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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
53日目、私は貴女を知るのです
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リツカ②



「少し離れただけで、偽者のアリスさんを斬る事が出来なかった」


 私は、折れてしまった。


 斬ろうとした。他の偽者達と同様に……偽のエリスさんのように、斬ろうとしたのです。なのに斬れなかった。アリスさんが微笑んで、私の刀を受け入れようとしている姿に見えて仕方なかった。


 刃が止まってしまった。首に触れることすら出来ず、私は何度も振ったのに、一度も()()()()当てる事が出来なかった。遂に私は、刀を手放してしまった。


 そんな私にリチぇッカは言いました。私が救いたかったのは、アリスさんだけだったのではないのか、と。自己満足の、守護者気取り。救世主になると、光になると言っておきながら、何も出来ない卑怯者。

 

 そうだと思った。私は結局、アリスさんを守りたいだけなんだと……。そう強く思った。


 偽のアリスさんを斬れなかった時点で、今まで斬った偽者が本物になった。本物となった偽者を切り捨てた事で、私がアリスさんだけを守りたいと思っていながら、全てを救いたいと言い触らしていた嘘吐き。それが本当の事になりました。


 私は……卑怯者になった。カルラさん、カルメさん、エルさん、コルメンスさん、アンネさん、神隠し被害者に、白骨化薬害被害者。約束多き私は、その約束をする権利すら有していないと、思ってしまった。


「こんな私だけど……良いの?」

「貴女以外考えられません」

「アリスさん……私」


 でも、違うのですよね。アリスさんが私の頭を抱き寄せ、撫でてくれます。


 アリスさんは自分自身を潔癖と称しました。私もそうだったのでしょう。自分の感情が酷く醜いものと思えてしまいました。


 アリスさんだけで良いと思っている私が、良い顔をしようとした約束だったのかもしれないと思ってしまいました。


 でも……私は、その約束を本当に……良い顔したいが為に嘘をついたとでもいうのでしょうか。


 私はちゃんと、皆と向き合って約束したではありませんか。アリスさんとした数々の約束と同様……目を見て、しっかりと。


 私は本当に、そうしたいと思ったはずです。


 アリスさんが一番大切なのは当然。私の全て……私の心そのもの……私自身……。アリスさんが無事ならば、良いと思いました。それは本当です。集落を出る時、王都で生活している時、旅をしている時。いつだって私はアリスさん至上主義でした。


 でも、それで良い。私はアリスさんを守る為に……生まれてきたのだと思っているのですから。

 だから、その気持ちのままでいい……。


 まだ恐怖心は、克服出来てない……。それでも、まだ歩ける。約束だって、まだダメになった訳じゃない。全部守りきる……。アリスさんが少しだけ、力をくれました。


「アリスさん……私頑張る、よ……」

「本当は、戦って欲しくない、のですよ……?」


 私は首を横に振ります。


 恐怖心恐怖症ともいえる症状に気付いていながらも、私は私の存在意義を求めずにはいられませんでした。”巫女”という、国でも重要な役職に就いたというのに、私に課せられたのは森番だけです……。


 恐怖心に囚われている私は、自分という存在に疑問を持つようになったのです。こんなにも怖がりな私は、必要なのかと……。そこで私は、ボランティアをする事で自分の存在価値を見出そうとしたのです。新しい事をする事すら怖いのに、私は私で在る事を求めずにはいられません。


 この世界でやっと、私を見つけました。アリスさんと会う事で、アリスさんが私を求めてくれる事で、自分で在る事を確立できたのです。

 私はアリスさんに恩返しをしたい。そして……まっさらな私を、アリスさんに……。


「アリスさんが愛してくれる私なら、頑張れる、よ」

「……はい。愛しています。最後まで……いつだって……どこでだって……」


 私は単純です。恐怖心があろうとも、アリスさんが愛してくれるなら頑張れる。私はまだ、強くあれる。


 だって結局の所……アリスさん至上主義の私は……アリスさんが幻滅していないと分かっただけで、心がダンスする、お馬鹿なのですから。


「アリスさん。いや……アルレス――」


 とんっと、アリスさんが私の唇に指を当てました。そしてそのまま自分の唇の前で立て、微笑むのです。


「貴女からの気持ちは、戦いの後に」

「……うん」


 私が頑張れるための、魔法。絶対伝えます。私の……気持ち。今度はもう、誰にも邪魔されないところで、貴女の目を見て……私の言葉で伝えます。


「リッカ。動かないで……」


 アリスさんが、私の額に……キスをしました。ちゅっと……少し長めの、キス。額のそこが、熱いです。顔から火が、出そう。


「この続きも……後ほど」

「続き……?」

「もっと熱く……深いものです」


 さすがの私でも、分かります。キスとは本来、その……唇、同士の訳ですから、はい。でも深いとは……分かりません。

 でも、その……何でしょう。ドキドキします。


「やっぱり私、単純なの、かな……」

「私も単純です」


 思考が単純な方が、楽。そう思います。もっとぐるぐると考え込む性格って思っていたのに、アリスさんのお陰で私は、立ち上がれそうです。


「三人に顔……合わせ辛い、な……」

「今日はこのまま、お風呂に入って寝ましょう。食事はお部屋に持って行きます」

「う、ん……っ」


 まだ少し、笑みがぎこちないです。一度折れてしまっただけに、皆の期待を裏切った事に変わりないのですから。


「リッカ、私は……集落であった迫害、良い思い出だと感じているのです」

「そう、なの……?」


 まだ少し落ち込んでいる私に、アリスさんが更に言葉をくれます。


「あれは私が”巫女”適正が高かった証左です。何より迫害された事で、私は”巫女”になるまで一切、集落の人と接触がありませんでしたから」

「み、巫女になってからはあるの……?」

「握手程度の物です。これでも一応、アルツィアさまが歴代一と認める”巫女”ですから、触れるのも畏れ多いとの事でした」


 何を安心しているのでしょう。アリスさんが他の人と触れ合う事に、私は口出ししてはいけません。確かに私はアリスさんの事が……大好きです。でもそこに口出ししては、束縛となります。束縛はダメです。


 でも嫉妬するくらいは、良いですよね。


「私もリッカが、椿さんと触れ合っていた事に嫉妬しているんですからね?」

「わ、私は……」


 抱き締めたり、頭撫でたり、してますね……。でもそれは家族感情と言いますか。って、私もエリスさんに嫉妬してるんですから、アリスさんも? 家族かどうかは関係ないのです、よね。


「ごめ、ん?」

「ふふ……。謝らなくて良いのですよ? お互い……出会う時期が遅かったという気持ちで一杯なのですから」

「うん……。最初に連れて行かれそうになった時、そのまま連れて行ってもらって……て、思っちゃってる」


 その期間で私は、克服出来たかもしれません。アリスさんと一緒に成長出来てたら、と思うのです。たらればですけど、ね……。その方が良かったんじゃって、凄く思うのです。


「そこなのです。リッカ」

「ん……?」

「リッカの世界では、六花の家からしか”巫女”は出ません。異世界に行ったとしても、”巫女”は貴女さまだったはずです」

「そう、だね。むしろ神隠しに逢ったからって、祀り上げられると思う……」


 そうです。私は”巫女”になる時の儀式も……怖かった。”巫女”になるのが怖いんじゃなくて、その先の人生を考えて怖かったのです。


 自分の意志で森に居られるのは嬉しいと思いますけど、あの神主の言いなりになって束縛される人生が、嫌だった。そして私は……森の管理から抜け出したくなくて、言いなりになるしかないと……思ったのです。


「その神主、正したいです」

「アリスさんが向こうに、もし行けたら……神主なんかより、お母さんに会わせたい、かな」


 時間を無駄に使いたくありません。はっきり言うと、私は神主が嫌いなのです。


「挨拶、ですか?」

「うん。紹介したいなって」

「紹介」


 アリスさんがぽっと、頬を染めました。私の大切な、大好きなアリスさんを紹介したいのです。


「こほんっ! 話が脱線してしまいましたね」


 元はと言えば、私が神主を思い出してしまったからです。今思えば良い思い出、それは私も一緒です。六花に生まれた事、嬉しく思います。


「こちらの世界では、才能で選ばれます。私が迫害に至った理由がなければ……”巫女”には選ばれなかったのです」

「アリスさんが……”巫女”じゃない世界……」


 想像、出来ません。生まれながらの”巫女”だから……アリスさんは、先代のルイースヒぇンさんに……。


「もし選ばれなかったら、私は集落の風習に従い……王都に出ていたでしょう」

「ぁ……」

「そうです。もしかしたら私は……王都の雑踏に紛れて、他の”巫女”と共に歩く貴女さまを……眺めるだけだったかもしれません……」


 他の……私がアリスさん以外と、旅に……。やっぱり、想像出来ません。想像力は豊かな方ですけれど、その姿を想像出来ないのです。


「六花の話を聞いて、その可能性に気付いてからはどうしても……そう思ってしまうのです。六花からは絶対にリッカが選ばれます。なのに私が選ばれたのは、偶然みたいですから……」


 アリスさんが持って生まれた能力。神さまが見える事と心を読むという能力。それを考えるとアリスさん以外は考えられないのですけど……アリスさんは、恐れています。その可能性に。


「お互い、知らないままとなるのなら……こんな考えには至りませんでした。ですけれど……リッカは確定となると、私とは違う人がリッカと……」

「アリスさん……」


 アリスさんの、嫉妬心。それが私には、愛の告白にも等しい想いです。肩を抱き寄せ、頭を撫でます。


「私、アリスさん以外は嫌。アリスさんになら私の全部上げられるけど……」

「リッカ……」

「アリスさんだからって気持ち、私も一緒だよ」


 抱き寄せたアリスさんの額に、私もキスをします。短い物でしたけれど……しっかりと、唇をつけました。


「……はぅ」

「は、恥ずかしがらない、でよ……。私も恥ずかしいんだよぉ……?」


 好きな人にキスをする。普通の事です。それに額ですから……友情や祝福の意味があると、椿が言っていました。


「もう一回……欲しいです……」

「……ん」


 額だけで、止まれるでしょうか……。首とか、頬とか……その、唇はお預けですけど……誰も居ないここなら……少しは……。


 

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