城④
晴れた北部とは対照的に、王都では暗雲が立ち込めている。それは空であり、城内執務室の雰囲気であり、だ。
「どうしましょう」
アンネリスが一つの包みの前で眉を寄せている。
「開けるしかないでしょうな。何しろ連合からの贈り物だ」
ディルクがいつでも”盾”を使えるように待機しながら、アンネリスの困惑に答えた。
「ディルク、頼む」
「ちょいと離れておいてくだせぇ」
コルメンスも、いつになく緊張した面持ちで命令を下す。その包みから放たれる悪寒と悪臭は、明確な異常事態を告げていた。
恐る恐る、ディルクが包みを開けていく。周囲の衛兵達が”盾”を張り、罠を警戒している。
「こんな時、リツカさん達が居ればと思ってしまうよ」
「もし居てくれたら、こんな包みすら届きませんぜ」
「はは……違いない」
達、の中にはライゼルトやレティシアも含まれている。英雄と魔女。二人の名は世界に轟いている。魔女が共和国から王国に、そして旅に出たという情報は駆け巡っている。英雄不在も同様だ。それが現在の状況を作り出している。
二人の名があれば、王国と共和国に喧嘩を吹っ掛けようとは……思うまい。
「罠は、なさそうです……が、こりゃ……アンネさんや、新入り達は離れた方が良い」
「……アンネ。新入りと女性兵士達を連れ最終確認に行ってくれ。ここはディルクが居れば大丈夫だ」
「分かりました……」
ディルクの提案を汲み取り、コルメンスがアンネリスに命令を下す。だが、その反応と悪臭で、アンネリスは概ね理解してしまっていた。新入り達が疑問符を浮かべているだけ、報われたといった所か。
「それで……誰のかな?」
アンネリス達が居なくなり、コルメンスがディルクに尋ねる。
「見た事ねぇ……っと、手紙ですぜ」
黒い何かが付着した封筒を、ディルクが取り出す。中身を取り出すと滲んですら居なかった。手紙には防水が施されていたようだ。
「陛下、コイツを」
「ああ……」
コルメンスが手紙を読んでいく。
「この贈り物は、数々の非礼を詫びる物である。この者の名はヒスキ。不遜にも”巫女”の旅を邪魔し、毒牙に懸けようとした大罪人。この首を持って謝罪としたい……か」
「何が謝罪だ。封筒には宣戦布告と書いてるってのに」
封筒には堂々と宣戦布告の文字が書かれている。わざわざ王国の言語、ヘクバル語でだ。
「ヒスキってぇと……アルレスィア様にちょっかいかけたっていう」
「ああ。カルラさんから聞いた名前だ。カルラさんとアルレスィアさんを連れ帰ると言ったらしい」
「同じ男として許せるはずもねぇが……って、リツカ様には何もしなかったんで? リツカ様と戦ったってのは聞いたんですがね」
「リツカさんには、髪が血の色と言って気に食わない、と言ったそうだ」
「……よく生きて連合に帰れたな」
周りの兵士達も、ヒスキに対して不快感を抱いている。アルレスィアは憧れの女性で、カルラは短い滞在だったが愛らしい見た目と配慮により、多くの者達が虜となった。その二人にちょっかいをかけた男が許せないという気持ちで、この場は一致している。
中には、リツカを貶した事に強い憤りを感じている者達もいる。よく見るとその者達は、神誕祭前に訓練場でリツカの鼓舞を見た者達だ。あの時のリツカは、アルレスィアが写真を撮れずに後悔している光景ベスト三に入っている。
「ま……こんな様になったら、同情するってもんだ……」
「多くの者は知らない事だが、”巫女”は国際法で保護されているんだ。その活動を妨害すると言う事はまさに世界を敵に回す事になる。連合はそこまで気にしていないだろうし、これは挑発なのだろうけれど……世界への見せしめにはなっただろうね」
「やっぱ好きになれそうにないっすわ」
ディルクは連合のやり方が気に入らないとばかりに、首を鳴らす。コルメンスは宣戦布告という言葉と、ヒスキの首が送られた意味を感じ取り眉間に皺を寄せた。
「ディルク」
「へい」
「すぐに兵を連れ西に行ってくれ」
「……伝達はどうするんで?」
「僕からやっておく」
「分かりやした」
ディルクが兵を連れ西に向かう。コルメンスは急ぎ全軍へ連絡を入れていく。今日すぐにでも――連合は攻めてくる。コルメンスはそう感じた。
「ん……?」
遠方からの”伝言”。コルメンスにはその事しか分からない。エルヴィエールかカルラか? どちらも拘束されてしまっている。では別の者か。こんな時に、という気持ちは拭えないが、コルメンスは努めて冷静に出る。
「はい。コルメンスです」
《初めまして。私は――カルメ・デ=ルカグヤ。姉がお世話になりました。突然の連絡申し訳ございません。少々時間がありませんので》
「カ、カルラさんの妹君、ですか!?」
《はい。少々お話よろしいでしょうか。お互い時間はありませんが、話す価値はありますので》
まるでこちらの状況を見透かしたかのような提案と、落ち着いた声と確かな覚悟。これだけでコルメンスは、カルラの妹カルメというのを完全に理解した。
「はい。最低限の連絡は済ませています」
《リツカ姉様達に聞いた通りです。こちらの状況からお伝えしてもよろしいですか?》
「よろしくお願いします」
リツカ姉様という言葉でコルメンスは、リツカ達がカルラとの約束を果たした上で、カルラの状況も知っていると仮定した。時代の魁たる者達の間に、多くの言葉は必要ない。
《北部統治計画を進めていたのですが、連合の動きが活発です。既に王国西部にて、縦に長く兵を展開している模様。北部も対象のようです》
統治計画という物の全貌は分からないが、リツカ達を姉と慕い、さらにはリツカ達からの信頼も得ているであろうカルメの言葉を、コルメンスが疑うはずも無かった。
「こちらは王都西部で手一杯です。北部の戦力状況はどれ程でしょう」
《ディモヌをご存知でしょうか》
「いえ、初耳です」
《アルツィア様を信奉せず、ディモヌと呼ばれる方を神の使いと崇める新興宗教です。現在は、マリスタザリアからの防衛や信仰の為のお布施、グッズ等で集金している半詐欺団体です》
「そんな物が……?」
《リツカ姉様とアルレスィア姉様の心労の元です。ですが、これの解決の目途は立っているのでご安心を。重要なのはディモヌが抱える傭兵ですので》
「傭兵をカルメ様が動かせる状態、という事ですね?」
《はい。王都選任くらいの力はあるので、こちらは問題ありません。ですが、王都への救援は難しいと言わざるを得ませんので》
「北部の皆が無事ならば問題はありません。お任せしてもよろしいでしょうか」
《そのつもりで連絡しました。こちらが抱える情報をお伝えします》
「ありがとうございます」
カルメから連合の狙いと現状の巫女達の情報をコルメンスは得る。その中でもコルメンスを喜ばせたのはもちろん――。
「ライゼさんが……?」
《片腕でしたが、無事保護されたようです》
「良かった……早速アンネに――」
《待って下さい》
カルメがコルメンスを制止する。
《リツカ姉様とアンネリスという者の間には確執があると、レティシア姉様から聞きました。ライゼさんは戦う気でしたので、もしもがあるかもしれません。まだ話すのは待った方が良いと思いますので》
「そう、ですね……。取り乱しました。申し訳ございません」
《いえ。わらわが同じ立場であれば、同様の反応をしたので》
カルラと同等の落ち着きを持った声だが、カルラの年齢を考えれば十二か十三、コルメンスは目を丸くするが、身内に一人魔女が居る事を考え、頭を振った。
「連合とライゼさんの事は、分かりました。その……リツカさん達は……」
《ケルセルガルドへ向かっていきました。そこからは、何も。ただあそこには魔王が居ると言っておりました》
「……では、今日にでも」
《恐らく》
コルメンスも、戦いの終焉を予感している。
「こちらが負ける訳にはいきませんね」
《はい。戦いに勝とうとも、王国がなければ意味がありませんので》
カルメが何故ここまで王国の為に動いているのか、北部統治計画とは何なのか、コルメンスには分からない。しかし、リツカ達と想いを共にしたという事実がある。
「こちらは死守します。どうか、北部をお願いします」
《はい。全てが終わったら、コルメンス陛下ともお会いしたく》
「むしろこちらから出向きたい程です」
多くの人間に支えられ、キャスヴァルという国は成り立っている、コルメンスは強く、実感した。たった一人の国王が全てをどうこう出来る訳が無い。様々な想いがあり、国を成している。
その想いを汲み取り、整合性を持たせるのが国王。コルメンスは一人執務室で、肩の力を抜いた。