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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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決戦⑮



「どういう事だ?」

「兵が増えているように感じるが」

「大体、奇襲部隊を止めているのは誰だッ!!」

「一度使った手とはいえ、コルメンスに地下道が読めたとでもいうのか!?」

「……」


 議会に焦りが生まれている。コルメンスや王国兵の戦力は概ね予想通りだった。行動も何もかもが予想の範囲内だった。防衛戦を張り、徹底抗戦。何故か殺傷攻撃を殆どしてこないが、特に気にする物ではないとし放っておいたが、ここに来て対応が早くなっている。


「後ろに誰か居るな」

「誰か、とは誰だ? 厄介者のエルヴィエールとカルラ姫は拘束されているが」

「カルラ姫が王国に来た理由が不思議でな。調べさせた。妹御を探しているらしい」

「それが何の――」

「成程。妹御か。さぞかしカルラ姫に似ているのだろうな」


 議会がざわめく。


「だ、だが、兄の方は愚物という話だったではないか!」

「我々を御せる者等、皇家以外居るまい」

 

 カルラの妹という謎の存在を認め、作戦を練り直す。


「つくづく、巫女の不在は幸運だ」

「もしかしたらもう死んでおるかもしれませんぞ。先程の大きな岩や謎の黒い線等、只事ではありませんからな」

「確かに。では奇襲部隊、西部前線に伝えよ。開封を許可すると」

「奇襲部隊もですか!? あれは制御に難が」

「構わぬ。一人が開封し、その隙に突破せよ」

「御意……」


 連合が動き出す。これまでの作戦はいわば前座。この作戦こそ、必勝の一手なのだ。


「王宮で開封させたかったが、問題は無い」

「アレを殺せるのは”巫女”だけだ」

「ああ、エッボが証明してくれた」

「愚かなエッボ。貴様の愛した国――貴様の研究で奪いつくしてやろう」


 男が一人、小瓶を玩ぶ。空っぽのように見えるが……どこか妖しげに光っているように感じた。




 カルメ達は早々に足止めに成功した。数日前の雨は、連合では多く降っていたのだろう。川の流れが急になっており、橋が流されたらしい。そのお陰で奇襲部隊の進軍が遅くなっていたのだ。


「順調みたいです」


 奇襲部隊の前に魔法を設置するだけ。簡単な仕事だ。

 だが、カルメは納得出来ていない。


「単調。非常に不可解ですので」


 少し機嫌が悪そう……というよりも、焦りと不安で表情を強張らせているカルメは、指を食んでいる。


(リツカ姉様は……大丈夫、なのでしょうか。あの黒い光は、魔王が居るとされる場所から……でも、アルレスィア姉様が……居るので……しかし……)


 思考が纏まらない。頭を振るが、リツカの事が頭から離れない。


「カルメ様、奴等……何か会議してます」

「会議ですか?」


 カルメが視線を向けた時、既に会議は終わっていた。奇襲兵達が一人を残し左右に分かれている。


(まるで、あの取り残された人物から逃げるような動きです。ただ、逃げは逃げでも……これから起こる何かが楽しみで仕方ないって表情ですので)


 リツカの事は心配で仕方ないが、目の前で怪しい動きをされているのだから無視出来ない。


「後退しましょう。左右に分かれた部隊の前方に広範囲の炎を。その炎を過ぎた先に”炸裂”を設置し――」

「カ、カルメ様!」


 カルメ班の兵が指を差した先、取り残された一人がもがき始めた。


「何が、起きているんですか……?」


 カルメはリツカ達から話を聞いただけなので、これがそうなのだと気付けない。

 だが、コルメンスやアンネリスはイェルクがそうなるのを見ているから知っている。


 これは――マリスタザリア化だ。




《セルブロさん。カルメ様の方でもマリスザリア化が起きているようです》

「……」

《一人だけのようですが》


 王都でも、前線に残った連合兵がマリスタザリア化した。壁を幾重にも作り、塹壕を掘り、足止めをしている状況だ。


《カルメ様。マリスタザリアに自我はありそうですか?》

《傷つくのも恐れずに前進してきます。任務を優先しているのかと最初は思いましたが、近くの兵士を手当たり次第殺しています。どうやら自我はないようです》

《それでしたら……》

《心得ていますので。壁を作り、王国領に戻っている最中です。国内警備と合流し迎え討ちます》


 連合兵を囮に使い、万全の態勢が取れるまで足止めを行う。このまま人間変質マリスタザリアが跋扈しては、何れ大きな災いと禍根を生むだろう。このマリスタザリア……軍の力でなければ倒せない。


《単独撃破なんて、リツカ姉様達でもなければ不可能ですので》


 綺麗事で戦える相手ではない。綺麗事なんて物は……強者にのみ許された言葉だ。実行できなければ嘘でしかなく、他者を貶める最低の行為だ。


(そうです……。リツカ姉様は、嘘を吐かないのです)

《そちらは、どのような状況ですか?》

《マリスタザリア化した連合兵が八人。こちらも壁を作りましたが……連合軍は大きく後退してしまい、壁の向こうに居る我々を狙っています》

《そちらの方が状況が悪そうですね。セルブロ》

「はい。すぐに全軍を引き下げて頂きましたが、壁を作ってくれている者達を狙い……マリスタザリアは依然、こちらを向いております」

《今から下げても、マリスタザリアは壁を壊しこちらに向かいますので》

《はい……交代制で壁を作り続け、耐えるしかないという状況です、ね……》


 どうやら嗜虐性が強いようだ。手っ取り早く殺せる連合兵ではなく、壁を作り抵抗している王国兵を狙っている。壁を常に作り続け耐えているが、もし兵を下げ、壁を作るのを中断すれば一気に攻め入ってくるだろう。現状、コルメンスの対応が一番正しい。


「カルメ様……」

《セルブロ。貴方は攻撃に専念しなさい》


 カルメがセルブロに指示を出す。意味があるとは思えないが、セルブロはすぐに了承を告げた。


《カルメ様、しかし》

《倒せないでしょう。しかし敵がこちらに向き続けているのなら、攻撃をしないという選択はありませんので》


 コルメンスの制止を、カルメは遮る。カルメはセルブロを信頼している。


「承知しました」

「おい、セルブロさんよ。そりゃ無茶……」

「カルメ様は私に死ねと言っている訳ではありません。多くを生かす為の最善手の中で、死傷者が一番出ない作戦を取ります。私はカルメ様に従います」

「……あんただけに命を懸けさせるわけにはいかねぇな」

「いえ、ディルク様は王都の防衛を」

「俺は王都防衛隊の総司令だ。最前線から引くわけにはいかねぇよ」


 ディルクは確かに、王都を守る為に動いている。だがディルクにも矜持がある。余所者だなんだと言うつもりはないが、皇国の人間にだけ戦わせる訳にはいかないのだ。

 

「ライゼに顔向け出来ねぇ」


 何よりライゼなら、引く事はないだろう。


「ディルク様。貴方はライゼルト様と遜色ありません」

「ハッ! ありがとよ」


 ディルクとセルブロが物見台まで行く。まずは敵を確認しなくてはいけない。


「ライゼどうこうは知らねぇが、英雄ってのになってみるか」

「お供します。ディルク様」


 眼前の、圧倒的な敵であっても二人は怯まない。いくら強大な相手であっても、あの黒い帯を作った相手よりは弱いだろうから。




 人間変質型マリスタザリアによって、各戦場が荒れている。そんな時だが……ソファと机、数点のインテリアしかない部屋にて、魔王とアルツィアがお茶を嗜んでいた。


「……」

「さて、何から話そうか。この体で話すのはリツカが幽体離脱した時以来だ」


 アルツィアは実に楽しそうに紅茶をカップに注ぎ、茶菓子を数点用意している。


「リツカ……赤の巫女なら我が消し」

「ああ、少し待ってくれ」


 アルツィアは魔王を止める。リツカの死を聞きたくなかった訳ではないようだ。何故ここまで楽しそうなのか、魔王には分からない。


「まずは――きみの本当を見せてくれ」

「……」

「やっと会えたんだ。そんな姿で私と会いたかった訳じゃないだろう?」

「……」


 アルツィアは良く分からない事を言っているが、魔王だけには理解出来るのだろう。一瞬考え、頷いた。


「失礼を、しました。神様」


 魔王の体から闇が揺らめき、剥げていく。短髪ともいえなかった髪が長髪に変わり、特徴のなかった顔が女性的に変わっていく。


「我……いや、私は……ア……いえ、神を崇拝し、”巫女”に憧れた……女、です」


 文学少女といった姿の、大人しい少女へと魔王の姿は変わった。今のこの世界で、その少女を知るのは――アルツィアだけだろう。


 

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