決戦⑩
リツカが再び魔王を斬りつけた時、王都でも動きがあった。
「来たようですぜ」
「ああ……開戦だ」
西に展開した防御拠点、その最前線が攻撃を受けたという報せが届いたのだ。
「だがカルメさんの情報では、敵は広く横長に展開しているらしい。どう思う?」
「先ず間違いなく陽動でしょうな。西に来たからと兵を集中すりゃ、北部から奇襲を受けるって所でしょうか」
「カルメさんも動いてくれているが、こちらからも兵を送ろう。ただし、陽動に乗った振りをしてね」
「了解。そんじゃ、西は俺が入りましょう。ライゼが居りゃ突進してもらうんだが」
「君でも十分、本気度を見せられるさ」
西の陽動に引っかかったと見せるために、防衛の要であるディルクを送る。それは相手に、本気度を示す事になるだろう。
北部へは選任数名を隊長とし送る。人相手、それも計略でもって侵略していた連合相手に、常にマリスタザリアと戦い揉まれて来た選任が負けるはずがない。傲慢ではなくこれは誇りだ。
「とにかく、時間をかけずに講和に持ち込む為の損耗を与えなければいけない」
「悪意、ですかい」
「ああ」
コルメンスは無策という訳ではない。悪意の問題もしっかりと考えている。最も良い解決策は講和に持ち込む事だが、相手は完全にこちらを侵略仕切る気で居る。
(議会の動きが性急すぎる。もしかしなくても、悪意の影響、か。カルメさんの予想では今日リツカさん達は魔王と……無関係とは思えない)
最悪の場合、議会を滅ぼすしかないと……コルメンスは覚悟を決める。
「アンネ。斥候に議会の位置を――」
「報告!!!」
本部となっている王宮執務室に兵士が入ってくる。
「聞こう」
「その……見ていただいた方が早いかと!!」
兵の余りの同様ぶりに、コルメンスはたじたじとなりながらも兵についていく。といっても、執務室から出て窓の外を見ただけだ。
「一体何が――――は、ぁ!?」
コルメンスは見た。遥か遠い北の大地に……この王都をも越えるような大きな岩が、落ちていっているのを。
「北……それもあの遠さは、まさか」
「……魔王、でしょうか」
魔王による、何らかの魔法。それだけは分かる。しかし余りの規模に理解が追いつかない。距離があるというのに、でかでかと……王都から見る事が出来る。太陽が落ちてきたと言われても納得出来る程の大きさなのだ。
「あの大きさが落ちたら、どうなる?」
「リツカ様から聞いた、向こうの世界の創生誕では……落ちてきた隕石によって氷河期という物がきた、と」
「どうにか……出来る、のか……? あんな物を……」
二人は絶望に顔を歪める。落ちてくる星を吹き飛ばすなど、出来るのだろうか。例え出来たとして、その欠片ですら大地に与える被害は……どれ程の――。
魔王の真意を知らない者達。魔王の存在を冗談と思っていた者達。魔王を嘗めていた者達。全ての人間が、魔王という存在を知り、畏怖した。そして一様に絶望するのだ。
魔王が世界を滅ぼし始めたと。
しかし、その魔王を倒しに出て行った者達が居る。その者達は今も、戦っている。そして世界はもう一つ知るのだ。
世界はまだ、終わっていないと。
「レティシア。様子がおかしい」
「何でしょウ」
窓がない講堂では、何が起きているか分からない。しかし何かが起きているというのは本能で分かる。
「てんじょーあけてあげよっか」
「やってやれ」
「はーい」
リチェッカが魔王同様、天井に穴を空ける。そして三人も目撃する。
「隕石……?」
「でけぇな。あんなの落ちてきたら死ぬな」
「何言ってるんでス。あんなのが落ちたらこの星も終わりですヨ」
「あん?」
「絶滅って奴でス。世界中、衝撃で木っ端微塵ですヨ」
「はあ?」
学が微妙に足りていないライゼルトには少し理解出来ないが、レティシアが冗談を言っていない事は分かったようだ。
「世界平和ってのはどうしたんだ。クソ爺」
「まァ見てろ」
「ン……まさか、巫女さん」
レティシアが、魔力を感じ取る。何度も窮地を救い、希望の光そのものともいえる。魔法の極致――。
アルレスィアが、高らかに告げる。
「私の想いを受け、私の敵を拒絶せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!!」
吹き抜けとなった天井から光が差し込む。刀を持った巨大なリツカが、構える。接近する隕石は眼前まで迫っている。熱と風が吹き荒れ、終焉を思わせる空気を運んで来た。
しかし、レティシアは即座に動く。
「何かに掴まっておいてくださイ」
ライゼルトとウィンツェッツだけに聞こえるように伝え、レティシアも詠唱を始めた。
「押し流す! 激情を受け我が敵に失意の奔流を!!」
紡ぐは、”激流”。激流は講堂を突きぬけ、天井から外へと流れ出る。崖の上から崖下へ、まるでナイアガラの滝の如く水が流れていく。
(ケルセルガルドの人が心配ですけど、四の五のいってられません!!)
周囲数十キロに渡り、水が広がっていった。
構えていた巨大リツカが、鯉口を切る。アルレスィアとリツカ、二人の魔力を受けた斬撃が――放たれる。
カッ! と光が世界へと広がっていった。
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は攻撃魔法だ。アルレスィアの敵にダメージを与える。それは何も――悪意だけの話ではない。
隕石に罅が入って行く。居合いをした巨大リツカが、刀を何度も振るう。アルレスィアがいつも見て来た、愛する人の斬撃。隕石に、更に細かい罅が入って行く。
(っ……リッ、カ!)
アルレスィアが目を見開き、白銀の魔力が炎のように燃え盛る。眼前の魔王を斬りつけ続けているリツカが、只管にアルレスィアを想う。
罅が入った隕石に、巨大リツカが蹴りを入れ――そして隕石が、砕けたのだ。
世界に鳴り響く、隕石の断末魔。泣き喚き、涙を撒き散らすが如く、細かくなった隕石が降り注ぐ。その隕石すらも被害を齎す。だが、リツカの技術で放たれた蹴りは隕石を爆発させずに砕いた。広範囲に広がる事無く細かくなった岩が落ちて来ている。
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が最期の力を振り絞り、刀をもう一度振る。これで、城だけはとりあえず守られた。だが、周囲に散った岩は、大地を抉る威力を伴って落ち続けている。しかしその範囲は、丁度……レティシアが水を張った場所に収まったているようだ。
「流石、巫女さんですネ」
「お前も良ぉやった」
ライゼルトに頭を撫でられ、レティシアが尻餅をつく。外の状況までは分からないが、自分の水に何かが落ちたというのは感じ取った。地面は抉れ、森が崩れただろうが、あの隕石の被害から考えれば微々たるものだ。
(ケルセルガルドと……カルメさんの国とウルは無事でしょうか)
確かめる術はないが、最大の難は逃れた。
「あはは! すごーい。まおーのあれこわしちゃった」
ぱしゃぱしゃと、水を蹴りながらリチェッカがはしゃいでいる。
「魔王が処理するつもりだったんだがな」
「何……?」
「世界平和を目指しとるっつっただろ」
ライゼルト達は硬直する。特に……レティシアの顔は絶望にも近い表情が浮んでいた。
(まァ、魔王は巫女のアレを直接見たかったんだろうがな。計画通りといや計画通りだが、向こうはもう終わりだな)
マクゼルトの思案顔にも気付かずに、レティシアの脳裏には一つの心配事だけが駆け巡っている。
「巫女さんが……リツカお姉さんが……危ないです……!」
フラフラの状態で、レティシアは走り出す。講堂を抜ける為の道に一直線だ。が……。
「だーめ」
「う、ぐ……」
背中を押され、前のめりに倒れたレティシアに、リチェッカが座る。
「じゃまはだめー」
「この……!」
ライゼルトが斬りつけるが、リチェッカは意に介さない。今のレティシアは何をおいても巫女の元に向かう。自身が斬られようとも、レティシアから退かないつもりだ。
「お前等……」
「世界を救った英雄には代わりねぇ。だが、世界は魔王を選んだってだけだ」
「まだ決まってねぇ!」
ウィンツェッツもマクゼルトに斬りかかる。どういう状況かはいまいち分かっていないが、レティシアの無用心な行動で切羽詰った状況というのは分かった。
「そう焦るな」
ウィンツェッツもまた、無用心に突っ込んでしまう。マクゼルトが絶妙なタイミングでカウンターを合わせる。ウィンツェッツの顔にマクゼルトの拳が当たり、後ろに吹き飛んでいった。
レティシアがその様子だけ見て、目を見開く。死んだと思った。しかし、マクゼルトは自分の拳を見ている。
「お前か」
「馬鹿息子。焦んな」
「チッ……分ぁっとる」
血を吐き出し、ウィンツェッツが起き上がる。頬が少し切れているが、生きているようだ。
(俺の拳が当たるより先に、ライゼが後ろに投げ飛ばしたか)
「リチェッカがレティシアから離れようとせん。先にこっちをやるぞ。もう一対一に拘るな」
「ああ……」
マクゼルトが少しだけ楽しそうにしている。対照的にライゼルトとウィンツェッツは余裕のない表情を浮かべ、間合いを詰めていった。
講堂の戦いは再び、膠着状態へと陥るのだった。