対談
「……やっぱり、きみだったか。アレスルンジュ」
「ッ!?」
知られていた事がそんなにも驚きなのか、アレスルンジュは後退りし、目を見開いている。
「良く覚えているよ。きみが個人として存在していた……約五百六十年前。世界は暗黒期だった。今を除けば、世界が尤も荒れていた頃だろう」
歴史から抹消された世界の真実だ。あの頃を知っているアレスルンジュからすれば、キャスヴァル王国先代国王の暴走等大した出来事ではない。
「その時の――邪教信奉者の娘だったね」
「……」
「ああ、責めている訳ではないよ。私は人が誰を信奉しても、愛すよ。それにきみが、私に祈りを捧げていたのは知っている」
あの頃世界には、今以上にアルツィア以外を信奉する者が多かった。アルツィア以外を信奉する者が出るというのは、世界が荒れている証拠でもある。
荒れていた理由だが、簡単な話なのだ。”巫女”が禁を破った。集落の者と恋に落ちたのだ。それくらいならば正直、良いと思っている。節度あるお付き合いならば、だけどね。
恋に落ちただけでなくあの子は、”神林”を逢瀬の場とし、遂には子を身篭るに至った。
それだけならば”巫女”を変えるだけで良いのだが、次の”巫女”を決めるにも時間がかかる。集落に候補者が来るまでの間に、あの子は集落を出て行ってしまった。僅か数日の空白でしかなかったが、初めて”巫女”を失った”神林”は混乱し、慌てた。
結果として、世界が大きく荒れたのだ。今ほどではないが、終焉に一瞬近づいていた。
「熱心に祈っていたのは知っていた。だけど……どうして魔王の核になってしまう程の悪意を……」
「神でも、分からない事があるのですね」
アルツィアは自嘲的に笑む。むしろアルツィアは、分からない事だらけだ。
「”巫女”に、選ばれたかった。それだけです」
熱心に祈っていたアレスルンジュを私は知っている。邪教信奉者の家に生まれながらも、私への崇敬を持っていた彼女は、ある意味異端だった。だから目に留まった。
熱心に、献身的に、魂は申し分なかった。だけど、力が弱かった。私は個人の感情で”巫女”を選んだ事はない。その時最も優れた者に任せてきた。
その時も、別の者に頼んだのだ。
「今のきみなら、分かってくれるだろう?」
「はい。だから力を手に入れた今、貴女に己の価値を示している……いいや、示したのです」
リツカは消滅し、アルレスィア一人になってしまった。もはや、魔王の力を疑う者は居ないだろう。神であっても。
「まだ時間はある。いくつか話をしよう。今度は私の話だ」
「神の……」
少し興味を持ってくれたようだ。まだ結論を出すのは早い。
「さて、どこから話そうか」
やはり、世界について話そう。これは二人にも殆ど話していない事だ。
この世界は私が作り、命を生み出した。どちらの世界も大差ない進み方をし、私の手で人を造るに至った。
だが、私が世界に関わっていたのはそこまでだ。最初の人類を造り終わった所で私は世界の管理から一度離れた。そして、私の意志とは関係なく世界は、今も成長している。
この世界は生きているんだ。人はそれを運命と呼んでいる。神である私すらも制御出来ない、大きな流れだ。世界は私の手を離れ、今では私よりも強い流れを作り出している。
この流れに私が手を加える時、神格が失われる。それ程、この世界の流れは強大だ。
世界は常に、選択を迫ってくる。生きるか死ぬか。進むか下がるか。愛すか嫌うか。その選択で自身が滅亡しようとも、運命。
だけど私は、生まれた者達全てを愛している。だから手を加え続けた。”巫女”を造り出した時。”神林”を植えた時。”核樹”を王国に渡した時。そして……リツカをこちらに呼んだ時。
「私は常に世界の最善を目指し、行動した。それはもちろん、こちらの世界だけの話ではない」
空回りした事の方が多いが、私は私の子供達に悲しんで欲しくないのだ。
「こちらの世界の事は知っているだろうから、向こうの世界を教えよう」
こちらの世界の事は、二人も既に知っている。旅の中で見た事、感じた事、触れた事、それは全て事実だ。
だから私は、向こうの世界を語ろう。
「リツカの生まれた世界もまた、生きている。しかし……向こうの世界は一度、滅亡しかけたんだ」
あれは、リツカの祖母、一花が”巫女”になる五代前の時か。政府は”巫女”というシステムを放棄した。
元々、一人の少女を拘束、軟禁するシステムだ。人権的な問題が多々あった。何より、神の存在を信じなくなっていた。
その後はとんとん拍子に事が運んだ。第三次世界大戦。海面の急上昇。急激な砂漠化に日照り続きの毎日。起きた出来事は様々だが、あの世界は滅亡に、一直線に舵を取っていた。
世界がどのような手を尽くそうとも、世界が好転する事はなかった。一致団結し、世界が平穏に向け会議を重ね、行動した。だけど破滅は止められない。
そんな時、一花の二代前……”巫女”を復活させた。当時の政府が偶々思い出しただけだ。偶々六花家を見つけ、偶々承諾してもらえて、偶々”神の森”に入り……そして偶々、世界崩壊は食い止められただけだ。
世界政府は奇跡と言っていた。大いに喜び、国境なく歓喜に沸いた。もちろん、”巫女”システムにより神頼みをした日本政府も。
偶々とはいえ馬鹿に出来ないと思った政府は、”巫女”をより厳密に管理する事になる。
新たな”巫女”システム。その始まりが一花。衛星による監視。交通手段の規制。行動の報告義務。こちらの世界よりもずっと辛い監視下に、六花は縛られる事となった。過去、まだ電気等ない時代そうだったように、六花は人として扱われなかった。
しかし、時代は流れる。また”巫女”の監視は緩くなっていっていった。規制が強すぎたという訳ではないが、人扱いしない事に国連が難色を示した。
”巫女”はごく一部のトップしか知らない事だ。国連で議題に上がろうとも、報道される事はない。静かに、”巫女”の監視は緩くなった。
だからリツカの知る歴代”巫女”である、十花や七花、その他の者達は、”巫女”としては少し自由奔放となってしまった。
世界は再び、崩壊を辿った。それでも”巫女”は立てていたから急激な変化はなかった。
だけど……向こうの核樹は、二度に渡る消滅の危機に人間不信になっていた。
リツカが森に入るまでは、だけど。
「これはアルレスィアにもそうだ。あの子が生まれたのも、段々と”巫女”が蔑ろになっていっていた頃だったからね」
こちらの世界でも、”巫女”が悪意に侵されたり、恋愛をしたり、色々あった。
「二つの世界が生まれた時は違う。こちらの世界の方がずっと長生きだし、魔法という特殊な力も飛び交っている。何より向こうにはきみのような存在は生まれていない。危機らしい危機は自然消滅だけだ。なのに……二つの世界で、歴代最高の”巫女”候補が生まれた」
生活習慣、基盤、人の考え方、文明の進み方。全部違う。人が生まれてからというもの、二つの世界は別物となっている。なのに、二人は同時に生まれた。
「私はね……アレスルンジュ。きみの存在に気付いていた」
「……いつから、ですか」
「きみが始めて悪意を操った時。そうだね――きみが魔王として生まれ変わって四年経った辺りかな」
五百五十七年前。アレスルンジュ、きみは死んだ。私を信奉していたからと、口論になった末に……実の両親により、殺されてしまった。
そこから時は流れ、今から二百六十五年前。大勢の同じ気持ちを持つ者達を取り込み、魔王となった。そこから三年経って、やっと私は気付けた。アレスルンジュという事は分からなかったが、魔王という者が生まれたと気付いた。
「私は焦った。きみという存在が余りにも強大だったからだ」
どうにも出来ない力を感じた時には、手遅れだった。私は考え続ける事しか出来なかった。人となっていたきみに、私は干渉出来ない。無理をすれば神格を使いきり消滅してしまう。
だが、世界は焦る事も、無力感に苛まれる事もなかった。きみという存在を感じた世界は……捻じ曲げた。
「……」
「ああ、そうだよ。アレスルンジュ。リツカとアルレスィアは、特別だ」
私は特別な存在を作らない。もちろん世界も。俗に言う特別な存在というものは、自身の役割というか、才能と合致した者達のことだ。多くの人間はちぐはぐのまま生きている。
だけど、私と世界の気持ち……魔王を放っておけないという気持ちが一致した時、二人は生まれた。
特別な存在だ。私は二人同時に、生まれる瞬間に立ち会った。これは偶々だ。もしかしたら、世界が私すらも流れに乗せたのかもしれないが、偶々だと思っている。
リツカとアルレスィアを見た私は、ただただ……驚いた。十花とエルタナスィアには悪いが、自分の子と思ってしまったのだ。
「私は二人を本当の子と思っている。愛すべき対象である子ではなく、自らの血を分けた子と」
「ッ……」
「こういうった考えに至るのも、私の神格が落ち、人に近づいている証拠なのだろうね」
リツカとアルレスィアの特異性は私にこの感情を抱かせた事ではない。一秒……いや、刹那すらもズレずに生まれた二人。産声を上げるタイミング。最初に握ろうと手を伸ばした先は二人共母。伸ばした手は二人共利き手である右手だ。
「アルレスィアは最初から私が見えていた。そんな事初めてで、余りにも嬉しかったから……感極まって抱き上げてしまった。そしてリツカは私が見えていないはずなのに、視線は私と合っていたんだ」
偶々とは思えなかった。世界を憂いていた私と世界の前に二人が現れたのは……必然と思った。
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