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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
54日目、天まで届く、なのです
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決戦⑤



「そんなの……平和じゃ、ない」

「人々の心に、真の安らぎは生まれません」

「最初のうちだけだ。何れ慣れる。お前達が見た、ミュルハデアルが実証している」


 徹底管理社会。ミュルハデアルは管理の下、平和を確立している。それを世界で行うと言っているのだ。


「平和の前では、多少の抑圧など些細な事だ」


 争いはなくなるだろう。そして魔王は、それが出来る。この城に居ながらリツカをずっと監視し、対応してきたのだ。世界の何処であってもマリスタザリアを送り込めるだろう。


「それは、仕方ないからです。その計画で起こる慣れとは諦めです。諦めは理解とは違う。どこかで心にしこりを残す……!」

「そのわだかまりは何れ、あなたに向きます。人とマリスタザリアの戦争に……発展しますよ……!!」

「何度でも叩き潰す。我にはそれが出来る」


 ミュルハデアルは、そうする事でしか平和を作れなかったのだ。北部とはそういう世界だ。弱者の集まりは強者に縋り、強者は更に強い者に従い統率される事で平和を維持する。


 ミュルハデアルの失敗も魔王は知っているはずだ。ミュスがそうなのだから。だから魔王は何度でも分からせようとするだろう。理解せずともよい、諦めの先に平和があると信じて、無慈悲に鉄槌を下し続ける。


「”巫女”の座を明け渡せ。人の”光”には、我がなろう」


 魔王が傲岸不遜に告げる。世界平和。二人は魔王の考えの先に、争いのない世界があると思った。しかし、首を縦に振らない。


「争いのない世界は、実現出来るかもしれない……でも、納得は出来ない」

「あなたの存在は世界を歪める。そして、あなたの人格もまた……人々の心を歪める」

「あなたの世界では、人は笑顔でいられない」


 平和ではあるのだろう。争いによる無慈悲な死はなくなる。病気や老衰による安らかな死だけの世界だ。人々は何れ慣れる。それも理解出来る。慣れて、その世界で生きるのだろう。心の奥に、魔王の存在を感じながら。


「争いとは、理解の為の儀式。知ろうとするから怒りもするし泣きもする。もちろんその先には喜びと楽しさがある。あなたの世界は、窮屈だ」

「上辺の平和は維持出来ても、平穏は訪れません」

「あなたの世界を受け入れた先で、人は……孤立する。そんなのは人生ではない」


 争う事だけが理解の儀式ではない。でも、一つのコミュニケーションである事をリツカ達は否定しない。人の死は許容できないし、それがない世界が一番良いのは当然だ。魔王の世界では確かに、争いが無いのかも知れない。


 だけど……笑顔で居られるだろうか。争いとはどこまで含まれる? 親子喧嘩は? 友達とのちょっとした小突き合いは? 隣人とのちょっとした口論は? 極端な話、赤子同士のじゃれ合いのような喧嘩は?


 人々は諦めた時点で、検証しなくなる。人と関わる事を辞めるだろう。諦めなかったら、戦うのだろう。再び魔王と……突発的に現れるマリスタザリアと……。そんな世界に、笑顔はあるのだろうか。


「あなたの世界も、あなたという存在も、許容するわけにはいかない」

「真なる平和は、人の手で築かなければいけません。そこに、神も魔王も……”巫女”も必要ありません」


 争いは人同士で起きる。そこに超越者達が介入する事は、歪みだ。人同士で解決し、失くしていくしかない。


 魔王の世界を許容すると言う事は、道が一つとなる事だ。人々は選択の余地を失う。争っても良いと思う。時には……戦争も起きるだろう。だけど人の世は、進む。


 それを解決するのもまた、人なのだ。


「明け渡すのなら、殺す必要はなかったのだが」

「聡明なあなたなら分かっていたはずです」

「私達とあなたが対峙した瞬間から、どちらかが死ぬという事が」


 魔王の存在が世界の終わり。そんな大前提を抜きにして、巫女二人は魔王を睨む。


「マリスタザリア、全部操れるの?」

「無理だ」

「……それだと、今と変わらない」


 魔王の計画。その根幹が崩れる。操れないマリスタザリアが居たら、争いによりマリスタザリアが召喚されると思って貰えない。効果が薄くなる。


「だが、お前達の他人任せとは訳が違う。我が全てのマリスタザリアを管理する。生かすも殺すも、我の自由だ」


 悪意を操る事が出来る魔王にとって、マリスタザリアの対処は簡単だ。しかし完全に操る事が出来ないという事は、見る者が見れば分かる。恐怖心による楔は完全に管理出来ているから打ち込める。


「確かに私達は、全てを救う事は出来ません」

「だけど……救う手助けは出来る。人の生きる力を奪わないで」


 魔王の世界で人は、成長しない。今までと変わらず、与えられた平和を享受するだけの世界となるだろう。これがあるから、リツカ達は魔王の計画を危険な物と捉えている。この世界の人々は下手をすれば、そんなディストピアも受け入れてしまうのではないのか、と。


「それに、あなたを殺せばマリスタザリアは減る。後は技術を伝えるだけ」


 月に一体程度ならば、国内整備さえ進めば対応出来る。


「我を殺せばそうなるだろうな。リチェッカも殺せれば、だが」

(後継者……)

 

 魔王の余裕は、自身が負けるはずがないという自信からか、リチェッカという後継者の存在故か。


(魔王を倒したとしても……リチぇッカとまで戦えるかどうか……)

(まず、不可能ですね……)

(アリスさんがアン・ギルィ・トァ・マシュを使えたら、いけると思うんだけど……)


 リツカも、それが難しい事は分かっている。それでもここから抜けるにはリチェッカをどうにかしなければいけない。早々に”魔王化”したリチェッカは、溢れ続ける悪意を使うだろう。


 ほんわかと無邪気に話すあの少女はその実、()()想いだ。魔王が死ぬと何をしでかすか分からない。


 戦闘は必定だ。


 もう一つ。今尚この城に集まっている悪意の量から、リツカ達はある可能性について話をする。


「王国と連合の戦争は」

「もう始まる。悪意を感じ取れるお前達なら分かっているだろう」


 魔王の策なのだろうと、目を細め不快感を露わにする。世界の平和を目指すと言い、戦争を起こす。その真意とは一体……。


「私達と戦う為に戦争を?」

「それもあるが、この戦争で我の存在を確立させる。戦争を仕掛けた連合を我の手で裁く。連合という大国すら容易く押し潰すマリスタザリアを見れば、誰もが恐れるだろう」

「そして、争いを生む存在を滅ぼす者として……君臨するつもりですか」


 戦争はデモンストレーション。それと、常に争いを生み出す連合を黙らせる意味合いもある。連合軍がマリスタザリアに押し潰される様は、暫く語り草になるだろう。尾ひれ背びれが付き、人々の心に深く刻まれる。


 先程のリツカの問いに答える形にもなるが、多少の不備は帳消しになる程の衝撃になる。操る事が出来ないマリスタザリアの存在があろうとも、すぐに討伐していれば逆に在り難がる人達も出るかもしれない。

 

 魔王と神が手を組み、世界の平和を目指している、と。だがそれは、薄氷の上にある砂上の楼閣。沈むのが先か、崩れるのか先かといった余りにも脆い畏敬となる事が予想される。


 多少の恐怖心ならば感謝で塗り潰せるだろう。しかし、魔王という得体の知れない超越者が放つ恐怖心は大きすぎる。砂に水が染みこむが如く、じわじわと心を溶かしていく。


「やはり、相容れませんね」

 魔王の豪腕による世界平和。巫女二人の、人を信じるという静観による世界平和。出来る事はやるという二人だが、魔王のように劇的に世界を変える事は出来ない。


 世界が平和になる事無く、二人は寿命を迎えるかもしれない。世界が平和になるまでに、何度も戦争が起こるだろう。その間に何人も犠牲になる。マリスタザリアだけが、人の死ではないのだから。


 だからといって、魔王に徹底管理された世界を許容できない。暗い未来になる事は予想出来るし、感情が抑制された世界など、自由とは程遠い。

 

「私達はあなたの計画に納得できません」

「神さまに提案なんてしたくない」


 悪意が高まってきている。レティシア達の方も戦いが始まったようだ。


「何度も間違えるでしょう」

「何度も人を傷つける」

「それでも人は、常に変わっていく生き物なのです」

「更生するか、更に悪に染まるか……それは分からない」

「だから導くのです」

「人は管理出来ないから」


 戦いの圧が高まっていく。チリチリと空気が鳴っているかと錯覚する程に。


「否定させていただきます」

「あなたの傲慢、断ち斬る」


 話は終わり。魔王の考えも今までの事も分かった。そういって、二人は武器を構える。


 否定しきれない部分もある。もしかしたら二人の思い過ごしで、人々は真の平和に向かうかもしれない。だからといって、自分達の考えを捨てるには魔王の計画は少し……甘い。


 未来は誰にも分からない。そしてお互いの言い分に納得出来る所はある。だから……お互いの想いを賭けて戦うのだ。未来を変えたいと願うのならば、一歩も引けない。



2019/06/14 加筆修正完了 次部再開 06/17

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