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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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決戦⑨



 会話しながらリチェッカの遊び相手になっているような二人とは対照的に、ウィンツェッツは着実に追い込まれている。


「正直驚いた」

「……チッ」


 舌打ちしたウィンツェッツは、口の中に違和感を感じて吐き捨てる。カラン、という音がし、血と共に歯が落ちた。


「トゥリアん時はただの童だったが」

「ガキの方が物覚えが良いらしいぞ」

「カカッ」


 魔法を使い全力で戦っているウィンツェッツに対し、マクゼルトは余裕がある。


(赤ぇのが片腕は完治してねぇっつってたが、俺からすりゃ……ほぼ関係ねぇな。隙らしい隙を見つけれんどころか押されちまう)


 この戦場、魔王陣営が圧倒的に優位だ。常に命を握られているような緊張感によって、体力の減りも早い。


「馬鹿息子と阿呆孫同時に失くすのは辛いもんだが、ここまで来ちまったもんは仕方ねぇ」

「……ライゼは殺したくねぇんだろ。向こうの担当になるのを良い顔しなかったしな」

「まぁな。だが、アイツももう一人前の男だ」


 リチェッカが本気になればライゼルトは死ぬと思っている。多少は耐えられるだろうが、”魔王化”を突破出来ないからだ。


「ま。最期の団欒ってな」

「最期はお前等だけだ。阿呆が」

「強がるな。体力回復もまともに済んでねぇんだろ」


 まだ魔法を使っていないマクゼルトが本気になった時、今のままでは対応出来ない。少しでも体力を回復させようと会話に乗ったがバレていたようだ。


「魔王の戦いも始まったばっかみてぇだ。もうちっと遊んでやるよ」

「チッ……」


 片膝をついたウィンツェッツを、マクゼルトが見ている。手緩いマクゼルトにウィンツェッツは不満があるだけなのだが、マクゼルトはその不満に気付かない振りをする。


「満足したってならそのまま座ってろ。今日殺すのは巫女二人と連合の馬鹿共だけと決まっとるんでな」

「戦争で死ぬだろうが」

「必要な犠牲という奴らしい。もう俺の妻は死んどる。今更一人二人死のうが変わらん」

「やっぱお前、マリスタザリアだわ」

「最初からそう言っとる。俺等はもう人間じゃねぇ。大いなる計画の前に、多少の死人なんてのは数に入らねぇんだよ」


 自嘲を含んだ表情で肩を竦め、マクゼルトはウィンツェッツに近づいてくる。


(その割には手前ぇ、納得してねぇだろ。クソ爺)


 ウィンツェッツはマクゼルトを迎えうつ。そのまま魔法を使わないならそれでも良い。使う前に首を――刎ねれば良いのだから。


(お前まで無敵って事ぁねぇだろ)


 力が入りきれていない足に拳を叩き付ける。自身を奮い立たせ、再び斬りかかった。


(何だって、お前も馬鹿も、無駄な事をしやがる。人間なんざ、信用出来んだろが)


 マクゼルトはイラついていく。純朴な子供でもあるまいし、何故そこまで他人を信用出来るのか、と。


 裏切りや嘲笑、対立、嫌悪に嫉妬、人の悪意は醜く世界を染め上げる。それを管理する者が必要だ。魔王がそれを管理する。もう二度と、争いなど起きない。そう伝えたはずだ。


 なのに何故この三人は向かってくるのか。マクゼルトには理解出来ない。徹頭徹尾人を嫌っているマクゼルトには、もう見えない。懸命にもがき、世界を良い方向にしようと尽くしている人間が。


 恐怖と管理ではなく、慈愛と対話で変えようとしている人間を、認められない。人間を諦めたマリスタザリアには、それがただの幻想だと思えてしかたないのだ。


(【ヴァンテ】)(・イグナス)

「チッ……!」


 ”風”を起こしたマクゼルトに、ウィンツェッツは飛び掛る。遂に魔法を解禁したマクゼルト。しかしそれは、マクゼルトにとっては微風みたいなものだ。ウィンツェッツは攻撃を激化させる。これが暴風となる前に、終わらせる、と――。




 講堂の戦いが再開された。劣勢ながらも、会話を交え何とか食らいつくレティシア達。余裕の態度を崩さずに遊び感覚で相手をしている魔王陣営。どちらも、魔王と巫女の戦いを邪魔しないという目的は達成出来ている。


 当のリツカとアルレスィアは、膝をついていた。


「リッカ……」


 リツカが反応出来ずに居る。アルレスィアも肩で息をしているが、リツカが回避を重視してくれたお陰でまだ動く事は出来そうだ。その代わりリツカがぐったりとしている。


「巫女が動ければ勝機はある、か。しかし今の巫女にアン・ギルィ・トァ・マシュが撃てるのか?」


 魔王の体の輪郭が崩れ、炎の様に揺らめいている。リツカの猛攻は効果があったのだ。魔王は順調に命を減らしていた。まだまだ先になるが、リツカ達の計画は成就しただろう。


「お前のアン・ギルィ・トァ・マシュ。後何分持つ?」


 リツカが座り込んでしまう。翼は魔王と同様に輪郭を失い揺らめいている。いつ消えるか分からない程、儚げだ。


 座り込んで数分程経つ。アルレスィアはリツカの横で肩を支えている。しかしリツカは何時もの様にお礼を言う事すら出来ない。


「お前達二人の攻撃、見事と言わざるを得ない」


 魔王が槍を構える。 


「だが、我の敵ではないな。戦争も始まる。お前達の希望は断たれるだろう」

「――――」


 か細い声が、アルレスィアの耳を撫でる。覚悟を決めた表情で、アルレスィアは力強く頷いた。


「お前達との力比べは我の勝ちだ」

「まだ」


 槍がリツカ達に襲い掛かる。その先端は、肉を容易に貫き、塵すら残さずに消し飛ばすだろう。


「希望はあります」


 アルレスィアの”盾”が槍を一瞬止める。


 撃ち出される”闇の槍”と違い、手に持った闇の槍は高純度の悪意が込められている為一瞬しか止められない。


 だが、一瞬で十分。


「ム――」


 魔王の前から、二人が消える。


「まだ動けた――」

「――シッ!!」


 翼に力を取り戻したリツカが、魔王の背を切り上げる。


(どうやって力を取り戻した。確かに限界だったはず)


 この戦いの為だけに、リツカが隠していたとっておきだ。生命活動を最低限の体力で行い。体の休息に努める。本来寝たきりの病人等が行うこれを、リツカは意識的に行える。戦闘開始前とまではいかないが、また暫くは戦える。


 斬られ、浮かされた魔王はリツカの回復に疑問があったが、それ以上の疑問が思考を支配する。


「何を、した?」


 答える声はない。だが、リツカの斬撃が答えだ。


(赤の巫女の攻撃ではないのか? 何故こんなにも悪意を浄化される)


 リツカの”光”では、十から二十が限度。しかし今は、一度に六十から百を越える浄化を行っている。急所に当たれば一気に千を持っていかれるほどの、密度。


「巫女、か」


 リツカの刀が、”光”で煌々と光っている。しかしその刀は何時もの赤ではなく、どこか白い膜で覆われている。


「そんな事も出来たのか」

(賭け、でした)

(でも上手くいった……! このまま行く!!)


 一度も試した事は無い。リツカの刀にアルレスィアが”光”を纏わせるなど。


 本来”纏”が必要となるこの技術。アルレスィアは”纏”が苦手だった。逆にリツカは、”纏”がなくとも自身と自身の刀に纏わせるのを得意としている。


 だからリツカは、アルレスィアに刀へ”光”を当てさせ――()()()


 リツカの弱い”光”では、足りない。アルレスィアの高純度の”光”を纏わせ、リツカが何度も斬りつける。


 アルレスィアも一度の魔力消費で良いこの戦法。リツカはこのターンで終わらせるつもりだ。


「シッ――!!」

(成程。ありえぬ事象だが、この二人ならばという説得力がある)


 直近では、ドラゴン戦。二人の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を合わせるという人知の外の技を以って”黒の激流”を防ぎ切った。

 

(決して嘗めていた訳ではない。だが、焦りが在った事は認めよう。我は戦争への介入と”神林”への遠征を急いていたという事を)


 魔王が自身を律する。待ち望んだ計画の成就だけに、止めを焦ったのだ。


「このままでは悪意を削りきられ、巫女のアン・ギルィ・トァ・マシュで止めだな」


 死期を悟った、ようには見えない。リツカが斬撃を加速させる。アルレスィアも、時を待ち魔力を練っている。だが二人は突然……上を見上げた。リツカは攻撃を止めてしまう。


「何……?」

「何か、ざわついています……」


 リツカだけでなく、アルレスィアも感じている。圧倒的な――死の予感。


「見せてやろう」


 闇が晴れ、玉座の間の天井が吹き飛ぶ。魔王が”黒の砲撃”で吹き飛ばしたのだ。


「な――!?」

「――っ!」


 二人は、戦闘中だというのに固まってしまう。見上げた先にある物を見て。天井は吹き飛んだ。空は晴れだった。なのに、部屋は暗いままだ。


「リッカ」

「任せて。だから……お願い」


 アルレスィアが生命剤を飲み、力強く頷く。そしてアルレスィアは――紡ぎ始めた。


「――光の炎、光の(つるぎ)、赤光を煌かせ」



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