対談②
「私は観察した。二人の生活を」
リツカは恐怖心を誰よりも嫌い、避ける生活をしていた。それはもはや、病だった。恐怖する余り人との交流を最小限にし、母の言葉に従う日々。そんな中で友と”森”に出会い変わっていっていたが、どうしても恐怖から逃れられなかった。
アルレスィアは他者を拒絶した。私が抱き上げた罪だ。私は私という自我を持ってから二度目の後悔をした。あの時抱き上げなければと、何度も後悔をした。
後悔をしないようにしている私だが……後悔をした。
二人共何処か、人とはズレていた。感受性が豊かというか、人と同じ視点に立てずに苦労しているというか、だ。
今でこそ他者の気持ちを汲み取る事が出来る二人だが、最初は人を遠ざけ、孤独を選んでいた。視点が人より高いというか、先を見通す事が出来すぎる。
アルレスィアは孤独に苦しんだ。だけどそれで、人を責める事はなかった。自分から選んだ道だから。だけど、そんな孤独にいち早く気付き、リツカはアルレスィアの支えになりたいと思ってくれた。
アルレスィアにとっては初めての事だろう。初対面。いきなり虚空に話しかける少女が、理解外の事を連続して行っていたにも関わらず、リツカはアルレスィアを信じた。
今までアルレスィアを信じてくれた人は少ない。両親であっても、信じきるには時間がかかったのに、だ。
だからアルレスィアは、リツカに強く惹かれた。
リツカは恐怖心にずっと苦しんでいる。旅の中でも、そういった場面は多くあった。人の死体を初めてみた時や、人に強い嫌悪感を向けられた時、フロレンティーナの過去を聞いて強く怒った時。他にも様々だけれど、リツカは自身の感情が昂ぶりすぎると、冷静になるように習慣付けている。
これは、感情の昂ぶりがどういった感情から来るかをリツカは知っているからだ。原初の感情。人がまだ本能だけで生きていた頃から、恐怖とは人間にとって最も必要な感情であり、全ての感情に通ずる。リツカは恐怖心に繋がる感情を抑制する事に注力していた。
だから、冷静すぎると判断される事が多かった。人によっては冷たく感じた事だろう。だからといって、リツカが冷血という訳ではない。
アルレスィアは、リツカにとっては初めて出会うタイプの人間だ。リツカの恐怖心も、アルレスィアの傍では和らいでいた。それも、心地良くリツカを包み込んだ。
二人共、出会った瞬間から惹かれていた。いや――出会う前から、かな。
「似たような人間は何処にでも居る。しかし、二人は違う。魂から一緒なんだ」
アレスルンジュも着目した魂だ。
「魂には形がある。全員違う形だけどね。どこか歪な円を描くんだ」
百人の人間が描いた円の様に、人間の魂が同じ形を取る事はない。
「だけど二人は、半月状だった。半分は真円の様に綺麗な曲線を描き、円になっていない方は波打っていた」
ここまでなら、特殊な魂の形で片付けられた。
「だけど、二人の魂をくっつけると……波打っている部分は一切の隙間なく合わさり、真円を描いたんだ」
こんな魂、ありえない。円を描いているのは私だけだ。人間の魂はどこか歪。しかしそれは悪いのではない。人間には好き嫌いがあり、魂はそれを明確に反映する。だから真円は居ない。だが……二人は合わさると私の魂と同じ形になるのだ。
「ただしそれは、合わせればという話だ。二人は普通の人と同じ感性を持ち合わせている。魂が合わさる事なんて無いんだから、意味のない話だった」
だけど私は、そんな二人が同時に生まれた事が気になって仕方なかった。
二人が生まれた時からずっと、私は見て来た。
リツカが初めて”神の森”に入った時、リツカは森に魅了された。だけど、リツカより先に”神林”に入っていたアルレスィアは、そのような事は言っていなかった。
そんなアルレスィアだけど、ある時を境に”神林”に入り浸るようになった。本人は恥ずかしがっていたけれど、リツカと同様の感情だったと思う。
「ただ聞くだけも飽きてるだろうし、一つ問題を出そう」
「いえ、聞かせて頂けるだけで――」
「アルレスィアはいつ、そう感じたと思う?」
無理矢理問題を出したのだが、アレスルンジュは真剣に考えてくれている。
「…………”巫女”になってからですか」
「残念。大事なのはリツカより先に入っていた、という所だよ」
「……赤の巫女が入ってから、”神林”にも変化があったと?」
「半分正解」
”神の森”も”神林”も変わってはいない。
”神林”はね。近づいたら分かるんだが、気配を感じる。どんな人でも、少し違うかな? くらいは感じるんだ。気のせいで終わらせる者達も居るけどね。
”神の森”は二度の壊滅に曝された所為でその気配を落としている。リツカ以外が”神の森”を特別と感じる事はない。リツカは感覚が鋭すぎるからね。
「”神の森”についてもう少し話しておこう。リツカを語る上で外せないから」
(もう死んだ者の話など……いや、待ちに待った神との対話なのだから、しっかりと聞いておこう)
リツカの住む町も元々は”神の森”の範囲内だった。だけど、時代の流れで居住区となってしまった。ただ、今でも一部である事に代わりは無い。リツカが”森”の外に出ても大丈夫なのはそれが理由だよ。
元は”森”の範囲だったからリツカは町までなら出られる。これは、”神の森”がリツカを気に入っているからという事も関係してくる。”巫女”ではないリツカが”神の森”に入ったのだけど、”森”は怒るどころか喜んだ。
リツカの特異性に、”森”も気付いたんだ。
喜んだのは”神林”もだ。アルレスィアも”巫女”になる前から入っていたと話したと思うけれど、その時に”神林”も喜んでいた。
二人が同時に入った時など、両方の”森”が数百年若返ったくらいだ。
「段々と私が話したいが分かってきたと思うんだけど、どうかな?」
「……」
分かっている。けれど答えたくないという顔をしている。当然か。アレスルンジュは私が喜々として巫女二人の事を話しているのが、面白くないだろうから。
だけど今は、我慢して聞いていて欲しい。
「二人は、”森”で感じる特別感や幸福感の正体を、”森”の気配、私の気配と思っている」
だけど、実際は違う。二人が最も好きな”森”の湖は、通り道なんだ。
「二人はね。感じていたんだ。お互いを」
「そんな事」
「出来る。二人なら、ね」
ありえない事だけど、二人は”森”で繋がっていた。”森”に居る間はお互いを感じられるんだ。
二人はこれを知らない。だけどアルレスィアは、一日の大半を”神林”で過ごした。毎日通って、幸福感を感じられる時間を探した。そんな中で、ある法則に気付いた。
『”森”の歓迎』。アルレスィアはそう呼んでいるけれど、それが起こるのは、平日は十七時から十九時まで、休日は十二時から十九時までの間に起こる。気付いた時のアルレスィアは、多分今までで一番、楽しそうだった。
そしてアルレスィアは、それに合わせて”神林”に通うようになった。つまりリツカが”神の森”に入る時、アルレスィアが常に居たんだ。
「私も最初は、まさかと思ったよ。だけど、決定付ける出来事があった。二人は二度、森に長居した事がある。リツカを連れ去ろうとした時と、二人が”巫女”になる前日だ」
アルレスィアは『”森”の歓迎』が終わるまで”神林”に居続ける。だけど、二つの日は何時もより長い時間続いた。
連れて来られる異世界の”巫女”に会う為に湖の前で待っていた。そして”巫女”になる前日は、先代巫女であるルイースヒェンから遠ざける為に匿った。その間、アルレスィアは感じると言っていた。
その時リツカはというとだね。私が一端連れて行こうと手を取ったものだから意識を手放してしまった。”巫女”になる前日は、七花が提案して少し長めに居させてもらったんだ。
リツカが帰った時間と、アルレスィアが感じなくなった時間が、完全に一致した。私の考えは、確信に変わった。二人はお互いを感じていると。
「これは余談だけど、私が連れ去り損ねた時アルレスィアは、三日間部屋に篭って泣いていた。私と口も聞いてくれなかったよ」
「何故、その時赤の巫女を」
「それは簡単な話なんだけどね。リツカはまだまだ子供だったし、こちらですごす時間の方が長くなる可能性があったからだ。それは非常に困る。リツカはただでさえ儚い存在。そんな長い時間こちらに居ては、何が起こるか分からないんだ」
アルレスィアには怒られたけれど、リツカの成長を待ったのはそういった理由からだ。実際この前、大落窪で消えかけてしまったんだから。
「儚い……?」
「リツカはと言ったけど、本当はリツカも、だ。アルレスィアも儚い存在だ」
二人の魂は私に近い所為か、人としての強度が非常に弱い。人間である事に変わりはないんだけど、どこか薄い。簡単に世界から剥がれてしまうんだ。
「簡単、に?」
「そうだね。簡単に」
アレスルンジュが何かに気付いたようだ。でも、もう少し待っておくれ。直にその話もするから。