決戦⑥
「分かっていたさ。神が選んだお前達を真っ向から否定する事でしか、神の下へと行けぬとな」
魔王も武器を構える。ドラゴンを仕留めた、闇の槍。改めてみると、槍というよりランスのようだ。
平凡な男の見た目で、圧倒的な殺気を放つ。その圧は、人の物ではない。マリスタザリアの物でもない。どちらかといえば、神に近い。
「本気のお前達を倒してこそ、神に我の正しさを示す事が出来る。その為に敵を宛がったのだから」
成長を促した。そういう意味にも聞こえる言葉だ。リツカ達を見ている魔王は暗い目をしている。余りの黒さ故光沢を帯び、逆に光っているように見えてしまう。
「私達は私達の想いでここに居る。倒した敵も、自分達の意志で倒したんです」
「あなたに誘われた訳ではない」
「それで良い。ただの小娘を倒すだけでは意味がない」
反論する二人に、魔王は頷く。
待ち望んだ戦い。それは魔王も同様だ。むしろ……魔王の方が楽しみにしていたのかもしれない。二人がもし魔王の言葉を鵜呑みにするか、賛同する姿を少しでも見せていたら、この場から追い出していた程だ。
だが二人は自分達の旅と想いを信じている。ただ漫然と過ごした二ヵ月ではない。しっかり人と向き合った。苦悩した。折れた。それでもここまで来た二人は、小娘ではない。
自分達の言葉と想いで、魔王を殺そうとしている。互いの信念をかけ、戦うに値する戦士だ。魔王はこの二人の為に、今まで準備をしてきた。追い求めた神に近づくために。
悪意の権化たる魔王は、神の事を知っている。姿も声も感じ取れないが、何れは神の一部となる存在として、理解していたのだ。だから魔王は人となれた。魔王の元となった想いが……形を成すに至った。
魔王はずっと、想い焦がれていたのだ。数百年間、神と会うためだけに思考し、行動した。そして遂に、”巫女”が目の前に――。
「かかって来い、人の子よ。お前達の安い未来と儚き幻想、真っ向から否定してやろう」
魔王は、負ける訳にはいかない。”巫女”にだけは、負ける訳にはいかないのだ。
「魔法を使う暇を与えよう。全力で来い」
「……」
絶対的な強者たる魔王は、慢心しない。神を支える”巫女”の座を奪う為に。少しでも侮ってくれれば、と二人は淡い期待をしていた。そんな事する相手ならば今までの旅のように念入りな計画を仕掛けてこないのだから、愚かな期待とは思っている。しかし、どこかで緩みがあるかも、と。
魔王の本気を受け、リツカとアルレスィアがお互いを見て頷く。相手に緩みはない。むしろ、本気で戦うべき相手としてリツカ達を見て構えている。
魔法を使う暇を貰えたのは幸運だったかもしれない。気を引き締める。相手は手抜きなど一切しないのだから。
「光の炎、光の刀、白光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる!」
「それとやりたかった」
一切表情は変わらないが、魔王は喜んでいるようだ。リツカとアルレスィアは更に集中していく。魔王の余裕な態度には気付いている。今までの相手ならば小細工を仕掛けているのではないかと疑う所だが、相手はこちらとの真っ向勝負を待ち望んでいた男。真っ向から【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を潰すつもりだろうから。
「フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ヴァイス・ヴァイス! 赤を抱く白よ、私と共に――強き想いを胸に宿した英雄よ……顕現せよ!」
相手が真っ向から潰すつもりならば、こちらも真っ向から挑む。これは勝ち負けを競う戦いではない。相手に自らを示す為の戦いなのだ。自分こそが正しいと、意志と想いの強さを競う。
「私の想いを受け、”私”を抱擁せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
赤き翼が闇を切裂く。玉座の間が現れ、リツカの魔力が場を支配する。
魔王が感嘆の声を上げる。この闇を切裂く事が出来るとは思ってなかったのだろう。
「一人の人間が放つ魔力としては最高峰。後にも先にも現れぬだろう」
(こんな奴が二人、此方と彼方で偶然生まれるものだろうか。神は平等、特別な存在を生み出す事はない。それは我も知っているが)
魔王は、リツカとアルレスィアという存在に疑問を持つ。今までずっと観察していた。私生活の殆どはアルレスィアにより”拒絶”されていたが、戦闘中は余裕がなかったようで見る事が出来たのだ。
人間離れした身体能力や頭脳、容姿、能力や魔法。神が特別な人間を作るといった干渉はしないと、思ってはいる。しかし、この二人は本当にそうなのだろうか、と魔王は訝っている。
(今は良い。勝てば機会をいただけるはずだ。この二人は特別。そう仮定したとして、神は一世一代の大博打に出たのだろう。ならば、この二人を倒す事が、我の証明。当たっているはずだ)
リツカの場となった玉座の間を、再び闇が侵食していく。リツカの圧倒的な魔力でさえ、魔王にとっては児戯に等しい。
だが、魔力の量が戦いの勝敗を分ける事はない。この世界で最も必要な事は――想い。
(元々魔力が尽きるまで戦えるなんて思ってない……!)
(短期集中です。リッカ、隙を見て私が)
「うん――!!」
リツカから仕掛ける。ただでさえ攻撃力に差があるのに、後手に回ればジリ貧は確実だ。
リツカの上段からの斬り降ろしを、魔王は素手で受け止める。
(……くっ!)
当たらないとは思っていた。しかし、避ける、受けるという選択肢がある中で……掴むという選択を取られたという事が、リツカに大きな衝撃を齎す。
「――シッ!!」
刀を放さない魔王に対し、リツカは蹴りを見舞う。予備動作がないにも関わらず、その一撃は岩をも砕く。それを腕に受けた魔王は、刀を手放した。
「……っ」
しかしそれは、アルレスィアが放った”光の剣”を避ける為の動作だ。リツカの蹴りは、青痣すら作れていない。
(アン・ギルィ・トァ・マシュを発動させたリッカの斬撃と蹴りを……)
(魔力色が見えないのに、アリスさんの攻撃を……気配が感じ取れる?)
たった一度の攻防で、リツカとアルレスィアに対応してみせた。二人で全力を出した事は一度もないが、万全の二人ならば……今まで出会った敵達にも余裕で勝てた自信があった。
だが、魔王は……違う。
「人とは弱いな」
「一人ならば……です」
「誰でも良い……信頼出来る人と一緒なら……どこまでも……!」
「ああ、分かっているとも」
リツカが再び斬りかかる。魔王の反応から、幾分か上方修正する。その分戦闘可能時間は短くなるが、攻撃を当てられなければ意味がないのだ。
(”魔王化”したリチぇッカは、”光”による攻撃で明確なダメージが与えられる……!)
(リッカの斬撃と私の”光”を、少しでも多く当てる事で……倒せるはずです……っ)
魔王の欠片とリチェッカとの戦闘で、首を刎ねようが心臓を潰そうが意味がないというのは分かっている。悪意を浄化し尽くす以外に魔王を殺す事は出来ない。
「人の弱さは我も知っているさ。我はいわば、人の弱さの塊なのだからな」
魔王はリツカの攻撃を掴もうとはしない。今度は腕を斬り落とされる程の斬撃だからだ。一度の攻撃で魔王の力を完全に計りきった観察眼は驚嘆。リツカの攻撃を避けたり弾きながら、リツカ達に語りかける。
「悪意の集合体。その意味を何処まで理解している?」
「――シッ!」
リツカの攻撃が漸く当たり、アルレスィアの追撃が更に魔王を襲う。二人の手応えでは、数十人分の悪意を浄化した手応えがあった。
魔王の語りかけには答えない。リツカは戦闘中に話したり笑ったりする事をしない。戦いとは恐怖なのだから。
そんなリツカの心を支えるのがアルレスィアの役割。リツカが攻め時となれば供に動く。魔王が話したければ、一人で話せば良いという事だ。
「まだ、まだ……っ!」
ダメージと同時に、魔王の動きが止まった。その隙に二人の攻撃が何度も魔王を刻む。”光の槍”、”光の剣”、”光の矢”、リツカが斬撃と蹴撃を見舞う。二人の攻撃により、魔王の体がじわじわと浮いていく。
「っ……!」
(そん、な……)
間髪を入れずに攻撃を加えていく二人。リツカの斬撃は五十六回、蹴撃は三十二回、アルレスィアの”光”は百を越えようとしている。なのに、二人の手応えは一向に変わらない。
一度の攻撃で十人以上の悪意を浄化出来ているという実感がある。二人はこの二ヵ月で何度も浄化を行ってきた。そんな二人が間違えるはずがない。
「我は悪意の権化」
魔王が何事もなかったかのように着地した。その身には汚れすら、ない。それに対しリツカは大粒の汗を流し、アルレスィアは肩で息をしている。
「お前達の前には、この世界の生者全てが居ると思うと良い」
(全ての人から……悪意を……)
(手応えに違和感を覚え……アン・ギルィ・トァ・マシュを使わなかったのは、正解だったようです……)
(私が、何とか削るから……っ)
アルレスィアの判断にリツカが力強く頷く。そして、アルレスィアに攻撃を中断させた。アルレスィアには、”盾”を作ってもらわなくてはいけない。
魔王は今悪意吸収をしていない。減った分が増えた痕跡がないからだ。しかし、残りが少なくなれば吸収するだろう。そうなる前に、リツカが射程圏まで削り……アルレスィアの一撃で消し飛ばす。それしか、ない。