二人のギルド生活⑧
夢を見ました。
私の願望ではなく。私の、昔の。
私がまだ、五歳だった頃の夢です。
いつか貴女は”巫女”となるのです。これは必要なのよ。と言われやっている、武術道場でのことです。
まだ森の事も話でしか聞いたことがなく、実感も何もない時でした。
「なぁ、十花さん。本当に必要なのかい?」
珍しく家に帰ってきたお父さんが、お母さんに困惑を伝えていました――。
「まだ言うのですか、武人さん。立花はいずれ”巫女”となるのです。一人で過ごすことになるのですよ? 護身術の1つも使えなくてどうしますか」
お母さんが、お父さんの言い分をばっさりと切り捨てました。
武人とはお父さんです。娘の私から見ても、格好良い顔と思います。でも今は、自信なさげな、落ち込んだような表情で台無しです。
「しかしだね……こんなに幼く可愛い我が子が……こんなアホたちに投げられたりするのを見るのは辛いんだよぉ……十花さんは辛くないのかい!?」
アホと言われ抗議のブーイングが、門下生たちから上がっています。
「お静かに。アホというのは間違ってないでしょう。すでに立花に負けている方も多いと記憶していますが?」
お母さんから鋭くにらまれ、うな垂れる門下生たちでした。
お母さんはこの道場の師範代です。私が居る間だけ、という条件ですけど、師範に頼まれ、他の門下生もお母さんから教わってます。
「さぁ、武人さんも分かっているでしょう? 立花はすでに、大の大人ですら簡単に投げるのです。何も心配はいりません」
そういって、私にまた稽古をつけようとします。お母さんにはまだ、全然勝てません。
「そうはいってもなぁ……」
まだぐずるお父さんにお母さんは少し、イラついているようです。
「まったく……結婚当初はかっこよかったのに……。今じゃただの親馬鹿ですね」
結婚当初のお父さんはしりませんけど、親馬鹿なのは否定できません。
「こんなに可愛いんだぞ!? まるで君の幼い頃を見ているようだ、いずれは君のような美人になることだろう。そんな子を愛でることの何が悪いんだよぉ!」
お父さんが道場で、恥ずかしげもなく叫びます。ちなみに、私のことをお母さん似というのはお父さんだけです。
お母さんの顔が赤くなっています。これは、恥ずかしさ七、怒り三ですね。まんざらでもないようです。
「こんなところで何を言ってるんです!? 立花も……なんです。そのニヤニヤは。また寝たいのですか?」
昨日、つい眉間の皺のことを言ったら3時間時間がとんでいました。
門下生のみんなも震えています。その時を思い出しているのでしょう。私も、顔がひきつります。
「ふぅ……そこまで言うなら。武人さん。あなたがお相手になってください」
お父さんも、軍隊式ですが武術の心得があります。なんでしたっけ、くろーずどなんたら?
「な、なんでボクが!?」
お父さんの困惑も尤もでしょう。
「どうせ、知らない男が立花に触るのがいやなんでしょう」
お母さんがじと目でお父さんを見ています。お父さんの目が泳いでいました。図星ですね。
門下生たちからのブーイングが増えます。それは何のブーイングなのでしょう?
「うるさいぞ! 十花さんだけでも我慢できんのに、娘にまでベタベタ触りやがって!!」
門下生から
独占してんじゃねーよ、とか。少しはいいじゃねーか、とか。欲望むき出しですね。
お母さんはともかく、私は犯罪ですよ。
男は狼、ってお母さんが言ってましたけど、私に勝てないのにどうやって襲うんですかね。
まぁ、ここの人たちは私にそんな感情ないっぽいですけど。気のいいお兄ちゃんたちって感じです。
ちなみにベタベタ触られたりしてません。お母さんはしっかり配慮しているのです。
「私は門下生相手に組み敷かれたりしませんよ。立花も最近は負けませんし。なにより”巫女”となるのです。間違いなど許さない。手を出したヤツは二度とタテナイようにしてやります」
門下生たちが股を押さえ震え上がってしまいました。? なんの意味があるのでしょう。
それより、お母さんも結構親馬鹿ですよね。
私がある程度戦えるようになるまで、門下生とは相手させませんでしたし。私が外に出る時はずっと付きっ切りですし。学校もわざわざ女の子ばっかりのところですし。
でも巫女? とそれにどういう関係があるのでしょう。
そう考えますが、お父さんは何か知っているようです。
「……ボクは”巫女”も反対なんだ」
さっきまでのふざけた態度ではなく、急に真面目になりました。
「七花次第です」
七花さんは従姉妹です。歳はかなり離れてますが。
そういえば、この家の親戚は歳が離れた人が多いような。お母さんの姉である、七花さんの母も、お母さんとは歳が離れてましたね。
「……とにかく、ボクは反対だ」
お父さんが意固地になってます。
「では、勝負です」
いつものやつです、お母さんとお父さんが対立したら勝負。楽に決められるうえに、ストレス発散と。六花ルールというそうです。
「……ルールと賞品は」
「ルールは、あなたと立花の1本勝負。賞品は、立花が勝ったらあなたは文句を言わない。あなたが勝てば、私から七花に頼んで節度ある交際をお願いしましょう」
よくわかりませんが、つりあってないような。
「これが私のできる譲歩です」
お母さんは変える気がないようです。
「君も、本当は嫌なんだろう?」
んー? お父さんがそんなことを言います。
「なんのことでしょう」
お母さんがとぼけたように答えました。
「もし、問答無用で立花の巫女入りを決めたいなら。君が戦えばいいじゃないか」
お父さんとお母さんの勝率は、お母さんのほうが高いです。というより負けたお母さんを見た事がありません。
私に委ねるということは、そのアドバンテージを捨てるということです。
「さぁ……なんのことでしょう」
お母さんがとぼけます。
なんか、私が負けるの前提の会話にちょっとだけ闘志が燃えあがります。
「わかった、やろう。立花おいで」
お父さんも、すでに勝った気でいますね。
確かに私は、アレですけど。アレです、言いたくないです。
でも、負ける気はないですよ。アレを押さえ込むには強くなって勝つのが一番なんですから。
お父さんが上着を脱ぎました。またまた門下生から「おー」と声が上がります。鍛えられた男の肉体、といった様です。
「さぁ、立花。かかってきなさい」
やる気ですね。可愛らしい愛娘に手を出すんです? なんて、言ったりはしませんよ。ここが道場で、対峙した瞬間から、私とお父さんは敵です。
「お父さんとお母さんが何のことで喧嘩してるのか知りませんけど」
私は構えます。
「もう勝った気でいるのは、気に入りません。お父さんからかかってきてください。じゃないと、私がどっかいっちゃいますよ」
挑発します。誰でもわかるでしょう。
「っ!いくぞ!」
お父さんは、向かってきました。いつもなら絶対こないでしょう。それほど私にさせたくないものなのでしょうか、巫女って。
初めてお父さんと対峙しますが、体はどの門下生より大きいです。それは、私が三人重なっても入りきりそうなほど大きく感じます。
お父さんが私をつかもうと手を伸ばしてきました。
つかみ上げ、私を押さえ込み、ギブアップでも狙っているのかもしれません。
「でも――そんなんじゃ、だめですよ」
そんな丸分かりの攻撃じゃ、私を捕まえられません。
まだ、「ちょっと怪しいなぁ」くらいしか分かりませんけれど、私は――結構勘が働きますから。
私は伸びてきた手を避け、掴み、私の体では、絶対に投げることができないはずの巨体を――お父さんの力を使って、投げます。
ドンッと畳にお父さんが叩きつけられました。
そしてすかさず私は、お父さんの首に手を手刀の形にして添えます。止めです。
「そこまで、ね」
お母さんが、さっきまでとはうって変わって、残念そうに勝負の終わりをつげました。
やっぱり、私にしてほしくないって言う、お父さんの予想は正しかったようです。
「これで、わかったでしょう」
お母さんが搾り出すように言います。
私は勝ちましたけれど、お父さんが見せる、悔しそうな、後悔しているような顔が、頭からしばらくは、離れませんでした。




