城③
”雷”を中心にいくと決め、早速飛び掛った三人だったが、リツカの投げナイフとアルレスィアの”盾”によって避けられている。
レティシアによる、最高のタイミングでの”炸裂”や”水球”も、アルレスィアが魔法を詠唱中に”拒絶”という離れ業にて中断させていった。
ライゼルトとウィンツェッツは絶え間なくリツカへと攻撃しつつ、アルレスィアの注意をリツカへと惹き付ける。その隙にレティシアが、アルレスィアを捕らえようと地面の中に水を通し捕らえようとするが、リツカはそれを読みアルレスィアを抱き上げ離れる。
一進一退に見えて、リツカとアルレスィアには余裕がある。派手なリツカにばかり目がいくが、三人を追い詰めているのは間違いなくアルレスィアだ。お仕置きという言葉に偽りはなく、レティシアとライゼルトは最後まで、アルレスィアの上を行く事が出来なかった。
「口は災いの元、ですよ」
倒れ伏したライゼルトとウィンツェッツ、座り込んだレティシアに、巫女二人が肩を竦める。
「向こうのことわざって奴か……」
「私、被害者なんですけド……」
「お前等が過敏過ぎるんだよ。阿呆共……」
リツカの予想通り、実力は伯仲しているはずだった。しかし三人は非殺傷攻撃が少なかった。傷つけずに無力化する術に乏しい三人に対し、リツカは慣れている。一撃一撃のキレが違ったのだ。
「遊びはここまで、幹部は任せましたよ」
「ああ。親父には言いてぇ事もあるしな」
「俺も挨拶くれぇはしとくか」
「私はリチェッカのお気に入りらしいですかラ、遊んでおきますかネ」
「私の分までお願いします。シーアさん」
「もちろんでス」
リツカ曰く準備運動を終え、五人は朝食を取る。二時間程の休憩を挟み、決戦の地へと向かう予定だ。
汗を洗い流し、着替えなおしてから朝食に向かいます。気が緩むといけないので、お風呂での触れ合いはなしです。ちょっと残念ですけど、落ち込んでいた時は残念とすら思えない程心が弱ってました。その時を思えば、今は凄く健やかなのです。
「どこに魔王の拠点があるか判るんか」
「崖の上だと思うんですよね。森に悪意があんなにあるのに、崖の上はなさそうですから」
「無い所が逆に怪しいって話ですネ」
リチぇッカがまた襲ってきたらと思いますけど、もうリチぇッカの存在は覚えました。何とか反応出来るはずです。
それに、リチぇッカが昨日襲って来なかったので、拠点で待っているのではないかと予想します。
「そんで、怖がりのお前はどこまで戦えるんだ」
恐らく、ライゼさんやシーアさんも気になっている事でしょう。しかし私の状態を鑑みて聞くに聞けなかったのです。それをスパッと聞けるレイメイさんに苦笑いが出てしまいますけれど、そういったバッサリとした性格はやりやすいとも感じます。
「今日一日は問題なく」
「随分とハッキリしてんだな」
「簡単な話、魔王と戦って生き残る事が出来ないと思っているだけです。リチぇッカが”魔王化”した際、悟りました」
今日一日というのは、勝てば旅は終わり、負ければ人生が終わるという意味です。
「魔王と対面する為の旅だったというわけです。いつでも殺せたのに何もしてこなかったのは、生かしておいただけ、です」
用事が済めば、生かすも殺すも向こう次第。だから私達の取る道は一つです。今日魔王を殺す。
「随分、他人事に聞こえるな。お前ぇの恐怖心だろ」
生きる死ぬ。怖い怖くない。全て他人事の様に言えています。
「自分の意志だけで、押さえ込んでいる訳ではないので」
「あ?」
今の私を支えているのは自分ではありません。もちろん他人事という訳でもありませんし、投げやりという訳でもありません。今の私を支えているのはアリスさんの愛です。その愛に私は、全てを委ねているだけ。恐れる事はありません。私にはアリスさんが一緒に居てくれるのですから。
「おい。自己完結すんな」
「一人で支えるのは無理だったというだけです」
「あ? ……まぁいい。問題ねぇんだな」
「はい」
人が生きるには、誰かが必要。それが大切な人なら尚更です。私はそれを、アリスさんと出会って知り、大切に想っていたはずでした。でも、足りなかったのです。私の理解はまだまだ足りていなかった。
でももう、大丈夫です。
(巫女さん、どうしたんでしょう。嬉しそうなのにどこか悲しそうな)
「二人共問題ねぇって事で良いんだな」
「はい。私達は問題ありません」
「俺等も問題ねぇ」
アリスさんも私も、万全です。模擬戦での結果も良いものでした。
「予定通り二時間後出発しましょう」
「分ぁった。リツカ、刀そこに置いとけ」
「お願いします」
しばし、甲板で休憩します。ライゼさんは刀の最終調整。レイメイさんとシーアさんは連携の確認。当の私は、アリスさんの膝枕でアリスさんの笑顔と晴れ空を眺めています。
「リチェッカとマクゼルト、どっちが強ぇんだ」
レイメイさんが藪から棒に尋ねてきました。幹部を三人に任せるのですから、情報は正確に伝えておくべきですね。
「”魔王化”前はマクゼルトです。リチぇッカは、”抱擁強化”した私と思っていただければ良いかと」
”魔王化”される前に倒して欲しいと思っています。
「リチェッカ対策をしようなんて考えない方が良いですヨ」
「あ?」
「相手は記憶を読むんですからネ」
シーアさんの言う通り、ですね。対策を考えても、記憶を読み取られてバレバレです。
「心を読むのと変わらねぇって事か?」
「予想でしかありませんけど、その場で思いついた事なら読まれないかと」
実際、私の攻撃は結構当てる事が出来ていました。変身されてからは、有耶無耶となってしまいましたけど。
「向こうの世界で脳は、本棚に例えられる時があります。記憶というものが本棚に納められた本だとすると、戦闘中に思いついたものは今まさに本に書き込まれている物です。本棚に納められるまで、リチェッカには分からないはず」
書き込んでいる物を読めるのはアリスさんだけです。そしてアリスさんは質問する事により、記憶を読む事も可能となります。ただ、自由に記憶を読む事が出来るのは厄介です。お陰で私は、リチェッカに全てを知られてしまいました。
「今考えるよりは、戦闘中に思いついた事を実行した方がリチぇッカには有効じゃないですかね」
「良い意味での、行き当たりばったりです」
「まァ、リチェッカは私がやりますヨ」
リチぇッカは、人の形をしたマリスタザリアです。刀で簡単に斬れますし、爆発も致命傷、溺れる事もあります。”魔王化”さえさせなければ、勝機はあります。
「問題の”魔王化”が厄介すぎますネ」
「”魔王化”したら、私達の方に来てください」
「”光”以外に対処出来ないから、その時はシーアさんもこっちに加わって」
「余り乗り気にはなれませんけド、仕方ないですネ」
”魔王化”を許せば、三人の方は荒れます。シーアさんもそうですけど、ライゼさんとレイメイさんも危険に曝されるでしょう。マクゼルトに二人が集中出来るように、場を作るのが肝要です。
「サボリさんはマクゼルトの事だけ考えてれば良いんですヨ」
「親子三代の喧嘩かぁ」
「喧嘩と呼ぶには少々、血みどろになりすぎそうですけれどね」
マクゼルト、レイメイさんの事孫って呼んでましたね。マクゼルトの真意も、よく分かりません。魔王に恩があって、夢を実現してくれるから付いて行っている、でしたか。ライゼさんの母を想っての事との事ですけれど……歪んでしまったのでしょうね。
「あの馬鹿だけは許さん。母さんを失って狂ったってなら同情するが、母さんとの誓いを果たす為に魔王の手下になったとほざきやがった」
誓いとは、マクゼルトと同じ境遇の人間を作らないというものです。大切な人を失くす事のない、平和な世界。
「力が要るのは分かるがよ」
「人を捨ててまで、って事ですか」
「そういうこった」
人を捨て、人としての矜持を失って達成した誓いで、ライゼさんのお母さんが喜ぶとは思えません。魔王がマリスタザリアを使って、多くの人を殺した事は事実。その先にマクゼルトの誓いがあるとでもいうのでしょうか。
「問い質すのですね」
「ああ」
「わざわざ実家に寄った事がヒントになりそうです」
「そういやトゥリアで虐殺やらかした後、家に寄った痕跡があったんだったな」
アリスさんの考察に、ライゼさんは思い当たる所があるようです。
「まさかな。あんな外道に落ちてそんな事やっとったら、とことん救いようのねぇ馬鹿だ」
「ん?」
「いや。本人に聞くさ。お前等は魔王の事だけ考えとけ。リチェッカもこっちで何とかしとく」
気になるところですけど、戦いが終わったらいくらでも聞き出せます。ただ、ライゼさんの無茶はダメです。私と一緒で、ライゼさんの「何とかしとく」は危険なのです。
「死なない程度にお願いしますよ。ここまで来てアンネさんに悲報を届けるなんて嫌ですから」
「一番危ねぇやつに言われたくねぇ。昔っから言ってんだろ。アルレスィアを泣かせんな」
「……もう泣かせるつもり、ありませんし」
最初から泣かせるつもりはありませんでした。ただちょっと、お互いズレていただけです。今はちゃんと同じ気持ちです。
(頬を膨らませたリッカ、写真に――シーアさんが撮ってますね。後で一枚頂きましょう)
(欲望に忠実になった巫女さんのお陰でメモが捗ります)
「おいライゼ。マクゼルトは俺の獲物だぞ」
「言わんでも分ぁっとる。だが止めは俺だ」
「俺だ」
「いいや俺だ。譲れん」
聞こえてくる、止めはどっちか何ていう物騒な話とは対照的に、雲がゆっくりと南へ動いています。こちらは晴れですけど、王都方面は曇りかもしれませんね。