決戦
「それが異世界の文字ですカ」
「ひらがな、っていうんだ」
私の記憶を読んで、この文字で書いたのでしょう。何故ひらがななのかは、本人に聞く事でしか分かりません。
「漢字とカタカナっていうのもあってね」
シーアさんのメモ帳から一枚だけ貰い、文字を書いて見せます。
「絵みたいですネ」
「象形文字っていうのが元だから、絵で合ってるよ」
川や山何かが、分かりやすいですね。
「三種を使い分けるとか、面倒な言語だな」
「向こうでも、外国の方はそう言ってるらしいですよ」
直接聞いた事はありませんけど、英語とかと比べると面倒とは思います。
「リッカから少しは習ってみましたけれど、やはり難しいです……」
「これは少し、そのー下手だから……読めないのも仕方ないかな、って」
リチぇッカは多分普通に文字を書けるのでしょうけど、わざわざひらがなを選んだ所為で本当に、ミミズが這ったような、という形容詞が似合ってしまっています。
「えっと、日にちは……昨日、だね。というより昨日の分しか書いてないっぽい」
想像でしかありませんけど……私の記憶を読んで日記に興味を持ったリチぇッカは、私の真似をしたのでしょう。ひらがななのも、それが理由なのではないかと。
「私を虐めて楽しかったとか、シーアさんと会えるのが楽しみみたいな事が書かれてる、ね」
文字が大きいので、これだけで一ページです。
「楽しみですカ」
(楽しませる事が出来れば、”魔王化”を先延ばしに出来ますね)
「……」
アリスさんの怒りが、伝わってきます。出来るなら自分の手で、と思っているのだと感じ取りました。
「残りのページには何て書いてんだ」
「魔王から後継者の説明をされたと。自由にして良いと言われたけど、何をすれば良いか分からない。その時になったら考えようと書かれています」
「後継者だと……?」
”魔王化”という特別な魔法や、高い攻撃性能。幹部よりも後継者というのは納得出来ます。しかし、後継者を考えなければいけないのでしょうか。
「お前等に負けたとしても、リチェッカが後を継いでくれるって事か」
「何をすれば良いか分からないというのであれば、そのままで良いでしょう。どうせ、この城に居る敵は全て殲滅しなければいけないのですから」
「お、おう」
ライゼさんが、アリスさんの圧に一歩引いています。この怒りにより守られている私としては、戦場に居るというのに頬が綻ぶのを止められなかったり。
(まだ続きが書かれてるけど、これは私としても許せない言葉の羅列だから読まないでおこう。アリスさんへの悪口ばっかりなんだもん)
天敵ですから、仕方ないとは思います。でも、私の顔と体、声で、アリスさんへの罵倒は許せません。私のクローンならば分かるでしょう。私の単純さと沸点の低さは。
「他にはねぇか」
「他は、なさそうです」
私の目の端には、もう一つ映っています。ゴホルフの鎖鎌です。形見、でしょうか。最近使われた形跡がありますし、血が着いています。私との戦いで使われたものでしょう。
あれがあるという事は、ゴホルフの遺体も回収されたはずです。記憶を読むという能力が死んだ者にまで適用されるかは分かりませんけれど、もしそうなら……警戒すべきです。
何から何まで私とは正反対なのに、こういう所は……私そっくりなんですね。魔王に対する想いや、ゴホルフ、マクゼルトに対する想い。どれもこれも、私に通ずる強さがあります。
クローン、か。どこまで似てるのかくらいは、気になります……ね。
気負っていては、正しい判断が出来ない時があります。この散策も、無駄ではなかったでしょう。そして、巌流島作戦ですけど、失敗です。マクゼルトもリチぇッカも……落ち着き払った表情で、待っていました。
「ゴホルフの部屋は分かったか」
私達が寄るのは、バレバレだったようです。
ここは、講堂でしょうか。戦うには十分すぎる程の広さです。ここで、迎えうつって事ですか。
「成分表も手に入れました。貴女達を倒してすぐにでも向かいます」
「何だ。心が壊れたと聞いたが、そんな事ねぇな」
「きおくよめないから、なにがあったかわからない」
「当然、”拒絶”しています。あなたにはもう二度と、好き勝手させません」
「むぅ」
マクゼルトに会うのは、トぅリア以来です。リチぇッカは……相変わらず、酷い格好です。せめて顔を変えてくれませんかね。
「相変わらず、甘い女だ。あんさんを憎む連中の為に、良くもまァ尽くすもんだ」
「私が恨んでいないのですから、甘いも何もありません。互いが恨んでやっと、争いが起きるんです」
「俺等とあんさん等って所か。恨みってのは戦争ん時か? トゥリアか。どっちだ」
「どっちもです」
「やっぱ甘ぇよ。ガキ」
どうやら、マクゼルトの腕は完治していません。そう見せているだけという可能性を視野に入れるべきでしょうけど、優位です。利き腕を潰せたのは大きいです。ライゼさんとレイメイさんなら互角以上に戦えると確信しています。隠し玉がなければ、ですけど。
「こころなおったの? なおったならたたかいたいなぁ」
「阿呆。巫女二人は通せって命令受けてんだろ」
「はーい。ざんねん」
リチぇッカはやる気だったようですけど、私達は通して貰えるようです。魔王は余程、待ち望んでいたのでしょう。魔王が邪魔しなければ、もっと早く着いたんですよ。リチぇッカが居なければ一昨日着けてました。
「弱ぇあんさん等に魔王は興味ねぇ。心が治ったってんなら重畳。さっさと行け」
「……」
今までの旅も、リチぇッカも、魔王の試練という事ですか。魔王の前に立つ為の、資格があるかどうかの。
「おい。馬鹿親」
「あ、おにんぎょうさんだ。やっほー」
ライゼさんが堪らず、マクゼルトに突っかかろうとしました。しかし、リチぇッカが横槍です。
「俺はあんさんを覚えてねぇ」
「おぼえてなくていいよ。またあそべるんだからそれでいいの」
ライゼさんと再び遊びたいという表れなのか、リチぇッカがぴょんぴょん跳ねています。ほんと、止めて下さい。
「おい、馬鹿親父。そのガキの服何とかしろ」
「あん? 何だ。興奮してんのか」
「違ぇ」
(後でアルレスィアに殺されちまう)
リチぇッカが頬を膨らませています。アリスさんの眉間の皺も、深くなってきました。確かにあの仕草とか、私そっくりです。アリスさんには耐えられない光景なのかもしれません。
「むしされちゃった。あ、これならむしできないか」
「あん?」
リチェッカが、変身しました。私にとってはもはや……トラウマ。そしてライゼさんにとっては、怒りのスイッチのようです。
「どう?」
「おい。ツェッツ」
「あ?」
「馬鹿親父はお前一人でやってろ」
逆鱗。私にとってのアリスさん。アリスさんにとっての私。誰であっても、逆鱗は存在します。ライゼさんにとっては、そう――。
「レティシア、良いな」
「まァ、リチェッカにとってはお遊びの延長みたいですからネ。一緒に遊びますカ」
「さすがおきにいりちゃん。あそぼー」
「その顔でそれハ、どんな表情をすれば良いか分かりませんネ」
アンネさん、です。
アンネさんとなったリチぇッカに、ライゼさんは激怒しています。利き腕を怪我したままのマクゼルトに、ライゼさんとレイメイさんで相手をするより、シーアさんとライゼさんでリチぇッカから倒すのは良いと思います。
「私達はもう行きます。レイメイさん、相手は利き腕が」
「分かってる。ここは良いからさっさと行け」
「はい」
敵二人の間を抜け、私達は更に奥へ向かいます。
リチぇッカは人の心を折るのを娯楽としています。気をつけて下さい。それが出来るだけの能力が、リチぇッカにはあります。