決戦⑭
「ふー。あぶなーい。わたしでもはれつしちゃうよー。まったく」
”闇”を感じ取ったリチェッカは咄嗟に、レティシアを小脇に抱えて射線からズレた。いくらリチェッカが悪意を吸収し力に変えるといっても、あの”闇”はまだ飲み込めない。
「っ……」
敵から救われた形になったレティシアは恥辱を感じ、下唇を噛み切りそうな程に噛んでいる。
「無事か。馬鹿と阿呆」
「うぜぇ」
「お陰さんでな……」
マクゼルトが避けたのを見て、ライゼルトはウィンツェッツの襟首を持って同じ方向に跳んだようだ。
「巫女共、魔王をキレさせたか」
マクゼルトが玉座の間に目を向ける。粉塵と濃い”闇”の残滓で見えないが、魔王の激情を感じ取ったようだ。
「あーあ。もうおわりかー」
「まだ、終わって――」
あの程度、リツカ達なら今の状態でも避けられたはず。レティシアはそう思いたかった。だが、いくら魔力を探しても……。
「リツカ、お姉さん……?」
レティシアの、水気のある声にライゼルトとウィンツェッツも悟った。
「……て、めぇ等」
不貞腐れているリチェッカと、今後の事でも考えているのか思案顔のマクゼルトを、二人が睨む。
そんな二人にリチェッカは笑いかけ、マクゼルトは鼻を鳴らした。
「どーする?」
「まだ殺るか?」
”闇”により城が殆ど消え去ったにも関わらず、王都西部で起きている戦争の音すら聞こえてきそうな程の静寂が……世界を包んでいた。
闇は、どこまでも伸びていく。共和国の窓からカルラとエルヴィエールが、連合に奇襲をかけようとしていたカルメが、オルデクで隕石を壊したのはリツカ達と喜んでいたクラウが、王都から避難して東に向かおうとしていたリタやクランナ達が、王宮の窓からコルメンス達が、全員が目撃をした。
その闇を見た全員が、ある人物の顔を思い浮かべた。何故思い浮かべたのかは、分からない。だが……全員が、思い浮かべたのだ――。
”闇”は魔王の城を突き抜け、世界を裂く。真っ直ぐに、”神林”まで一直線に”闇”が届き、やっと……霧散したのだ。
「あれは……」
「……」
エルタナスィアとゲルハルトも、”闇”を見た。
「何か降って……?」
エルタナスィアは、降ってきた物を手に取る。それは、小さい……太陽のイヤリング。
「――――」
「どうした? エリ、ス」
降ってきたそれを見て、ゲルハルトも硬直する。
「ああ……あぁ……っ!!」
エルタナスィアは崩れ落ち、涙を流す。ゲルハルトは天を仰ぎ、唇を噛み締める。
泣き崩れたエルタナスィアの後ろで、リツカに見せようと育てていたフルドゥジエの花が……静かに咲いていた――――。
闇の中に、魔王が佇んでいる。次はアルレスィアと探しているのだが、何故か一向に見つからないのだ。
(逃げた、という訳ではないな)
リツカを殺して、茫然自失となっているであろうアルレスィアに止めを差すだけだったのだが、まずは現状を理解する事に努める。
(赤の巫女の耳飾はしっかりと届いたはずだ。これで神も理解するだろう)
わざわざリツカの耳飾だけ飛ばした。体は一切残らなかったからだ。
(しかし、どういう事だ。リチェッカとマクゼルトの気配がない。レティシア・エム・クラフト達まで)
そこで魔王は、扉を見つける。こんな扉は、城にはなかったはず。
「フム」
そう思いながらも魔王は、その部屋へと踏み入った。
”闇”に覆われていた場所とは違い、扉の向こうは明るかった。しかし”光”ではない。ただの灯りだ。
「おや。きみから来たのか」
「……?」
一人の女がソファに座り、魔王の前で優雅に寛いでいる。
「そうか。怒られているのか」
「……誰、だ?」
魔王は相手を量ろうと目を凝らすが、そこには何もないかのように、何も感じない。
「まぁ、座って待つと良い。積もる話もあるだろう。お互いね」
その女は、世の女性の理想像のようなスタイルをし、顔はまさに――リツカとアルレスィアを単純に合わせたような美貌をしている。
「まさ、か」
「ああ。自己紹介がまだだったね」
女が立ち上がり、不敵に笑む。
「アルツィア。きみにとっては、敵側のボスだよ」
魔王の前に、神アルツィアが……実体を持って立っていた――。
王都では、先程の”闇”等関係ないと言わんばかりに、連合からの攻撃が激化している。
「クソッ……あの黒いの……まさか……ッ」
ディルクもまた、リツカを思い浮かべた一人だ。アルレスィアは何故か思い浮かばなかった。それもそのはずだろう……リツカならば絶対に、アルレスィアだけは守ると誰もが信じているからだ。
「ディルクさん!」
「チッ……!!」
連合は、ディルクに悲しませる事すらさせてはくれない。
「あの時に比べれば楽ですが……やっぱ突破されそうです!」
「やけに激しいな……!」
マリスタザリアが攻めてきた時、王都東を守っていたエリート達だ。人間相手ならばもう少し保つはずなのだが……やけに攻撃が激しい。
《ディルク》
「陛下、敵の攻撃がやけに激しい! 妙な感じだ!」
《地面を抉り足止めを、相手はそこに皆を釘付けにしたいようだ》
「奇襲を成功させる為の計画って事か……?」
《いいや、それならばむしろ突破しようとせずに、時間をかけるはず……》
コルメンスが思考しているようだが、何かしているようでボソボソと声が聞こえる。
「何だ? 聞こえない!」
《ディルクさん》
「その声……カ、カルラ様か!?」
《いいえ、妹のカルメです》
王宮には、飛行船を飛ばして来たセルブロが到着したようだ。コルメンス達とカルメのホットラインを設営し、セルブロは戦場に向かっている。
《連合の動きが活発かつ、何か狙いがあるように感じるのですね?》
「は、はい」
(似すぎ、だろ)
《連合はその昔、川の下に穴を掘り王国に奇襲をかけたと聞いています》
カルメの言葉に、ディルクは地面に耳をつける。戦闘音が激しく聞き取り辛いが、何か聞こえる。
「あいつ等、掘ってんのか!?」
《王宮か、今避難している市民を狙うはずですので》
「クソッ! お前等ッ! 地面を押し潰せ!!」
”伝言”は全員に聞こえるように繋いでいる。無理に繋げている為雑音が多く聞き取り辛いが、”土流”持ちが一斉に地面を押し潰し始めた。
《敵はどうなった?》
「ああ……攻撃の激しさは余り変わりがないが、指示を待ってるみてぇな温さを感じる」
《次の作戦が開始されそうになれば、報告をお願いします。私の班はそろそろ連合の奇襲部隊と接敵しますので》
《気をつけて下さい。奇襲部隊ですから……腕利きが揃っているはずです》
《ご安心下さい。足止めだけですので》
”伝言”を聞いた兵士達は、「姉妹揃って……」という気持ちで一杯だ。
《暫く”伝言”に出る事が出来なくなりますので。わらわの代わりはセルブロが務めます》
「連合軍の上層部が騒ぎ出しているようです。まだ準備中といったところのようです」
「アンタは……?」
「ご紹介に預かりました。セルブロです。カルメ様の従者を務めております」
「そ、そうか」
場違いな一礼に、ディルクが面食らう。
「戦えるのか?」
「はい。多少、ですが」
(アンタ等の多少は多少じゃねぇ事の方が多いんだが……)
セルブロ以外にも来ているらしく、戦場が少し好転したようだ。
「我々は後方支援と足止めを主な任務として受けております」
「ああ、頼む。悪意があるからな……殺す訳にはいかねぇ……」
現状でも悪意は出ているが、死人が出始めると一気に吹き荒れる。
「そういや……カルメ様の従者って事は……」
ライゼルトの事を聞こうとしたが、アンネリスとも回線は繋がっている。聞くに聞けないようだ。
(刀、盗まれてたとはな……厳重に保管していたはずなんだが、”影潜”って奴か?)
「ディルクさん!」
今ライゼルトの手元に在るなら問題ないか、とディルクが苦笑したところで、最前線から兵がやってくる。”伝言”でも良いのだが、確実に王宮へ伝えるために口答にしたようだ。
「敵に動きが……」
「何が起きた」
「そ、それが……数名を残して全軍が下がっていくんです」
「何……?」
「ど、どうしましょう!?」
普通ならば、その数名を捕縛するところだが……露骨に下がった軍が気になる。
「こ、殺しますか?」
(どうする……相手は侵略者だが、兵は命令に従ってるだけだろう。捕虜とするのが人道的選択だ、が……)
こちらにも生活があるのだ。専守防衛にも限界がある。相手が何をするか分からない以上、殺傷も手か。
だが、最善は尽くす。
「地面の方は」
「我々の班が担当しています。定期的な確認をしていますが、地面を掘っている様子はありません」
「空はどうだ……?」
「肉眼で見える限りは何も。もしそれよりも高度を上げようとすれば、皇国の技術が必要となります。皇家は一枚岩ではありませんが、連合に与する者はいないはずです」
セルブロがディルクの疑問に答えていく。あの取り残された兵が、連合の作戦なのだろう。誘い込むための囮か、あの兵が英雄級に強いか。
「どうしたら良い?」
「静観したい所ですが、今のうちに防衛線を築くべきです。壁は高さよりも厚さを持たせ、高台は櫓ではなく逃げやすいような造りに――」
「報告! 戦場に残った数名が急に呻きだしたとの事です!」
「次から次へと……!」
余り好転していないが、連合はそうは考えていなかった。作戦の悉くが潰され、奇襲部隊も足止めを食らったという報告が連合議会に届いている。何一つ上手く行っていないという印象が強い。戦争を始める前は、簡単に王宮を落とせるつもりだったのだから。