決戦⑬
「詠唱無しで、お前も魔法を扱えるのだったな」
魔王がリツカから離れ、攻撃を止めた。リツカは迎撃を止め休む。そう思ったアルレスィアの考えは外れる。リツカは魔王へ突っ込み、斬りつけ始めた。
「認めよう。お前の想い、我と同等だと」
斬られながら、魔王はリツカを讃える。敵からの賛美等リツカには必要ない。アルレスィアを守るとはつまり、現在命を脅かしている魔王を倒す事。その想いに従い、リツカの体を”抱擁強化”が動かす。
「も……やめて、ください!」
アルレスィアは堪らず、声をかける。掠れて、何とか搾り出した声だが……リツカには届いたのだろう。”抱擁強化”が解け、リツカの瞳に光が戻る。
「……? っ!?」
まるで夢の中に居るような気分のリツカは、目の前に居る魔王に驚き後退しようとする。しかし、足を縺れさせ転んでしまった。
「ぁ……ぇ……?」
(何で、動かな……このままじゃアリスさんが……っ)
尻餅をつくが、リツカは這うようにしてアルレスィアの前まで戻る。意識が無かった時のことを一切覚えていないのか、何故自分の意識が戻るに至ったかも理解していない。
「何故止める」
「……あの、ままでは……死んでしまうでしょう……っ!!」
「え、っと……」
リツカは自分の状態を確かめている。刀はぼろぼろ。膝は青痣が出来、関節が熱を持っている。体中擦り傷と打撲だらけだ。服など、もはや効果がないのではないかというくらい、千切れている。
そんな状態でも、リツカの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】だけは何とか残っているようだ。翼は見る影もないが……。
リツカは無意識化で魔法を使い続け、命を削っていた。寿命に影響が出ているかもしれない。アルレスィアは、リツカが死ぬのを眺めるのが嫌で止めたのだ。
「赤の巫女の覚悟を蔑ろにする行為だ」
「生きていなければ……意味が、ありません……!!」
「尤もだ。だが、お前は失うのが怖かっただけだ」
「っ……」
「お前は役目よりも赤の巫女を取った」
”巫女”失格。魔王がアルレスィアにそう告げている。状況は分からないが、リツカの所為でアルレスィアが魔王から糾弾されている。
(この体から考えると……私、無茶したんだ。アリスさんが止めなかったら、そのまま死んじゃうくらい……)
アルレスィアも限界のはずだが、リツカの傍に何とか向かい、生命剤を飲ませる。今のリツカに飲ませても焼け石に水だが、リツカはアルレスィアの行為により、再び立ち上がる事が出来た。
「アリスさんは、私を蔑ろになんてしてない……」
「ほう」
リツカが息も絶え絶えに反論する。
「失うのが怖くて……何が、いけないの。失うのが怖いから、今を頑張れるんだ……っ! 好きな人が死にそうなのに何もしないなんて……私達には出来ない!」
歪んでいるようには感じたが、神を愛しているであろう魔王なら通じるだろうと言った言葉。だが、魔王は何も感じていないようだ。
「お前達は人でない。”巫女”だ。人で在ろうとするから役目を蔑ろにする。お前は神の役目を全うしようと我に斬りかかった。だが巫女はお前を守った。そう思っていたが――どうやらお前も、ただの発情した小娘だったようだな」
悪意が、魔王に入って行く。
「っ……!」
「戦争はもう始まっている。まだまだ悪意の出は悪いが、ただの人間を殺すだけなら問題ない」
魔王の手に吸収された悪意が集中している。元々魔王を構成していた悪意は使わず、新に仕入れた悪意を攻撃に使う。悪意に鮮度などないが……。
「もはや貴様達はただの小娘。我の悪意を使う価値等無い」
魔王は、失望したという表情でリツカ達に手を向ける。
「欲望に穢れた落第者共よ。塵となれ。神も失望している事だろう」
もはや、防ぐ術がない。そんな攻撃が来る。二人は直感した。
魔王が何やら説教をしてきたが、二人には響いていない。アルツィアは言っていた。人として旅をし、楽しめる時は楽しむように、と。
アルツィアの言うとおりに二人は旅をした。
四人で始めた旅。始めはウィンツェッツと上手くいかなかったが、何だかんだでここまで来れた。レティシアはいつだって二人の為に尽力してくれて、旅の中での癒しだった。ライゼルトが戻ってきてくれて、やっぱり頼れる父のような存在で居てくれた。
いろいろな人に出会った。その出会い全てが、今の二人を作っている。
二人は、楽しかったのだ。純粋に、この旅が。辛く怖く悲しく……まだまだ遣り残した事はある。でも、二人は……多いに楽しんだ。
アルレスィアが、最後の力を振り絞り”盾”を作る。リツカは、集中する。
二人は、これからも人で在り続けたいと……想っている。
「お前達の死。全ての者に知らしめてやろう」
魔王から、”闇”が撃ち出される。”闇の激流”をぐっと凝縮したような魔法だが、分類出来ない。分かるのは――この魔法は、止められないという事か。
アルレスィアの”盾”が最初に触れる。”盾”は一瞬で蒸発するが、”光”と”拒絶”が耐えている。
「く……あぁ……っ」
アルレスィアが苦悶の表情を浮かべる。心臓が痛み、明らかに命が削れているというのが分かる。だが、”光”と”拒絶”を緩める事はない。
耐えているアルレスィアに魔王は視線を向ける、もはや死に体の抵抗。無感情に出力を上げる。
”光”が飲まれ、”拒絶”だけとなる。まだ”闇”は、弱まる事無く二人を襲っている。
「っ……!」
リツカがアルレスィアの前に立ち、刀を構える。ボロボロに刃毀れしているが、アルレスィアから貰った”光”は……何故か今も輝いている。
「何、を……?」
アルレスィアの声に、リツカは微笑む。
”光”を貰った時の要領で、”拒絶”も刀に纏わせる。
「つっ…………ハァッ!!」
面で受けていたアルレスィアに対し、リツカは剣先で受ける。”闇”は三角州に当たった激流の様に二手に分かれ後ろへと流れていく。
”闇”が当たった場所は、侵食を受け塵となって消えていく。それは物体だけでなく、マナまでも巻き込んでいた。この”闇”……触れるだけで、人間を魂ごと殺す。人で在るという事実を殺す。痛みは無い。ただ、殺す。
”激流”と違い、押し流すのではない。この”闇”は、流動的だ。二手に分かれリツカ達の後ろを飲み込み続けているが、そのままではない。突発的に、アルレスィア目掛けて”闇”が針となり伸びてきた。
「アン・ギルィ……トァ・マシュ……!!」
リツカの言葉に、翼が応える。アルレスィアを翼が守る為に、針を弾く。次々と伸びてくる針を弾く。だが翼は……羽が一枚ずつ落ちるように痩せていっている。
「っ!」
アルレスィアが、刀の”拒絶”と”光”に力を込める。リツカの管理下に入っているようだが、アルレスィアの想いが通り、少し強くなる。
「リッカ……!」
「アリス、さん」
耐え切れるという意味で名前を呼んだアルレスィアに対し、リツカの声は何処か寂しげで、哀しげだった。
「ありがとう」
「何を……」
「そして、ごめん」
アルレスィアには、全て伝わった。伝わってしまった。
ありがとう。今まで、一緒に居てくれて。
リツカの刀が崩れていく。”拒絶”と”光”まで、消えてしまう。
そして、ごめん。最期まで一緒に居られなくて。
リツカの翼が、アルレスィアだけを包む。
「待――っ!!」
アルレスィアの言葉は、”闇”に飲まれる。リツカは、アルレスィアを感じながら、”闇”に曝されていく。
(言えなかった、な……)
リツカが涙を流す。言えずに、こんな結果となってしまった、と。
(怖い、な……)
体中に針が刺さり、痛みと共に自分という存在が消えていく感覚が襲い掛かってくる。
「無理難題かもだけど……生きて――」
アリス――――。
翼の中で、アルレスィアが呆然としている。
「リッカ……? リッ、カ……? リッカ……さま……?」
どんどん弱くなっていくリツカの気配に、アルレスィアが……名前を呼ぶ。しかし、声がリツカに届くことはない。
「”巫女”だからか、”光”を纏っていたからか、”闇”に抵抗したか。だがその所為で、地獄の様な痛みが襲った事だろう。抵抗しなければ楽に――」
魔王が何か言っているのは聞こえるが、アルレスィアはそんな事を気にしている暇がない。
(何故、こんな事に……私はまだ、貴女さまから――あ、ああ……あぁっ……!!)
アルレスィアが顔を覆い、涙を流す。こんな終わりなんて、嫌だ……と。
(私は、なんて……愚かな……!! リッカの心を考えずに……私は一人勝手に――っ!!!)
翼に縋りつき、アルレスィアは――叫んだ。
「リッカ……リッカさま! もう一度……私と――!!」
もう一度…………。