リツカ④
今気付きましたけれど、シーアさん達が居ました。どうやら、アリスさんが苦肉の策を取ったようです。私との約束を守りたいけれど、シーアさん達への説明もしなければいけない。そうなった時、もし私なら……隠れて偶々聴くという手段をとります。
私もそうしたと思います。
見られてないでしょうか……。見られてるだろうなぁ。アリスさんと私の触れ合いは、かなりの確率で遮られます。もしも神さまの悪戯なら、”神林”に帰った時に文句を言いますからね。
……集落、ですか。
「そういえば……集落……。何でゲルハルトさん、私を睨んでたんだろ……」
「それは……はい。私が原因です」
ゲルハルトさん絡みですから、アリスさんが関係しているのでしょう。しかし……原因とは……? アリスさんが関わったら、私にとっては原因というよりは関係です。アリスさんが関係して、ゲルハルトさんは私を警戒していたという事ですね。
「リッカと会えた時私……自分を取り繕う事もせずに、本音で喜んでいたものですから……」
アリスさんを初めて見た時、まさに女神に相応しい姿をしていました。それでいて、純真無垢な少女だったのです。天使とは、アリスさんです。湖から見上げたアリスさんは、天使が降臨したかの様でした。私にとっての福音。私と出会えてそんなに喜んでくれて、私の心はもっと蕩けてしまいます。
どんどん、明日への活力が漲っています。
「集落の方達との和解に努めていましたし、歩みよりはしていたのですけど……どうしてもお互いに、昔の事が頭を過ぎりまして……」
「あの時、まだ……完全には……?」
「はい。お父様とお母様に近しい人達とは比較的早く和解出来ましたから、リッカが見たのはその方達です」
集落に帰って来て、食堂に入った時にアリスさんと話していた人達ですね。仲良く話していて、ほっとしたのを覚えています。
「でも私が、あんなに屈託無く笑う姿をみたのは……アルツィアさま以外ではリッカが初めてなのです。だからお父様は、そんな私を簡単に引き出してしまったリッカに嫉妬を……」
仲良く話していたけれど、”巫女”としての姿だったそうです。そして、私の前でだけ、『アリス』であったと……。自惚れとなってしまいますけれど、アリスさんの、私に対するあ、あ……愛を、感じます。
「それと、私がリッカに恋心を抱いていると見破られていたようです。お父様もお母様も」
ああ……胸……いえ、少し下がキュンとした気が……。こうなった時、アリスさんに触れたいという気持ちになります。今良いでしょうか。シーアさん達は船に戻ったようだし……もっと近くに居たいです。抱きしめさせて、下さい……ね。
「アリスさんは、最初から気付いてた、の? 自分の気持ちに……」
自分の気持ちに従いアリスさんに抱きついた私を、アリスさんは優しく抱き締め頬にキスをしてくれます。こんなに幸せで、良いのでしょうか。
「私がこの気持ちに気付いたのは、港の時です。それまでは、貴女に対する負い目と罪悪感含め色々な感情がごちゃ混ぜで……」
負い目や罪悪感を感じる必要はありません。私も、アリスさんに心労をかけすぎであったと、思っているのです。ずっとそんな想いをさせていたなんて……。
「でも、最初から貴女さまを愛していました」
声を出すと、私も言ってしまいそうで……。だから、アリスさんの頬に頬擦りします。
「リッカ……」
「ぅん……」
まだ言葉にしていない私の想いを伝えるように、私は何度も……何度も……キスを、します。
「リッカの世界では、キスに意味があるのですよね」
「うん……言い伝えみたいな物だけど」
髪は思慕、こめかみは慰め、まぶたは憧れといった意味があります、ね。
「リッカがくれたキスは、どんな意味があるのでしょう」
「え゛」
わ、私がしたのは……おでこ、首、頬耳……喉……。
「おでこは友情とか祝福で……えっと……」
あ、あわわ……。首は、執……着? だったかな……。頬は親愛、耳は……ゆ、誘惑? 喉は、喉……欲求……。
「あ、あー! アリスさんの心を読む能力って、今はどんな条件で――」
全てを捧げ、曝け出しますといった手前、ちゃんと伝えます。しかし今はもう少し……心の準備が。
「はい。ですから、その……首や喉へのキスの意味も……です、ね」
「はわ……」
「リッカさま……大胆です」
「た、たまたまなんだよ? その……たまたま……」
意味をなぞる意図はなかったのです。想いを伝えてからと決めている場所を避けていたらそうなったといいますか……。
「ふふ。船に帰ったら……一緒にお風呂に入りましょう。今日こそちゃんと……私の目を見て、下さいね?」
アリスさんが耳元で囁き、そのまま耳にキスをしました。
「はう……」
大胆なのは、アリスさんの方だと思ったり。想いが溢れすぎて、お互い歯止めが利きません。年頃の女の子って、こんな感じなのでしょうか。私だけが特別甘えん坊って事、ないですかね……。
(ありえそう……かも……)
アリスさんが私を抱き上げ、くるりと一度回転しました。
私の、恐怖心恐怖症に気付いてからというもの……人に甘える事を、しなかったものですから……。
もう月明かりしかない森で、私はアリスさんともう少し……触れ合います。微笑み合ったり、頬を撫でたり、いつもしていました。でも今はもう少し踏み込んだ触れ合いを、しています。
心がふわふわします。落ち込んでいた気持ちが、磨り減った気持ちが、アリスさんの温もりで補強されていきます。アリスさんが私に力を、込めてくれています。
(好き……。大好き……。私もアリスさんを……。言いたい。言いたい。言いたい。私がまだ言ってないから、想いが溶け合ってない……。これが溶け合ったら、どんなに……)
これを言うために、頑張れる。うん……私は頑張れます。もう一度自分に、刻み込みましょう。
「アリスさん」
「はい。リッカ」
「神隠しも、ケルセルガルドも、魔王討伐も、今までの無念も……妥協も全部……明日、終わらせるから」
全部、魔王を倒せば終わると、信じています。
「だから……力を、私に……」
「はい。行きましょうリッカ」
二ヶ月……長いようで、短い旅でした。でも……明日、終わります。終わらせます。
ライゼさんは言っていました……。私の心は、「恐怖心を、守るという決意で包み込む心理状態」と。溢れ出た恐怖心は未だに私の中で渦巻いています。だから私は……包み込むのです。
この恐怖心も、私の……”抱擁”で、包み込む。
リッカの瞳にまた、炎が灯りました。克服し切れてはいませんけれど、リッカは恐怖心を受け入れつつあります。明日、私が支えます。絶対に、もう二度と、貴女さまの恐怖心を溢れさせません。
炎の灯ったリッカの瞳。この目に見詰められると、勇気が湧き出てきます。リッカ。私もリッカに支えられているのですよ。怖がりな貴女が見せてくれる勇気が、私を支えています。だから、これが最後です。
共に、明日を斬り開きましょう。
その為にもう少し、私の能力について教えておきましょう。
「リッカ。私の能力はアルツィアさまの傍でだけの物でした。今は、リッカの傍でのみ制限なしで読めます」
これは、リッカに会った瞬間に起きた変化です。一番安心感を得られる場が、アルツィアさまの隣からリッカの隣となったのでしょう。【アン・ギルィ・トァ・マシュ】も、アルツィアさまの姿からリッカになりました。
「ただし、リッカへの想いが強すぎるのか、貴女さまの心を読む時だけ制限がありません。逆に、他の人の心を読む時は意識しなければいけません」
アルツィアさまの傍が条件であった時とは逆です。アルツィアさまの心は読めませんけれど、他の者の心を読む時は目を向けるだけで十分でした。それがリッカの傍が条件となった時、他者の心を読む事が難しくなったのです。
リッカの心は、能力を意識せずとも流れ込んで来ます。多分、リッカに関しては能力は関係ないのです。リッカも私の心は、ある程度読めているのですから。私は、リッカと同じ状態かつ、能力により深く読む事が出来るのでしょう。
「戦闘中となると私の心しか読めない、感じ……?」
「……そう、ですね。ですけど、読む事は出来ます。高い集中力を要しますけれど、問題ありません」
「ごめん……私の所為で……」
リッカが傍に居ると、この能力はリッカに向きます。それが戦闘中になるともう、リッカしか見えません。でも私は、気にしていません。むしろこの変化は、私がリッカを大切に、愛しているという何よりの証明なのです。
「リッカ。私はそのままで良いと思っています。元々、人に許された能力ではありません」
「うん……」
このまま能力がなくなっても良いとさえ、私は思っています。魔王を倒すまでは全力で活用しますけれど、問題が一つだけあります。
「ですから……これから先も、リッカの心だけは……」
意識せずとも流れ込んできます。
「良いよ。アリスさんになら……全部、見せられるよ。もう、本当の本当に、全部」
(私の全て、アリスさんに捧げるよ。曝け出すの。アリスさんだけ、特別に……私の秘密の場所へ、入れるんだから)
リッカが、私の能力を上手く活用しました。リッカの声は私の耳を撫でます。それは凄く気持ちが良く、耳がゾクゾクと喜びに打ち震えます。しかし能力による読心は、脳に直接届くのです。リッカの想いは私にとっては特別ですから、心を直接震わせるのです。胸と……リッカだけの秘密の場所が、締め付けられるように悦ぶのです。
「我慢出来るでしょうか……」
「私も頑張るから、待ってて、ね?」
自分でお願いした事なのですから、魔王を倒して……あの場所で貴女さまの告白を聞くまで……我慢、我慢です。でも……リッカ、可愛い。
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