城⑥
「はぁ……とりあえず、そちらの本を貸してください。リチェッカ関連ならば、薬剤も書かれているかもしれません」
「ああ」
溜飲が下がったのか、アリスさんがライゼさんから本を受け取ります。一体何が起きていたのでしょう。ライゼさんがアリスさんを怒らせていたようですけど。
「何でもねぇ。気にすんな」
「はあ」
気の無い返事でライゼさんから視線を切り、影に刀を突き立てていきます。これで殺せれば万々歳ですけど……私だったら、こんな事で死んだりしません。
(大真面目にやっとるんだろうが)
(事情を知らなかったら目を背けていたでしょうね)
(気が散る)
そういった視線を感じますけど、大真面目に刀を地面に何度も突き刺しています。もう二度と奇襲なんて許したくありません。何度奇襲を受けた事か。
「ありました」
どうやら、ライゼさんが読んでいた物に書かれていたようです。アリスさんが成分を読み上げてくれますけれど、向こうの世界にはないような物ばかりで、私にはちんぷんかんぷんです。
「量産して、地下に流しているようですね。この高さですから、森がなければカルメさんの国にまで到達していたでしょう」
森が守ってくれた、んですね。成分さえ分かれば、ケルセルガルドの浄化は出来ます。水だって、大元を断てば直に元に戻ります。
「治せそう?」
「体を変えるような物ではないので、体内に蓄積された毒物を取り除けば問題ないようです」
蓄積された毒物が、じわじわと体を蝕む。その診察は大正解でした。取り除けば大丈夫というのも。その取り除く治療が、本来ならば難しいのです。しかしアリスさんの”拒絶”ならばいけます。
「覚えました。いつでも浄化出来ます」
「良かった……」
後は、生贄なんてしている人達にバレずに、治療すれば良いだけです。
「そんじゃ、探索は終わりか」
そのまま行くのも良いのですけど、少し気になります。
「あの馬鹿親父の部屋も見ときてぇ」
「リチェッカの部屋から何か攻略法が見えてくるかもしれませン」
どうやら相手は、待ち構えたまま動くつもりがないようです。巌流島の武蔵のように、相手を焦らすという戦法も悪くないかもしれませんね。
また暫く部屋を探します。部屋数は多いのに、使われている部屋は少ないです。数分かけて、マクゼルトとリチェッカのものと思われる部屋を見つけました。
マクゼルトの方から探索します。そういえば、ライゼさんの実家で……マクゼルトは何を探していたのでしょう。
「鍛治小屋みてぇだな」
「リチェッカの鈍を作ってたんだろ。相変わらず硬く重てぇのを作ってやがる」
鍛治師の腕も、ライゼさんの方が良いみたいです。マクゼルトは剣を捨てた時に、鍛治も捨てたのでしょうか。でも、リチぇッカが生まれた事で必要になった、のでしょうか。自分と同じ体をしているのですから分かるのですけど、剛の体術は私の体に合いません。剣術が一番です。
「俺の刀の方が強ぇ」
「リチぇッカの使い方も悪かったですけどね」
技はありましたけれど、どこか力任せでしたし。私よりもライゼさん寄りでした。力があれば、あれでも良いのでしょうけどね。私は平均を超えることがありませんから。
「包丁作りは上手かったが、剣になると途端に下手になりやがる。お前が持ってった剣も酷ぇもんだったろ」
「そこら辺の剣よりゃ良かったが」
一を憎めば百までって所ですかね。思い出の中のマクゼルトまで許せないようです。レイメイさんがため息を吐いています。
「この生意気そうな子供は誰ですカ」
「俺だ。分かってて言ったな?」
「いエ。随分と生意気な顔だったのでつイ」
一枚の写真を手に取り、シーアさんが笑いを堪えています。確かに、今のライゼさんからは想像出来ないくらい、わんぱくな表情です。
「この写真を探していたのでしょうか」
「そうなのかな。これなら、実家に戻る意味あるよね」
親としての情は捨てきれていないようでしたし、写真の為に寄るっていうのは考えられます。
「いや、それは元々アイツが持ってたもんだ。探してたんはこっちだろ」
ライゼさんが取り出したのも、一枚の写真です。それには、黒髪の女性が赤ん坊を抱いて微笑んでいました。
(もしかして)
「母さんだ。これ一枚しかねぇ」
確かに、目がライゼさんと一緒です。父親似かと思っていましたけれど、母親似だったようですね。
「どこに隠し持ってたんですカ」
「袖の裏にポケットがあんだよ」
そういわれ、シーアさんがライゼさんの袖を弄っています。
「良く無事でしたネ」
「しっかり保護しとるからな」
世界でたった一枚の写真ですから、ね。
「あの馬鹿、やっぱこれを探してやがったんか」
「まだ人の心が残ってるんですかね」
「残っているというよりは、しがみ付いているのではないでしょうか」
しがみ付く、となると意味合いが変わってきますね。未練というか、女々しさを感じてしまいます。
「自分の意志だなんだと言っておきながら、大馬鹿が」
マクゼルトにはまだ、何かありますね。そもそも何故、トぅリアの人々を虐殺するに至ったのか、です。
「あの馬鹿に言いてぇ事は決まった。悪いがちと時間がかかるぞ」
「構いません。魔王に関してはやはり、私達しか対応出来ませんから」
”魔王化”で判明した事です。”光”が有効で、それ以外はダメージらしいダメージを見込めません。
更に、同じ”光”でも、アリスさんの”光”でないといけないという事も分かっています。私の攻撃は多少のダメージを与えられていましたけれど、リチぇッカは苦にしていませんでした。対照的にアリスさんの”光”では、動きを止め、膝をつかせるという大戦果を残しています。”魔王化”していても同じはずです。
(この作戦、いかにリチェッカを上手く止められるかにかかっています。”魔王化”させずに私に釘付けにさせる作戦……)
「リチェッカの方に行きましょウ」
シーアさんがマクゼルトの部屋から勢い良く飛び出しました。気負っていないと言っていましたけれど……大丈夫でしょうか……。
リチぇッカの部屋は、開け放たれてるんですよね。私のクローンという話ですけれど、性格は全くの逆です。私はあそこまで好戦的ではありませんし、開放的ではありません。
「リチェッカとの戦いですけれど、ライゼさんとレイメイさんは見ないで下さい」
「無理だろ」
「何でだ」
「何ででもです」
リチぇッカはそういえば、布を肩からかけただけみたいな格好でしたね。私の顔と体でそんな格好されると、困ります。それに変身するとアリスさんにも……。
「私からもお願いします」
「理由を言え理由を」
「それは、あれです。私の顔と体型をしたリチぇッカの服装がですね」
「ああ、そういう。別人だから良いだろ」
無茶なお願いと分かっているので、強くは言えませんね。まともな服に変わっている事を願いましょう。
(ガキ体型何だから気にせんで――しまッ)
「戦いが終わったら覚悟しておいて下さい」
ライゼさんの背後に立ったアリスさんが何かを呟きました。ライゼさん、顔真っ青です。何を口走ったのか、思ってしまったのか。少なくとも私に対して失礼な事を思った事は確かです。私だってそれくらい感じ取れます。フォローはなしですね。
さて、リチぇッカの部屋は、子供部屋ですね。ファンシーというか、ごちゃごちゃといいますか。
(やっぱり、性格は環境に因るのかな)
例によって私は、恐怖心により自分を出す事を殆どしてきませんでした。自分の意志でやった事といえば、森通いとバスケくらいです。
「何かあるとは、思えなかったり」
「ノートが一冊ありますヨ」
シーアさんが指差した先にあったノートを、レイメイさんが拾い上げました。そのノート以外は、良く分からない物ばかりですね。何処かで拾って来たような道具や人形やらです。
「何だこりゃ」
「あん?」
「ただの落書きにしても、意味が分からねぇ」
「ヘクバル語とは限りませんヨ。貸してくださイ」
リチぇッカは舌足らずな話し方でしたけれど、文字は書けるのでしょうか。長く見積もってもリチぇッカは、生後一ヶ月です。
「はて……何処の文字でしょウ」
「それ以前に文字なんか? 虫が這ったみてぇな落書きにしか見えんぞ」
シーアさんとライゼさんすら、分からないようです。私が見ても仕方ないですね。
「巫女さんならどうでス?」
シーアさんからアリスさんへと手渡されました。アリスさんで分からなかったら、それはもう文字ではないのかもしれません。
「これは……」
アリスさんの表情が強張りました。
「こちらを」
「うん?」
私に渡しても、と思いましたけれど、渡されたノートを見て理由が判りました。このノートに書かれているのは日記です。たった三ページだけですけれど、ちゃんと書かれています。
向こうの世界の言葉……ひらがなです。