決戦④
リツカとアルレスィアが廊下を走る。しかし――。
「っ」
「リッカ……」
「うん。リチェッカの、”魔王化”だよ」
二人は感じ取っていた。リチェッカが”魔王化”を発動させるのを、そして何故そうなったのかを。
「……」
「行きましょう」
まだ魔王の部屋には着いていない。ここから気配を消し、リチェッカとマクゼルトに襲い掛かるのは可能だ。
「シーアさん達なら、大丈夫だよね」
「はい。予定通り、限界となればこちらに誘導してくれるはずです」
レティシア達を信じている。リツカ達は再び、魔王の気配に向かって走り出した。
城の調度品などに一切目もくれず、真っ直ぐに気配へ向かう。そのうち、大きな扉の前に到着したのだった。
二人は何も言わなかった。確認も何もなく、二人で扉を持つ。そして、力を込めた。
建て付けが悪いのかギギギと音がする。重厚感のある扉は、その見た目のままの重さをしている。時間をかけ開けた先は、目の前すらも見えない闇が広がっていた。
しかしリツカもアルレスィアも、お互いの姿だけは見失っていない。そして、目の前の人影も、はっきりと見えている。
「この姿で会うのは初めてだな。自己紹介は必要か?」
「お互い、そんな仲でもないでしょう」
「早速始めましょうか。お互い、言いたい事が溜まっている」
魔王が椅子から立ち上がり、中央へ向かって歩き出す。そして、巫女達も。
中央で向き合う両者の間は、リツカの大太刀二本分くらいだ。相変わらず、三人の姿以外は何も見えない。
魔王。悪意の集合体であり、マナが悪意の力で形を成した――人間だ。
顔はまさに、平凡。特徴らしい特徴を一切挙げる事が出来ない顔立ち、というべきか。
高くも低くもない鼻、長いとも短いとも言えない黒髪、大きいとも小さいとも言えない目と黒い瞳、歪んでいないが形が良いともいえない口。どれも、特徴を挙げる事が出来ない平凡さだ。
わざとそんな容姿になっているのではないか、とさえ思える。特徴を挙げればきりがないリツカとアルレスィアとは正反対だろう。
「長かった。我が生まれ、数百年。この時の為だけに準備をした」
「……まるで、私達が来るのを知っていたように聞こえますけれど」
「当然知っていた。我は悪意の集合体。悪意とは、神に最も近しいモノだからだ」
「近、しい」
その言葉に、巫女二人は狂気を感じた。だがそれは憎しみでも怒りでもない。自分達が先日手に入れたばかりの……愛に似ていると、感じたのだ。
「お前達は所詮、人から”巫女”へとなった存在。その体は人間のままだ。だが、我は違う。神が調整すべき悪意が形を成した存在だ」
「それで何故、近しいと」
「神の悪意調整がどのように行われるか、知っているか」
リツカの視線に、アルレスィアが首を横に振る。これはアルツィアだけが知っていれば良い事。誰かに教えた事はない。しかし魔王は、悪意の権化。悪意の行くつく先を知っていてもおかしくない。
「神は一度、自身に取り込むのだ。そして浄化を行い、力に変える」
「力とは……神格の事?」
「そうだ。だからこの数百年、神の神格は落ちるばかりだったのだ」
「……」
人の悪意とは、高純度な想いだ。それを調整のついでに一度取り込む事で、神格とする。人が人らしく生きる事が、神の存在を確定させる。魔王が悪意を取り込み、神が調整出来るだけの悪意が澱まない為に、神格が落ちる所か世界が終わりへと向かって行っている。
「お前達の為に無茶をしたから、神は弱った」
「あなたの存在自体が、アルツィアさまを弱らせているのです」
「違いない」
巫女二人に贔屓をした。”巫女”には干渉出来るといっても、リツカをこちらに連れてきたり、日記にちょっと文字を書いたり、”巫女”ではないアルレスィアを抱き上げてみたり、過干渉だったのを認める。もちろん、魔王が存在している事で弱っているのも、言うまでもない。
「我は神に仕えたいのだ。信徒でもなく、祈り人でもなく、神に最も近い存在として仕えたいのだ」
魔王の目に、リツカ達の良く知る狂気が宿る。イェルクやヨアセムが見せた狂気だ。しかしその深さ、濃さといったら……リツカとアルレスィアですら、後ずさる程だった。
「我にその座を譲れ。”巫女”」
”巫女”の座を譲れと、魔王は言う。特徴のない、平凡な顔だが……性別を間違えることはない。どう見ても男の魔王が望む”巫女”の座。無碍に断っても良い状況下で、二人は言葉を告げる事が出来ずにいる。
それほど、魔王の言葉には想いが篭っていた。純粋すぎた結果、狂気となった想いが。
「我が”巫女”となり、神の干渉を受けられるようにする。そして、我という人を残したまま悪意だけ調整するのだ」
魔王が溜め込んでしまった悪意を、神はどうしようも出来ない。それを、”巫女”には干渉出来るという抜け道を使い調整、吸収させるという。原理は理解出来る。方法も単純だし、出来そうな気がする。
しかし巫女二人は頷かない。先ほど固まってしまった二人だが、この提案に対し断固とした拒否を突きつけるのだった。
「それには問題があります。魔王の力を奪う訳ではないので、悪意を自由に出来、マリスタザリアを操れ、数多くの黒の魔法を使えたままという事です」
魔王という人間を残したまま、と魔王は提案した。それはつまり、能力には何も変化がないという事だ。魔王に”巫女”というシステムが追加されるだけ。
「危険すぎる」
魔王に対する唯一の対抗手段たる”巫女”が、魔王となる。そんな事あってはならない。
「それに、アルツィアさまがその方法を思いつかないはずがありません。もし可能ならば、討伐という”お役目”にはしなかったでしょう」
「神さまはあなたも自分の子供と言っていた。なのに討伐して欲しいと頼んだのは、それ以外に道がないから」
確認を取った訳ではない。アルツィアの言葉と性格からそう思っただけ。でもアルツィアの表情は……これを証明していた。巫女二人はそう感じたようだ。
「想像でしかない。お互いな。だから確かめるのだ」
「私達はその可能性を斬り捨てる。あなたを殺すという役目に変更はない」
だから神と対話させろと魔王は睨み付ける。巫女二人は睨み返し、自分達の考えは変わらないと告げた。
「あなたは人々を脅かす。それに……人を、殺した」
「大事の前の小事だ。世界の変容に、犠牲は付き物。綺麗事だけで世界は変える事が出来ない」
存在するだけで人々の心に恐怖心が芽生える。何より魔王はもう、何人も殺した。マリスタザリアが勝手にやった訳ではない。魔王の命令で、魔王の力を込められたマリスタザリアが、人を殺した。
それを小事として吐き捨てた事に、リツカとアルレスィアは眉を顰める。こんな者を、神の前に連れて行くなんてありえない、と。
命は平等だ。斬り捨てて良い命などなく……犠牲という言葉で片付けられない。綺麗事ではない。マリスタザリアとなった者達を斬って来た二人は、命の重みを知っている。
綺麗なままの、生娘ではないのだ。
「何が、目的? 大虐殺の犠牲者達はあなたの事……人を恨んでは居ないと言ってた」
ドラゴンはリツカ達に言っていた。魔王は恨みで動いていないと。人を恨む事無く、魔王の全ては今日の為に在ったのだと先程言っていたのだ。何を目的に、戦争やマリスタザリアの実験をしていたのかと問う。
「我の目的は世界平和だ。お前達の言う、他人任せではなくな」
元々話すつもりだったのか、すんなりと教えてくれた。しかしそれは余りにも、荒唐無稽な話だった。
「人は醜い。常に争いの種を孕んでいる。我はそれを根絶する」
「どう、やって……っ!」
出来ないと分かっている。だからこそ、リツカ達は苦悩するのだ。そして糾弾する。戦争も、今までの邪魔も、平和を願っている人間のする事ではないからだ。
「争いが起きた場所にマリスタザリアを投入する」
「っ……!?」
リツカとアルレスィアは、目を見開き魔王を見る。魔王の言葉がもたらす未来を、想像したのだろう。
「聡明なお前達なら分かろう。争いが起こる所、マリスタザリア在りだ。人は何れ争いを止める」
戦争、内戦、弾圧や虐殺、それらを行った者達にマリスタザリアを送り込む。ただのマリスタザリアではない。リツカを追い詰めるために作った最高傑作たちだ。軍隊であっても、殲滅するのは難しい。そんなマリスタザリアが大量に投入されれば、戦争どころではない。
人々は何れ理解する。争えばマリスタザリアが現れると。