると分が悪い。マリスタザリアへの対応を誤れば、王都は一気に壊滅するだろう。侵略どころではない。


(あんな、制御不能の物まで使うとは……一体どういうつもりです。そこまで追い詰められている訳ではないでしょうに……)


 カルメは、考えを纏める過程で疑問を思い浮かべる。


(まさか、連合も効果を知らなかった? そう考えると合点が行きますので。ですが、あれを誰から入手を? やはり魔王でしょうか。しかし、得体の知れない相手からの、効果があるかどうかも判らない代物。使うでしょうか。眉唾と思い使うかもしれませんが、それならば開幕から使っても良いですね。もっといえば、終盤、手詰まりになってから……)


 高速で思考を回転させる。思考だけに身を委ね、結論へと一直線だ。


「なるほど」

《カルメ様?》


 カルメの思考が纏まるのと、コルメンスの返事は同時だった。


「陛下。連合の連中、エッボから回収した小瓶と、それの使用方法を鵜呑みにしたのでしょう」

《ど、どういう事でしょう!?》

「つまり、エッボが使用したというマリスタザリア化の小瓶。その使用法を書いた物と小瓶を、連合は盗っていたのでしょう。そしてその使用法には、自我を保ったままマリスタザリア化出来ると書かれていたのではないでしょうか」


 カルメがつらつらと、考えを述べる。


「連合は、リツカ姉様曰く『下衆』という者を使い、マリスタザリア化を研究していました」

《はい。その犯人は、王国に収容されております……》

「そうです。捕まってしまいました。その代わりに、盗んでいたエッボの物を使ったのでしょう。血液を使用するという、即効性に欠ける研究成果と、小瓶で一気に変質するというエッボの所有物。しかも、エッボが実際に変質したという実績付きです。当然、小瓶を使います。何しろ相手は……連合を潰す為にそれを用意していた豪腕という異名を持つ貴族です。より信憑性が上がった事でしょう」


 カルメの考えは、多分に想像を含んでいたが、”伝言”を聞いていたコルメンスやアンネリスを頷かせるだけの理があった。


「相手は迷う事無く切り札としたでしょう。ですが結果はご覧の通り、制御不能の化け物となっています」

《そ、そうですね。問題は……どうすれば対処出来るか、です》


 コルメンス達は驚愕に緊張する。


 カルラは確かに驚くべき知能を持っていた。だけど、その全貌を見る前にカルラは旅立ってしまった。


 カルメ曰く、カルラは自分よりずっと先を見据える事が出来るという。あくまで姉を敬愛するカルメの言葉だから少し誇張があるかもしれない。しかしコルメンス達は……皇姫、ルカグヤ家を畏れた。


「リツカ姉様とアルレスィア姉様は言っていました。エッボのマリスタザリア化は司祭イェルクという者と一緒だったと」

《報告にも、上がっています》

「これは予想と言っていましたが、私には真実と思います。マリスタザリア化は、中途半端であれば自我を保てない、という物です」

《と、言いますと……?》


 深夜のお茶会。その時カルメは、今後を考えリツカ達と色々と話した。リツカの世界の話に始まり、アルレスィアから聞いた神や”神林”の話、レティシアから教えられる共和国の現状。そして、旅で出会ったマリスタザリア達の詳細。


 すべて、今後のカルメの国作りに役立てばと、三人が話した事だ。


「悪意を使用しマリスタザリア化する訳ですが、変質に悪意を使いすぎると、自我を保てず本能に寄るそうです。大量の悪意を使えば、変質後に自我を保たせたまま更に力へと変換される。しかし、足りなければ、暴力的な中途半端者が生まれる。という考えでした」

『つまり、今目の前に居る者達は……』

「はい。完全なマリスタザリア化ではありません」


 あれで、未完? 未完とは思えない強さだ。マリスタザリアが起こした戦争で見た者達よりずっと強い。魔法や体術を使っている様子はないが、土壁は作り直し続けなければ一瞬で突破される。攻撃は通ってはいるが、治る方が早い。勝てるビジョンが見えない。


 そう感じたが……もしあれで自我があり、理性があり、計画的に襲ってきたらと思うと、血の気が下がる。コルメンス達は意識外で震える体を止められなかった。


「完全でなければ、利用出来ます。現在マリスタザリアは壁の向こうの人間を狙っていると思います」

《はい……かなり、危険な状況です》

「壁の上から攻撃する人間を増やし、連合兵側へ誘導出来ませんか」

《そ、それは……つまり?》

「連合兵にもマリスタザリア討伐に協力してもらいましょう」


 相手が生み出した化け物だ。自分達で処理しろというのは尤もだろう。


「人を狙うのです。攻撃する姿を見せ、連合側へと移動してみてください。ついてこなければ――セルブロ」

《はい。連合側へ飛び入れ、マリスタザリアを惹き付けます》

《ちょ……! 待て待て!》


 ディルクが、今回ばかりは割って入る。


《流石にヤバイ……! 八体に追われて逃げれるもんかッ!?》

「セルブロは二つ特級を持っています。そして、皇家の従者になるには一つ、課せられる任務がありますので」

《任務……?》

「皇家の囮となる事です」


 カルメ達の両親は皇家の風習に囚われない者達だった。だけど、愛する子供達を守るために多少は考える。囮になれる人物を護衛に選ぶのは当然といえた。


「今は全能感に酔いしれているだけと思いましたが……ただ本能に愚直ならば問題ありません。セルブロの”囮”でいけます」

《カルメ様を使用しますが、よろしいでしょうか》

「ええ。少しでも美人の方が向こうも襲い甲斐があるでしょう」


 ”囮”。本物と見間違う程の映像を見せる魔法だ。襲われ、危機に陥った皇家から視線を外させる為の魔法。セルブロはそれもあって選ばれた。


 だけどそれは、何度か失敗している。セルブロの腹には大きな傷が残ったままだ。だけど、今成功させなければ……すぐにでも突破される危険性がある。


「連合を巻き込んでも根本的な解決にはなりません。ですが――リツカ姉様達が、約束を違えるはずがありませんので」

《……分かりました。行動を開始します》


 現状、時間稼ぎしか出来ない。マリスタザリアを殺す力がないのだから、耐えるしかないのだ。


 連合の作戦から大いに外れているという可能性が出てきた今、躊躇うことはない。連合も、マリスタザリアに巻き込む。


(こちらは、大丈夫です……姉様方……!)


 リツカ達がどうなったか……それは絶望的だが、カルメの言葉は全ての者を勇気付ける。


 信じる。あの、異世界からこの世界を救う為にやってきた少女と、その少女と共に歩む希望の巫女は……今も戦っていると。


「作戦開始。これより、連合を巻き込みマリスタザリアを食い止めます。各員……命を最優先に行動を」


 カルメが優雅に告げる。


「この戦。勝ちましょう」


 もしかしたら? は要らない。より確実な方向へ突き進む。それこそが、人命最優先の――ルカグヤ家次女の務めなのだから。



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