決戦③
「やる気のとこ悪ぃが、アンタの相手は俺だ。阿呆」
「……あんさんも強くなったみてぇだしな。相手してやる。馬鹿息子は片腕になってしもうたからな」
「手前ぇがやったんだろ。クソ爺。風纏う!!」
風が講堂に吹き荒れる。レティシアも頷く程の精度と威力だ。リツカ達と出会ってからというもの、ウィンツェッツが風を使わなかった日はない。確かな成長を感じる。
「あんさんも”風”だったな」
「手前ぇの悪風と一緒にすんな」
愛する人をくだらない風習により失ったマクゼルトは、トゥリアを憎み、原因となった野盗を恨んだ。それでもレジーナの思いを酌み、ライゼルトの将来を按じ、トゥリアで過ごしていた。
しかし再びマリスタザリアと出会ってしまった事で、人生を大きく変えていく。その時マリスタザリアと共に居たのは、魔王だ。
「あんさんもこっちに来い。巫女一行の中じゃ、あんさんが一番こっちに近ぇ」
「あ゛?」
「アーデ、つったか」
「チッ……どいつもこいつも」
集中しなければマクゼルトの拳圧に対応出来ない。だが、話しかけてくるマクゼルトとその内容によって集中しきれない。
「守りてぇんだろ」
「それが何だ。巫女一行にはそういう奴しか居ねぇぞ」
「お前に出来るんか?」
「何が言いてぇ」
「赤の巫女も馬鹿息子も守りきった。チビも守る為の術を持っとる。だがお前は守りきれるのか?」
ウィンツェッツは即答出来ない。ライゼルトは命をかけてアンネリスを守りきったし、リツカはいつも見ていた通りだ。レティシアも、いざとなったら全てを激流で一掃するだろう。だが、自分はどうだ、と。
初めて出会った、気になる異性。その女の子がマリスタザリアに襲われた時、ウィンツェッツは震えながらも攻撃を仕掛けた。しかし、冒険者が居なければ二人共死んでいただろう。
マリスタザリア相手に飛び掛るのは、簡単に出来る事ではない。だが一人旅を続けていたウィンツェッツにとっては難しい事ではなかった。実力が伴っていなかった事を除けば、だが。
「魔王が俺に提案した世界は簡単な話、守る必要がねぇ世界だ」
「何、言ってやがる」
「魔王は世界を救おうとしとるって話だ」
ウィンツェッツは眉を顰める。レティシアとライゼルトも同様だ。
「あんさん等が死ぬ必要はねぇ。そのまま待ってろ」
「わたしはあそんでていいでしょー?」
「殺すなよ。特にレティシア・クラフトはな」
「はーい」
相手に生殺与奪の権利がある事に、三人はイラつきを隠せない。しかし、レティシアにとっては好都合かもしれない。
「何の御用でス」
「やろうと思えば何時でもやれる程度の人間共が、何故都合良く生きていられると思ってる」
「……」
エルヴィエールは王都から共和国に帰るまでの間に一切襲われなかった。行き掛けももちろんそうだった。コルメンスやカルラ、カルメもそうだ。何故そんな都合の良い事が起きたのか、マクゼルトは質問を投げかける。
「国には優れた王が必要だ」
「皆さんには手を出さないって事で良いんですかネ」
「ああ。お前もな」
「そうですカ。ここで私達が戦う事になっても関係ないですよネ」
「ま、そうなるわな」
レティシアにとっては、このまま時間稼ぎをした方が良いのだろう。リツカ達の邪魔にならないし、命の危険もない。しかし、レティシアには我慢ならない事がある。
「その世界に、巫女さんとリツカお姉さんは居ないんでしょウ」
「あっちの戦いはどっちかが死ぬまで終わらん」
「じゃあお話になりませン」
レティシアは待つという選択肢を捨てる。
「付き合ってやる」
「最初から巻き込む気満々でしたけド」
「勝手に命かけさせんな」
死闘。負けは死を意味する戦いに、三人は足を踏み入れる。
「まっくー」
「こうなるとは思っとった。どうせ、馬鹿と阿呆とは殺り合うつもりだったしな」
「おきにいりちゃんはどうしよ」
「手足を折り、向こうの決着まで転がしとけ。巫女共が死ねば諦めるだろ」
「はーい」
我侭なイメージだったが、マクゼルトの命令には大人しく従うリチェッカに三人は面食らう。聞こえてくる会話は、親子の物にしては物騒だが。
「おにんぎょうさんおきにいりちゃん、あそぼー」
「分かっとってもやり辛ぇな」
「偽者のお姉ちゃんが出てくるよりやり辛いでス」
もし二人の最愛の人に化けようものなら、怒りで攻撃出来ただろう。しかし、笑顔で遊ぼうと言ってくるリツカに、困惑が隠せない。
「剣は要らんのか」
「いらない。きょうはむせいげんだからね」
リチェッカの魔力が一気に練り上げられ、放出される。
「っ!? この、魔力の動きは――!」
レティシアが急いで攻撃を仕掛けようとする。しかし――。
「シュヴァサグヒ、ドゥンケハイウェレ、シュヴァラムフェア。ジール、ウシュ、トゥア。ドゥンケ・ヴィダホゥ。カヴァ、シュロゥン。シュヴァ・ヴィダホゥ。ティフ、ライドシャフ、ジャイクス」
人の発声では行えない、高速詠唱。一気に紡がれる、世界を黒に染め上げる魔法がリチェッカを覆っていく。
「フュル――リフェァホ。【ザリア・アレン・トァ・マシュ】」
その名が告げられる時、悪魔が降臨する。
「チッ……どうする」
「私を上手く使って下さイ。どうやら殺せないようですからネ」
「時間切れ狙いか」
悪意切れ狙い。魔王も悪意を使うのだから、消費は多いはず。レティシアを殺せない事を利用し、立ち回るようにと提案する。こんな序盤からリツカ達の手を借りる訳にはいかない。
「リチェッカ達はこの部屋から移動してくれそうにないですシ、耐えるしか――」
「むせいげんっていったよね」
リチェッカが闇を掴む。その闇は形を成し、剣となった。リツカと同様、その剣を玩ぶリチェッカを、レティシア達は睨み付けている。
「ふっふっふー。きょうはあくいにこまらないからねー」
「どういう意味だ」
「どうもこーも。せんそーがはじまるんだよー。おーこくとれんごーで」
戦争が始まるのはしっている。しかし、今日無制限という事は、だ。
「今日開戦みたいですネ」
「狙っとったんか」
ライゼルトがマクゼルトを尋問する。マクゼルトは肩を竦めるが、しっかりと答えてくれるようだ。
「元々王国を狙っとった連合議会に悪意をぶち込んだだけだ。今日開戦なのは偶々だろうがな」
偶然だろうが、戦争は始まってしまう。悪意が容易に溢れ出してしまうのだ。
「そういうわけで、はじめっからぜんりょくだよー。ころさないようにだから、てかげんはしてあげる」
奥の手であるはずの”魔王化”を開幕から使ってくるという予想外の出来事に直面しても、レティシア達の戦闘意欲に翳りは見えない。
「あんさんも向こうと戦うか? 俺は構わんぞ」
「ぬかせ。ライゼが居るからこの形になっただけだ。元々手前ぇの相手は俺なんだよ」
唾を吐き捨て、ウィンツェッツから飛び掛る。マクゼルトは斬撃を避け、拳を突き出す。それで終わり、とは思っていない。しっかりと避けた後、反撃を繰り出してくる。そう踏んでいた。
(ム……?)
一向に避ける気配がない。ギリギリで避けるつもりなのだろうか。脳裏には、リツカが行った魔力による回避が過ぎっている。しかし、この未熟者に同じ事が――? と、マクゼルトは考えた。
考えて、拳を加速させていく。タイミングをズラす。それが、リツカの魔力砲対策その一だった。
(普通ならば成功したとしても、これなら)
ウィンツェッツの”風”が、吹き荒れる。拳圧が”風”に触れた瞬間……何も、起きなかった。
「ほう」
「ォラァ!!」
無傷のウィンツェッツが、拳を空振りさせたマクゼルトを斬り付けた。腕輪で刀を受け止め、感嘆の声を上げたマクゼルトにウィンツェッツが吼える。
「嘗めんなッ!!」
「良いだろ。戦ってやる」
闘気と風がぶつかり合い、空気が爆ぜる。それを合図に――講堂の戦いが始まった。