決戦⑪
(この水、シーアさんの……)
(これで、安心……です、ね……)
魔力を殆ど使いきったアルレスィアが、再び膝をつく。リツカが支えようとしたが、魔王がそれをさせなかった。
「くっ……」
「まさか防ぎきるとは、巫女のアン・ギルィ・トァ・マシュ、恐ろしい威力だ」
リツカが、魔王を受け止める。まだ刀に光は灯っている。リツカの翼も健在。しかし、限界が近い事に変わりは無い。
「世界、平和……?」
あのまま隕石が落ちていれば、この世界は間違いなく滅んでいた。世界平和を望んでいる男の行動ではない。
「この城だけに被害を留めるつもりだったのでな。世界を終わらせたりなどしないさ」
「っ……!」
アルレスィアの努力を否定された気がして、リツカは歯噛みする。
魔王がアルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を見ようとしたのは間違いない。しかし……もし止められずとも、魔王が簡単に対応したと言われたのだ。リツカは下唇を噛む。
今自分の後ろで衰弱しているアルレスィアを想うと、リツカは涙が出そうになる。世界を救う為に、魔力を使い果たした。そのアルレスィアの行動を、魔王の気まぐれのような行動で穢されたくないのだ。
「レティシア・エム・クラフトの機転も見事だった。判断力、決断力、実行力、どれも優れている。やはり殺すには惜しい人材だ」
リツカの心情に気付いているはずだが、魔王は淡々とレティシアを褒める。
レティシアが殺される事がないというのは朗報だが、魔王に気に入られるというのは良い事とは思えないリツカは、魔王の槍を弾く。
「まだ、私が居る」
「虫の息だ。などとは言わぬ。しっかり守りきってみせよ」
魔王は全力だ。動けないアルレスィアを狙ってくる。リツカは刀と翼で、魔王の猛攻からアルレスィアを守る。反撃する余裕はないが、専守防衛ならばまだ、動ける。
(あの隕石、皆が見てた……! なら、アリスさんが砕くのも……見てくれたはず! だったら……希望はまだ、潰えていない……!!)
アルレスィアの想いは……届いている。リツカは強く信じ、耐えている。魔王の槍を弾き、アルレスィアに傷一つ付けることはない。
魔王は、その光景を見ただけで――リツカの危険度を更に上げる。手抜きもちろんしていない。なのに、戦闘開始時は槍の衝撃や地面のクレーターを作り出し、飛礫を生み出していたというのに、今は一切ない。
慣れてきているのだ。魔王の刺突に。槍の衝撃は翼で確実に打ち消す。クレーターがアルレスィアの近くに起きない様に、弾く方向をコントロールしている。技術という面で、魔王に到達できない位置に、リツカは居る。
幾百という刺突を弾く刀と赤い魔力が、閃光となり魔王にまで襲いかかってくる。防ぐだけでなく、反撃まで入れてきたのだ。
(ゴホルフよ。やはり我は――赤の巫女の方が危険と考える)
もはや戦闘に参加出来ずに、無力に苛まれているアルレスィアは敵ではない。魔王はリツカを殺す為に槍を振り始める。そうしなければ、リツカに傷一つ付けられないと直感したからだ。
魔王がリツカの前から消える。しかし魔王が消えるのと、リツカが動くのは同時だった。同時に動いたのに、魔王は再びリツカの前に居る。数度の攻防、そして魔王はまた消える。常にアルレスィアを狙える位置に陣取るが、リツカは正確に読みきる。
「お前に集中して……殺らねばならぬようだな」
「やらせない」
リツカの瞳と翼に力が灯る。想いが、強くなっていく。アルレスィアの絶望は、リツカの赤により拭われていっている。今までとは何処か違う、リツカの背中。アルレスィアはその背を、じっと見つめる。
まだ、アルレスィアの戦いは終わっていない。リツカが居る限りアルレスィアは――折れないから。
隕石が巻き起こした土煙や土砂の雨が止んだ頃、カルメの国にざわめきが戻ってきた。
「さっきの光って……」
「あん時のだ」
兵士達が思い起こすのは、数日前。ウルの方から発せられた眩い赤と白の閃光だ。
「被害状況の確認をお願いします。それと、王国西部の状況はどうなっていますか」
カルメが命令を出す。リツカ達のお陰で隕石が消えた。それを理解しての行動だ。初期動作が遅れれば死者が出るかもしれない。リツカ達がせっかく繋いでくれた世界なのだから、最善を尽くす。
「窓が割れ、外壁が崩れ怪我人が数名出ました! しかし重傷、重体者、死者は居ません!」
「王国西部では戦闘が開始されました。現在連合の奇襲部隊が北上している模様!」
カルメが頷き、数名集まっている場所に向かう。そこにはリツカ達が見知った顔が並んでいる。
壁の外には、一国の兵と呼ぶに相応しい数の兵が並んでいる。戦争に際し、我こそはという志願兵としてここに並んでいる。が、殆どがカルメの考えに賛同した者達だ。
あくまで志願兵という形にする事で、後の計画に支障がないようにした。
ただし、知られたくない相手にまで……カルメの存在を知られる事にはなったが。
「まさか、皇国のお姫様が国を創っていたとは」
教祖フゼイヒ。ディモヌが抱える兵が出兵するという事でやってきたのだ。
「先日はお招き出来ずに申し訳ございません。門番には街の者以外は通さぬように伝えていたものですから」
「いえ、お気になさらず」
カルメが目礼にて謝罪する。
「教祖様。挨拶は後ほど」
ミュルハデアルの長、フレーデグンデが世間話を続けようとした教祖を止める。
「では、一言だけお時間を」
「何用でしょう」
カルメの嫌いなタイプだ。笑顔の下で何を考えているか分からない人間程、信用出来ない。そんな時、気を紛らわせようと脳裏にチラつくのはカルラだったが、今ではリツカ達も見える。笑顔が眩しい人達だった。さっきの隕石を壊してくれたのも、彼女達。
彼女達の帰る家を守る。カルメはこの戦争、負けるつもりはない。もしフゼイヒが無理難題を言うようなら突っ撥ねるつもりだ。
「我等ディモヌの傭兵達には防衛をしていただきたく」
ここに集まった者達の中には、ディモヌを深く信奉している者も居る。フゼイヒの願いを無碍にするのは得策ではないだろう。内部分裂は恐ろしいものなのだ。
(蔑ろにしていない事を示した方が後に有利ですので)
「それは私を信頼していただきたい」
「貴女がそういうのなら任せましょう」
フレーデグンデが後ろに控えていた副官のダニエラに指示を出している。フレーデグンデはフゼイヒから信頼されている。軍人気質なフレーデグンデは、フゼイヒにとっても扱いやすいのだろう。
「では、後は任せました」
「御意」
フゼイヒが離れていく。ノイスの教会に戻るようだ。
完全にフゼイヒが離れ、信奉者が居ない事を確認したフレーデグンデがカルメに深く一礼する。
「申し訳ございません。その代わりと言ってはなんですが、私共は前線で構いません」
「いえ、フレーデグンデさんにはこの国を守っていただきたいと思っております」
「それは、セルブロ氏の方が良いのではないでしょうか」
「私も貴女を信じておりますので。それにセルブロは王宮に先行しています」
「……ご期待に、必ずや応えます。カルメ様」
フゼイヒはもちろん知らない事だが、フレーデグンデはカルメの方に着いている。
「ただもう少し表情を柔らかくするべきですね」
「それは……申し訳ございません。これは生まれつきです」
「機会があれば、リツカ姉様達に謝らなければ。いらぬ心配をかけてしまいましたので」
「はい……」
実は、フレーデグンデはリツカ達と会った時からカルメの仲間だ。巫女を探していたのはディモヌの為ではなくカルメの為だった。だが、嘘発見器に掛からなかった為報告が遅れたのだ。
あの時巫女一行はディモヌへの警戒心が高かった。その所為でフレーデグンデと対立するような関係となってしまい、巫女ではないという嘘までつかせてしまった。いらぬ心労をかけてしまったと、カルメから巫女の事を聞いたフレーデグンデが、カルメに謝罪を入れたのだ。
しかしフレーデグンデにも言い分はある。カルメの仲間と知られてはいけない為、素性が分からない只の旅人相手に色々話す事は出来ないのだ。
もしあの時リツカ達が嘘をつかなければ、もっと早くにカルメの情報を得ていたのだが……詮無き事だ。
「防衛はフレーデグンデさんの十八番ですので。この国をお願いします」
「死力を尽くします」
「生きる努力を怠らぬよう」
「ハッ」
カルメとフレーデグンデが兵士達の前に向かう。先程の隕石と、その隕石が消滅するという二度の衝撃的な光景に、兵士達の会話は白熱していっている。
「これより作戦を伝える。静聴」
フレーデグンデが檄を飛ばす。流石というべきか、一声で集団のざわつきが止まる。
「ありがとうございます」
カルメが、皇姫としての顔を見せる。一礼し登壇した姿は高貴さを纏い、見る者全ての姿勢を正させた。