決戦⑦
「だが、やはりお前達だけが我を殺せるようだ」
魔王が、今度は自分の番と言わんばかりに槍を振るう。
「……?」
「我が悪意を取り込んだ者達は、我にダメージを与えられないのだからな」
「っ……!?」
リチェッカに、そんな効果はなかった。特性までは模倣出来ないのだろう。
「”拒絶”により我の干渉を免れ続けた巫女。この世界に来て間もなく、感情を先日まで強固に守り続けた赤の巫女。お前達だけが我を殺す事が出来る」
「……”光”、なら」
「我は悪意を操る。浄化される前に悪意で染め直せる」
悪意を魔王に吸収された者達の攻撃は、それがたとえ”光”であっても効果を持たないと魔王が言っている。二人の攻撃が通るのだから問題はないのだが、リツカには不安が過ぎる。
(まさか……リチェッカ……)
(大丈夫です)
リツカの不安を、アルレスィアが払拭する。
(勝機は、あります)
リツカが頷き、刀に力を込める。後の事は今気にしても仕方ない。魔王がこちらの力量を量っている間に決めるしかないのだ。
「フッ――!」
短く息を吐き、魔王が槍をリツカに向かって突き出す。避けられない速度ではない。槍が放つ圧も、マクゼルトの拳圧より弱い。軽く避けて、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】の自動魔力砲で対応出来る。
「――――!」
しかしリツカは、自身の直感に従い槍を地面に叩き落とした。
「良い」
「っ」
槍は地面に激突する事無く空振りに終わったはずが――地面が大きく爆ぜ、クレーターが出来上がった。
魔王はリツカの反撃を嫌い大きく離れるが、リツカが反撃をする事は出来ない。真横で爆ぜた地面から飛来する礫の衝撃で、リツカは地面を転がっていた。
「リッカ……!」
「大丈夫っ……アリスさんは、盾を強くして……!」
槍の側面に発生していた圧はそれ程でもなかったが、先端は恐ろしい程の威力を秘めている。その貫通力は……直撃を受けると、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】であっても危ない。
転がっていたリツカが飛び起き、そのまま魔王に接近する。槍、ランスに有利を取るには、いかに近い間合いで戦うか、だ。その近づくまでが、同格では難しいのだが、リツカは上手い事入っていく。
リツカの母十花の得意武器は薙刀。槍とは違うが長物相手には慣れている。
(やっぱり、攻撃させられない……!)
槍であっても、近接戦は出来る。しかしリツカの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】がそれを許さない。
「シッ――!」
「――フッ!」
リツカの斬撃に、魔王は無防備に手を上から下に下げる。それは、何かを投げるような動作だった。リツカの刀が魔王の首を捉えるが、両断には至らない。リツカは何かの衝撃を腹に受け、再び地面を転がってしまったからだ。
「っ!?」
「リッカ!」
魔法を失念していた訳ではないが、直撃を受けてしまった。リチェッカとの戦闘経験を活かせなかった事が後悔となってリツカの顔を苦悶に染める。
「一端こちらに!」
「ダメ……!」
ポタポタと何かが落ちる音が聞こえるが、リツカは再び魔王へと突進する。
「アン・ギルィ・トァ・マシュか、硬いな」
「どの口が……!」
再び刀と槍がぶつかり合う。その間も、地面には水滴が落ちるような音がしている。
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】はしっかりと腹を守った。ドラゴンの”闇の激流”であろうと、リチェッカであっても、この翼を突破する事は出来なかった。なのに今……リツカは腹から血を流している。
「胴体があるではないか」
「っ……」
もし翼が守らなければ、リツカの腹は消し飛んでいた。だから魔王は褒めたのだ。まだ生きており、少し血を流す程度にしか傷ついていない事に対して。
リツカの恐怖心が一瞬揺らぐ、魔王はその隙を逃さない。
「―――フッ!」
再び振るわれる魔王の腕。”闇の槍”は再び、リツカの腹を狙っている。正確に、同じ傷口を狙って。
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は作動し、腹を守る。しかし、一度突破されている。再び貫通するだろう。これ以上同じ箇所に受けるのは拙い。出血は増えるし、ボディーブローを受けているようなものだ、疲労に直結する――。
「私の想いに応えよ!! 届け……拒絶の盾……! 撫で風よ……癒せ!!」
「ぁ……つぅ……!」
リツカが再び転がる。先程抉られたクレーターでリツカが跳ねる。激しく転がりながら、アルレスィアの前で漸く止まった。
「……ぇ……ぁ?」
激痛が来ない事に、リツカが思わずきょとんとする。転がりながらも受身は取っていたが、刺し傷の痛みは来ると思っていた。なのに、傷口は広がっていないどころか、アルレスィアの”治癒”で塞がっている。
「はっ……はっ……」
「アリスさん……?」
きょとんとした表情のまま、リツカがアルレスィアを見上げる。魔王もまた、荒い息を吐いているアルレスィアを観察していた。
「貴女さまは……私が、守ります!」
「――うん!」
リツカが飛び起き、再び突進する。
上手く勝てるとは一切、思ってなかった。それでも、圧倒的な力と生命力を見せ付けられ、既に服はボロボロ、髪も乱れている。リツカの恐怖心が再びざわつき始めていた。
(巫女の盾と治癒は、近くで無いと効果がなかったはず。ゴホルフと我で検証したのだから間違いない)
しかし、アルレスィアがリツカを包み込む。リツカは前だけ見ていられる。アルレスィアが完成させた……遠距離の”盾”と”治癒”によって、守られているから。
「ゴホルフは常々言っていた」
リツカの刀を槍で受け止め、魔王は感慨深く言う。
「巫女も注意すべきとな」
「もう、遅い!」
「ああ、そう思うよ」
魔王が自嘲的に笑むが、リツカは魔王が気を抜いているとは一切思えない。部下の助言を聞かなかった事の後悔は見えるが、魔王は一切リツカから注意を逸らしていない。むしろアルレスィアへの警戒も強まり、リツカの焦りが少しだけ強まってしまった。
(……”盾”と”治癒”、一発のアンギルィトァマシュ。盾と治癒は近くで無いと張れないとバレてたけど……アリスさんはここで完成させてくれた。だけど逆に……アリスさんが警戒の対象に……!)
アルレスィアから注意を逸らす為にリツカは突進した。アルレスィアを守りたかったからだ。しかし、魔王はアルレスィアも危険人物と再認識してしまった。それでも、リツカは――。
「――シッ!!」
「ム……」
リツカは、目の前の魔王だけに集中する。魔王にとってはそれが一番の予想外だ。
(我が巫女に注意を向ければ赤の巫女の集中力が逸れると思ったが。これもデータと違うな)
魔王が少し、リツカに押される。順調に悪意が減っているが焦りはない。総人口六十兆を越えるこの世界全ての悪意を集めている。数日無抵抗でも耐えられる。
「リチェッカを宛がったのは正解か。こうでなくてはな」
魔王の高揚に、二人は集中していく。
アルレスィアが心配な余り、リツカは意識が逸れる場面が多々あった。しかしゴホルフの計算では、その隙を突ける者は魔王とリチェッカ以外に居ないと出ている。それを先日実践してみせたリチェッカ。魔王は今回もそうだろうと思い試してみた。だが、リツカは魔王に集中している。
(私はもう……迷わない……!!)
再び打ち合う。防御を捨てた魔王と、防御と治癒をアルレスィアが補助しているリツカ。互いにノーガードで攻撃を繰り返す。そんな中着実に命を削っているのは――――魔王だった。