決戦⑫
「詳細は檄文に書いた通りです。王国と連合で戦争が始まっておりますので。早速始めましょう」
挨拶もそこそこに、カルメが切り込む。本来ならば戦意高揚の為に演説をするべきなのだろうが、そんな暇は無い。それに、カルメが真剣な顔で指示を出すだけで戦意高揚には十分だろう。
「フレーデグンデ班は北部一帯の警備。現在連合軍は王国北部から奇襲をかけるために連合国内を北上中。時期に王国領へと侵入してくるでしょう。まずは陣地設営の為に、王国北部を襲う可能性に注意してください」
王国北部と王都が分断されている事は、共和国により連合に筒抜けだ。完全な準備を整えて南下しようとするだろう。ニ方面作戦は、いかに間断なく攻め立てられるかにかかるのだから。
「セルブロ班は王都へ向かっています。王都西部の戦闘に介入してもらう予定です。正面から、堂々と参戦を告げます」
奇襲ではなく、王国軍に吸収される形で良いというカルメ。事情を知らないフレーデグンデが少し首を傾げる。それを見たカルメは、後ほど伝えると目で伝えた。
「残りはわらわについてきて下さい。連合北部に侵入し奇襲班を食い止めます。最低でも二時間、防衛願います」
明確な時間設定。二時間経てば何か起こるという事なのだろうか。
「極力、戦闘行動を回避するよう努めてください。足止めを主とし、時間を稼ぐのです」
「カルメ様。セルブロ班とカルメ班の負担が大きいように感じます。我が班を三分すべきと具申致します」
「なりません。兵糧、衛生兵の撃滅が戦闘の行動倫理。民が人質となる可能性も捨てきれません。防衛が要ですので」
後ろから切り崩すのは定石。いかに背後を取るかに掛かってくる。むしろ防衛班の人数が足りないとさえ、カルメは思っている。
「我々が行うのはあくまで支援行動。直接的な戦闘が起これば後退を厳守します」
(戦闘による勝利が目的ではない? 講和狙いという事か。しかしあの連合が大人しく講和を提案するだろうか)
疑問はあるものの、カルメの言葉を信じ頷く。
「相手は人間なれど、マリスタザリアの存在もあります。十分注意し対応願います」
「マリスタ、ザリア?」
「明確な名称がない以上、王都で使われている呼び名を使います。呼称を統一し、情報伝達に役立ててください」
ディモヌ信奉者から疑問が投げかけられるが、カルメは素早く対応する。この軍は急造チーム。そんな中で異物たるディモヌ信者の扱いが難しいのは言うまでも無い。しかし、カルメは上手く捌き切る。
「連携を密に。情報伝達は素早く正確に。どんな些細な事でも上官への報告を義務付けます。上官は情報を斬り捨てる事無く、真偽を確かめた後本部へ報告を願います」
末端であろうとも、感じた事はどんどん報告しても良いという。情報の錯綜に繋がるかもしれないが、カルメは戦場の生の声が欲しいと思っている。
「セルブロ、王都との連絡網の作成の方は?」
《順調です。大落窪を避け中継を設営しています》
「この前の通信は雑音が多かったので、多めにお願い」
《心得ております》
「コルメンス陛下とアンネリス女史に直通が良いわ」
セルブロが”伝言”越しだが頭を下げたような気がした。高速艇でも時間がかかりすぎるが、問題はない。カルラ達の飛行船を借りて来たようだ。戦争が起こるのは分かっていた為、共和国にバレぬよう工作し回収していたのだ。すでにセルブロ班はカルメの命令で動いている。カルメの息がかかった、先鋭部隊だ。
「守るべきは国ではなく人。各班行動開始」
カルメの言葉で、班で別れ動き出す。そしてカルメも、連合奇襲部隊に対し命令を下し移動を始める。
最後にカルメは北を見る。隕石が落ちた影響か、魔王がまた何かしているのか、空が曇っている。不穏な空気を感じ取り、カルメの表情も曇ってしまう。
(あの光が出たのですが……まだ、戦っているのでしょうか)
止めの一撃。【アン・ギルィ・トァ・マシュ】についてはそう聞いている。なのに、まだ暗雲が立ち込めている。
カルメは頭を振り、再び歩き出す。もはやあの場所は、只人が立ち入って良い場所ではない。
「カルメ様。準備完了致しました」
「では、参りましょう。敵を見つけ次第攻撃を加えていきます。下手に死者を出さず、怪我人で抑えるように」
「数を減らさないでよろしいのでしょうか……?」
「死者は打ち捨てとなりますが、怪我人ならば放っておくという選択肢を取り辛いでしょう。相手は奇襲部隊として王国に攻め入る者達。数が極端に減る事を嫌います。怪我人を伴えば、移動速度も落ちるので」
対マリスタザリア以外でカルメの戦術を聞く事がなかった兵士達が、目を見開く。功を焦りたがるものだが、非情で冷静だ。
「我々の目的はあくまで足止め。殺害は最小限で」
「わ、分かりました」
(人同士で争うなんて不毛ですので)
「狙いは足。地面への起き型”炸裂”を用意します。威力は一週間歩けなく程度まで抑えてください。連合は、重傷、重体となれば同じく打ち捨てますので」
「ハ……ハッ!」
可愛い子だからと適当にカルメに付いて来た者達も居るが、考えを改める。十二歳程度の少女とは思えなかった。自分達の前には少女ではなく、指揮官が居る。
「二時間足止め、お願いします」
「何か、あるのでしょうか」
「人間誰しも、勝てると思っている戦争で後ろなんて……ろくに確認しないという事ですので」
(リツカ姉様達でもない限り、後ろの敵に気付きません。何より――あのお方は私達のように手緩くありませんので)
カルメの自信に満ちた足取りに、兵達は鼓舞される。この少女の前では、連合の兵などただの、烏合の衆なのかもしれない。
(も、う……)
頬に、リツカの血がつく。アルレスィアはそれに触れ、震える手足で立ち上がろうとするが……足がガクッと落ち、立ち上がる事が出来ない。
声すら出せずに居るアルレスィアの周りには、飲み干したであろう生命剤の空瓶が転がっていた。
早く”盾”くらいは使えるようになりたいという表れだが、所詮は市販の栄養ドリンクのような物だ。効果は余り無く、アルレスィアの魔力、体力は一向に回復していない。
(……っ……)
今も魔王との攻防を続けているリツカを見て、アルレスィアが俯きそうになる。
玉座の間では、地面を蹴る音と槍と刀がぶつかる音しかしない。魔王に少しだけ、汗が見える。しかしそれは、リツカが優勢だからではない。
(こいつ……意識は、あるのか……? いや、我は何を考えている。意識が無ければここまでの戦闘が――)
魔王はリツカの瞳を見る。どこか虚ろだ。しかし動きに変わりはない。むしろ洗練されているようにも感じる。
魔王の槍に速度が乗る前、どこに刺突が来るかすら分からない段階でリツカは槍の側面に合わせ弾いている。予測、感知、もはやそんなレベルではない。
虚ろな瞳で、何処を見ているのか定かではないリツカの正確無比な迎撃に、魔王は精神的に押されているのだ。
先手を取り続けるリツカ。しかし……魔王の攻撃は次第にリツカを捉え始めている。もうリツカからは【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を感じない。ただの”抱擁強化”だけの所為か、槍の衝撃がリツカを削っているようだ。
だが、リツカの背にはまだ翼の名残が残っている。まだ魔法が解けた訳ではない。しかし魔力は、殆ど尽きてしまっている。だから翼は……そこに在るだけとなっているのだ。なのに、”抱擁強化”だけは解けていない。致命傷を避け、アルレスィアの休息を守り続けている。
(このまま削る事も出来る。我が攻撃を食らう頻度も減ってきている。良い反応を見せているが、ここまでか)
思案中も攻撃を続ける魔王から、リツカはアルレスィアを守っている。血飛沫が辺りを染め、刃毀れする音が響く。
アルレスィアが【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を使った事は、必然だ。魔王が隕石を降らせた時点で対応出来るのはアルレスィアしか居ない。
魔王が自己処理するつもりだったという話だったが、二人にしてみれば関係ない事だ。魔王の攻撃が行われ、世界が脅かされた。それを止めるのが”巫女”の務めなのだから。
だが、そこから全てが狂った。アルレスィアは魔力の殆どを失い、気絶する寸前。リツカは魔王との攻防で全てを使い切ってしまった。
(何を、呆然と……座っているのですか……! 早く、リッカを……守らない、と……)
アルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は確かに強力だった。自覚し、リツカに想いを伝えた事で威力を大きく上げていた。だけど、消費魔力が増えていた。こんな事は、本来ならば起こらない。
(何で、私は今…………っ……リッカを止めないと……死んじゃ……)
リツカに手を伸ばそうとしたのか、アルレスィアが倒れこむ。リツカは遂に、魔王の槍で吹き飛ばされる。だが、何事も無かったかのように再び魔王に接近していく。
(こいつ、やはり――ッ!)
魔王が、再び違和感を持つ。それもそうだろう。リツカは痛がる様子も無く、余計な動作など一切せずに、思考しているとは思えない動きで真っ直ぐに向かって来たのだ。
リツカは、先程からずっと――意識を失っている。アルレスィアを守るという、ただ一つの本能だけで体が動いているのだ。全ては……”抱擁強化”に込められた想い故に。
「意識が無くなろうとも、か」
何故、攻防を繰り広げていた魔王が気付かなかったのか。それは一重に、リツカが放つ殺気が本物だったからだ。
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